第32話 真知カレーの味は

「刺されて気絶しよる間じゃ。遠のく意識の中で、いろんな奴の声が聞こえた。そん中で、なんでかおまえの声を俺はずうっと探しよった。はじめは聞こえんかったけど、そのうちなんとなく感じるようんなって。その声を頼りに、その声のする方に向かって必死で意識を掻き集めたら、だんだん目が覚めてきた。夢うつつの中で見たあれは、ミクやない。……おまえじゃ。泣きそうな顔した、おまえじゃった」


 なに、その話。そんなん言われて、私はどんな反応したらええん?


「けどカレーあげた時は寝てたやん」

「なんやそれ。それは知らん」

「……」


 朝一番にカーテンを開けたあの時か。何度か確認したけど誠司が起きた気配はなかったはず。意識だけは、多少あったんかな。


「ミクさん狙ういう話……ほんまに嘘なん?」


 嘘やとしたらなんでそんな嘘をつかなあかんかったんか、というのがわからん。ミクさんは「ストップかけよる」そう言いよったけど……それはつまり、どういうこと?


「……ふん。ミクはどうせなびかんもん、狙っても無駄じゃ」


 またよくわからん。それはつまりはやっぱり、狙う気はなかった、ということなんか。


「真知」

「……なんよ」


「おまえのカレー、美味うまかったで」

「は……」


 突然のことに一瞬固まった。こいつはいきなりなんの話を始めようというんか。相手は構わず続ける。


「まあ深みがない、ちいうんはほんまやけどな。でもちゃんとおまえんちのカレーの味やったもん」


 正直、これは、物凄ぉーお、嬉しかった。けどそれを相手に悟られるんは絶対に嫌で。どう反応したらええのかかわからんくなってしまって、その目すらも見られんくなって、仕方なく俯いたまま「よかったな」とぼそぼそと返した。頬が熱い。口角が勝手に上がるのを必死に堪えた。


「ふ。嬉しいんじゃろ」


 そんな私の小さい意地はこいつにはどうせ全部お見通しなんよ。にやにやと喜んでからかいにかかってくるから「べつに嬉しないわ、全っ然」と強がる。いつも通り追い討ちをかけてくるんかと思いよったら案外「ふふん」と笑っただけやった。そしてこちらをゆるりと眺めながらこんなことを言ってきた。


「かわいいな」


「……は?」


 なんやって?


「おまえだけを……おまえひとりをまっすぐ見れたらええんやけどなあ」


「? ……なん、それ」


 耳を疑う「かわいい」発言。その上でいきなりの歯の浮くような言葉。誠司が一体なにを考えよるんか、その言葉がなにを意味するんか、わからんことが多すぎて停止した。


「よし。死ぬ前にはおまえのカレー食うことに決めた」


「はあ?」

 またアホなことを。


「よろしう」

「よろしくないわ」

「嬉しいじゃろ」

「だから全然嬉しないってば」

「顔に出とる」

「出てない!」

「にやついとる」

「ついてない!」


 いつもの調子で言い合いになった、ちょうどその時やった。



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