第49話 納涼祭の夜
近所の小さな神社。いつもは寂れてほとんど人の姿はないけど、年に一度の納涼祭の時だけは屋台も数軒出てそれなりに賑わう。
ぼやけた夕空の中にいくつも吊るされた朱色のちょうちんが幻想的に揺れる。これがあるだけで一気にお祭りムードになるから不思議。それを眺めて無性にわくわくしたりしてしまう自分は、やっぱり日本人なんやな、なんて改めて感じる。
去年は妊娠中やったから、たしか人混みやし、と今日のミクさんのように遠慮した。瞬くんは行きたそうにしよったような気もしたけど。
誠司とは、幼稚園や小学校低学年の頃は毎年一緒に来ていた。私の家はお店が忙しいもん、たしか誠司おかあが二人まとめて連れてきて面倒を見てくれたんや。
そんなことをぼんやりと思い出しながら頭上にちょうちんが揺れる境内を歩きよると、ちょうど当時の私くらいの女の子がかわいい浴衣姿で駆けながら私たちを追い抜いて行った。「もう、まってよぉ」
ちょっと泣きそうな声。その向かう先を見ると女の子より少し大きい、ちょうど当時の誠司くらいの悪ガキっぽい男の子が振り向いていた。「早よ来い! あーもう、ほんまとろいなあ」
ああん。もっと優しい言葉掛けてやれんのかいな、せっかく浴衣でかわいいのに。と思っていると女の子の方がつまずいて派手に転んでしまった。
咄嗟に駆け寄ろうとする私を横から誠司が「ちょい」と静かに制する。「なんで」とつっかかろうとすると「ほれ」と顎で女の子の方を指した。
男の子がすぐに駆けつけて手を差し伸べていた。立たせて砂をパタパタとはたく。やがて「ん」とその手を取ると、仲良く一緒に歩き始めた。
ふふ。なんやろな、この既視感。そう思っていると隣で誠司も「ふん」と笑った。
「昔のおまえそっくりじゃの、あの鈍臭い子」
誰が鈍臭いか。
「置いてく誠ちゃんが悪いんじゃろ?」
「付いてこれんおまえが悪い」
「浴衣で歩くん大変なんやから!」
私がそう言い返すと誠司は急に私の姿をじっと眺めてなにかを想像しながら少し笑った。
「来年は浴衣で来よか」
想像したな。変態め。
「嫌やよ。面倒やし、動きにくいし、暑いんよ、あれって」
「悠吾も甚平着せたらええ」
う、それは……着せたいかも。一年後は一歳半。よちよち歩く頃やもん、絶対かわいい。
「ま、そんときまた妊婦やったりしてな」
「……は?」
一瞬停止して、そろりと相手を見ると満更でもない顔をしていて私はまた動揺する。
「なんで。きょうだい欲しかろ」
「なに言い出すんよ」
昨日はもうなんもせん、って言うたくせに。
すると誠司は「お、焼きそばええな!」とまた勝手に歩みを進める。「ちょっと待ってよ、もう」
それから誠司は私を連れて食べ物の屋台もゲームの屋台も次から次と自由に巡った。好物らしい焼きそばは三回もおかわりしたし、無駄に上手いスーパーボールすくいではお皿いっぱいに取ったと思ったら隣の女の子たちに全部あげて来るし、射的の屋台では小学生の男の子たちに代わって五回もやって大物を落としまくって屋台のおじさんに「お兄さんもうやめて、勘弁やで」と泣き付かれていた。
そうしてやがて満足したらしい元ガキ大将は子どもみたいな顔のままで「よし。帰るか」と言い出した。
「はい、はい」と呆れながら返すと、朱色のちょうちんの合間から見える黒い夜空を見上げながら「なあ真知」と何気ないふうに話かけてきた。
「結婚する?」
一瞬の間、どこか懐かしい演歌のBGMとお祭りの賑やかさが遠のいて、どきん。と自分の心臓が鳴るのを感じた。
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