第28話 許可はもろてる
なんで私が。大鍋に切った野菜を放り込みながらまだ憤りが拭えずにいた。
じゅうじゅうと良い音を立てて野菜がしんなりと色付きはじめると、ほんわりと甘く香りが立つ。
たしか野菜はミニトマトも入れるんがおかあのこだわりやったはず。水を入れるのんはもう少しよく炒めてからにした方がええかな。
水を入れたら蓋をして煮込み始める。
誠司にはたぶんすぐ見抜かれるんやろうな。全部食べてもらえるんやろか。あーあ、嫌やな。
そういえばいつか、「カレー作って」ちてせがまれたことがあったっけ。あの時は「練習しとけよ」なんて偉そうに言われたけど……まさかこんな形でその日が来ようとは。
ルウを溶かして、また煮込む。ふつふつ。とろりとした褐色は、いつもとなんら変わりないように見える。食欲をそそる香りも、たぶん同じ。味も……同じかな。どうやろか。
ひとすくい味見をしてみた。……まずくはない。というかカレールウを使ってまずくはなかなか作れんと思う。
なんとなく念のため、もう少しだけ煮込んでおこう。そうして数分して、大鍋に蓋をしてコンロの火を消した。
どうか、けなされませんように。はあ。
「ん。ほんなら一緒に来て」
「え!?」
予想はできたけど……。誠司おかあは作ったカレーを持ってきた私に当然という様子でそう言った。
「でも誠司おかあ、私……お店」
効果があるわけのない言い訳やった。
「許可はもろてる」
親指を立てたサインが恨めしい。抵抗虚しくカレー共々車に乗せられた。ああ、なんでこんなことに。
道はすいていて、誠司おかあとは話も弾んであっという間に病院に着いた。ああ、足が重い。とはいえここまで来て車で待つなんてことさせてもらえるはずもない。
時刻はちょうど夕食時やった。う、私もお腹すいてきたかも。
一日ぶりの病室。怪我人は元気にしよるかな……なんていうのも変な話やけど。と、その時────。
「ほんっまかっこよかった」
「シビれたっすよ」
「まじ死んだと思ったもんな」
「チビったもん」「ひゃはは」
病室からそんな声が聴こえた。たぶん高校の生徒やろう。今回の事件に関わった生徒たちかな。
賑やかに喋って最後は「やっぱ
隣の誠司おかあを見ると微笑んで頷いて「今回のね、事件いうか、騒動起こした子らよ。誠司の学校の子」と説明してくれた。そして覗くようにして中の様子を見てから私に向き直った。
「時間かかりそやし、私帰ってもええかな? 家の用事もいろいろあるよって。それに──」
言いながらもう一度病室の中を確認する。
「『あんま来るな』ちてね、言いよるんよ。まああの子もええ歳の男やしね、いつまでも母親が付き添うんも変な話やもん」
「え、そんならカレー置いて私も……」
「とはいえまだあんまり動かれへんのよ。いちおう傷が深いよって。せやから真知ちゃん、悪いやけどお世話したげて」
……冗談!
「そ、そんな、困るよおばちゃん、私も仕事やってまだいろいろあるし──」
言い終わる前に誠司おかあの顔は「わかっとるわかっとる」と言わんばかりに縦にこくこくとしつつ満面の笑みとなった。
「許可はもろてる」
またそれかい!
ぴんと立った親指を再度恨めしく眺めてから、もう、と小さくため息をついた。
それと同時に、病室からわらわらと男子高校生たちが出て来て私たちの前を通っていった。流れに乗って誠司おかあも「ほなね」と微笑む。
引き止めることもうまく出来ずに、仕方なくその丸っこい背中を見送った。
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