第42話 父親
瞬くんと鉢合わせたあの日から誠司は私の前に姿を現してない。ミクさんの言葉を胸に何度も自分を肯定しようと努めたけど、それでもどうしようもない罪悪感は拭い切れずに心の奥に常に残っていた。
なんでかな……。
あの日の誠司の、どこか寂しげな顔がどうしても頭にこびりついて離れん。瞬くんと過ごす時間すらもどこか上の空になってしまって、「最近元気ないな?」と心配されてしまった。
「ごめん、大丈夫。出産が近いから、元気ためよるんよ、たぶん」
そうごまかして、結局瞬くんにも後ろめたい気持ちになった。
楽しもうが苦しもうが月日は経って、二月、まだ冬やのに春みたいに暖かな日に私は大きな大きな男の子を出産した。誠司に、よく似ていた。
「四千グラムて!? すっごいなあ」
聞けば誠司も四千グラム超えの巨大児やったらしい。
誠司の子や。誠司と、私の子。
駆けつけてくれた瞬くんは気をつかってか本心でか「真知ちゃんによう似とる」と言っていた。けどおかあは「誠ちゃんやな。紛れもなく」と苦笑いをした。うん、私もそう思う。
その誠司には誠司おかあが連絡してくれよるらしい。けどその姿は結局出産当日には見えんかった。
なにしよるんじゃろ。父親なった、いうのに。
やっとその姿が見えたのは翌日の夜、面会時間をとっくに過ぎた夜の九時頃やった。
「よう入れたね。面会時間外に」
「父親は特別なんじゃ」
父親──か。
スーツ姿の誠司は今日も仕事上がりに来たらしい。もうじき年度末やし忙しいのか疲れが溜まりよるのがその顔からなんとなく見て取れた。
ネクタイを緩めると早速脇に置かれたベビーベッドに眠る生まれたての息子を眺めはじめた。
「おーい。おとうが来たぞー」
恥ずかしげもなくそう話しかけて「ふーん、かわいいな」と微笑んだ。へえ、案外ちゃんと父親らしくできるんやな。
「なんや、意外そうな顔しよって」
顔に出よったか振り向いた相手にそんなことを言われた。「だって」と返すと「失礼な」と睨まれた。
「明日も仕事?」
訊ねると「まあな」といつも通りの返事。
「昨日も夜中までかかったよって……悪かったな、すぐ来れんくて」
珍しく素直にそう言うと私のベッドの隅にどかりと腰を下ろした。そしてこちらをちらと見てからベビーベッドに視線を戻し、少し笑った。
「まさかおまえと、こんなことになるとはな」
「……ほんまやよ」
今でも夢やろか、と思うもん。
「ありがとうな」
あ……また不意打ち。べつにあんたのために産んだんちゃう、なんて憎まれ口を叩く余裕はやっぱりない。素直に「うん」とだけ返すので精一杯やった。
「旦那とは順調なん」
思わぬ質問に一瞬面食らった。
「だ、旦那さんとちゃうわよ……まだ」
不覚にも頬が熱くなってしまった。誠司はそんな私を見ると「ふ」と小さく笑って「ほんなら邪魔者は早めに去るわい」と立ち上がった。
邪魔者やなんて……。
「それでも……この子のおとうはあんたなんやからね?」
ドアに向かう誠司の背中に念を押すようにそう声を掛けると、相手は答える代わりに片手をひらりと挙げた。
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