第34話 マッチングアプリ

 それからあいつには会いに行ってない。べつに会ったところで私らはなにも変わってないはずやし気まずくなることもないとは思う。けど特に用もなかったし、おかあたちになにかをけしかけられても「いや」と首を横に振り続けた。


 数日して、誠司が無事に仕事復帰したらしいと誠司おかあから聞いた。


「ほんに治りが早くてね。お医者さんにも『強靭的ですねぇ』ち言われて、恥ずかしいくらいやわ」


 そう言ってはは! と明るく笑った。「もう、人騒がせでごめんねえ」と言ってちらりと私にも目配せをする。


「真知ちゃんも、いろいろありがとう」


「ううん……私はなんも」


 答えると誠司とよく似た目元をにっと細めて「ほんなら」と帰っていった。それと入れ替わりに買い物に来たのはミクさんと長男くん。いつの間にかずいぶん大きく成長していた。抱っこ紐から溢れる太ももが逞しい。


「もう重たくってね、九キロもあるんよ。平均突き破り」


 そう言って腰をさすった。


「大変やねぇ。でも可愛いてしゃあないでしょう。ミクちゃんのお父さんやお母さんも可愛がりよるやろねぇ」


 答えて目を細めるのはおかあ。そのとろけそうな表情を見る度に、私は胸がぎゅ、と苦しくなる。


 おかあ、ごめん。孫の顔、なかなか見せてあげられんくて……。


 そんなふうに感傷的になってしまう私に気づいてかたまたまか、ミクさんが「そうそう真知ちゃん」と話を向けてきた。


「妹らが言いよるんやけどね、『マッチングアプリ』いうん……やってみる気ない?」


「えっ?」


 こんな田舎におっても噂くらいは聞いたことがあった。


「テレビとかでも聞いた事あるよね? ようはお相手を見つけられる、出会いの場、いうかそういうんがあるんよ」


 ミクさんはハテナを浮かべるおかあにそう説明をして「妹のひとりがね」と私の方を見た。


「それで知り合おた人と、今度、結婚することになって」


「ええっ!?」


 どこに住もうと登録できるのが利点やというのは理解していたけども、そういうものは都会の人の話、という気がどこかでしよった。だから実際に身近な人がそれを利用して結果に繋がった、という話にはすごく驚いてしまった。


「まあ……真知ちゃんの場合は条件が条件やもん、実際どうかはわからんけども。登録だけでもしてみたら? ね」


 ミクさんはそう言って私を見たあとおかあにも「ね」と同意を求めた。おかあは頷きつつも「今風やねえ」と控えめに笑っていた。



 とはいえなにせいきなりの話。アプリやなんて、右も左もわからん画面の中の世界やし。


 さすがにしり込みして登録するのにずいぶん悩んだ。けどミクさんはお店で会う度に「やってみた?」と訊ねてくるし、結ばれたというミクさんの妹も「オススメですよ」と微笑むし、相変わらず私の周りには浮いた話のひとつもないし。


 仕方なく、というか、もうそれしか道はなくて、結局は登録することに決めたわけやった。


 どうせこんな条件じゃ、相手なんかすぐには現れんやろう。


 そんな私の甘い読みは、びっくりするほど当たらんかった。



 【会ってみませんか?】


 さすがにこんなにも展開が早いとは思ってなかった。相手すら現れんやろうと思いよったのに、すぐにメッセージのやり取りが始まって、気がついたらこんなメッセージを受け取っていた。


 ど、どうしよう。でもさすがに会うのはまだ早いと思うんよね……。


【もう少し、時間をいただけませんか?】


 なにを慎重になりよんか。でもやっぱりこういうの、怖い。登録しておいてそんなこと言うのはお相手さんに失礼な話かもしれんけど。


 すると返信が途絶えてしまった。もしかして、気を損ねた? けど会う、というのはやっぱりハードルが高いもん……などと考えて自分を正当化しようとする。もやもや。この返信待ちの時間、苦手やな。


 結局そのまま返信は来んかった。なんかな。やっぱりこういうの、向かん。そう思ってもう登録解除しようかと思いはじめた頃やった。


【返信遅れてすみません。それと、軽はずみに誘ってしまいすみませんでした。ゆっくり、ご自身のペースで大丈夫です。こんな慌て屋の僕ですが、よかったらまたメッセージやり取りしてもらえると嬉しいです】


 悪い人やない。返信が遅れたんはじっくり文を考えよったからかも。そんなことを思わせる文面やった。


【大丈夫です。こちらこそ、臆病者ですみません】



 そんなことで、メッセージのやり取りはまもなく一ヵ月を越えようとしていた。


「それはもう会おてみてええんとちがう?」


 店先で言うのはミクさん。たしかに……。このまま現状維持を続けても時間の無駄な気はしていた。


「真知ちゃん、のんびりしよったらあかんよ。自分らは自分らのペースでやれると思いよっても、周りはそうやない。例えばお相手さんの親やとかが、マッチングアプリのこと知らんと縁談持ってきてまうことだって……あっ」


 言い終わる寸前で思い出したらしい。そう、私の最初のお見合い相手さんもそんな人やった。


「ごめん、とにかく。ね、不安なら私も一緒に行くよ?」


「ええ?」


 七人きょうだいの長子のミクさんは、ほんまに頼れるお姉ちゃんの気質で、私もつい、いつも甘えてしまうんよね。



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