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「ほう」
ジンの言葉に端的に返事をするが頭の中では様々な思惑が渦巻いていた。
「つきましては、帝国とアルファノア国との間に不可侵条約を結びたい」
「不可侵?」
「ええ、相互不可侵条約です」
「期間はどのくらいで?」
「そうですね、5年くらいでどうですか?」
思ったよりも少ない年数にイーザは顔をしかめた。
5年などあっという間だ。相手は瞬く間に2国を潰し、1国を属国化した国である。
帝国としてはあまり戦いたくない。数の劣勢に加え、今いる騎士の育成などを
考えてもあまりにも少ない年数であった。
加えて、北方からの脅威もある。
「8年では?」
イーザのこの言葉にジンのほうが驚いてしまった。
彼の方では短くしてくると思っていたからだ。
「もし条件を飲んでくれるのであればもう少し延長しても構いませんよ」
帝国が不可侵に乗り気なことを感じ取ったジンは条件を付けてみることにした。
「条件とは?」
「先ほどの水晶の件です」
再び繰り返される水晶の話題。
イーザはこの水晶にとんでもない価値があると確信する。
帝国で見いだせなかった価値がアルファノアにはあるのだ。
「水晶を加工しないでほしい。掘り出したままの物をそのまま送ってほしい。
大きい物は大きいままで。形も不揃いで結構。
小さい水晶1500でなく中くらいから大きい水晶1500で」
前代未聞だ。今言ったジンの内容は外交交渉とは呼べない。
本来なら先ほどの交易交渉時に言うべきものだ。
それをわかっているイーザは厳しい顔つきで答える。
「それが不可侵とどう関係すると?」
「その条件を守れるのなら10年の相互不可侵条約でどうだろうか?」
イーザは大きな声を挙げそうになった。馬鹿にしているのか!と。
南大陸の王でなければ目の前の人物を散々罵倒して城から追い出すところである。
交易交渉と外交交渉を混ぜるなど聞いたこともない。
ジンの言ったことは交渉も外交もわかってない馬鹿のすることだった。
「いいでしょう。他にありますか?」
相手が何もわかってない愚か者であれば大したことはない。
怒りはなかった。代わりにあったのは安心と低くみる視線。
取るに足らない人物とわかれば脅威も恐れもない。
「水晶の数を2000に」
「なにも問題ありません」
「まとめましょう。我が国からは水晶を貴国からは小麦と果実。
それと10年の相互不可侵条約。これでよろしいか?」
「はい」
「では、こちらの紙に署名を」
文官が慣れた手つきで紙を手渡してくる。
二人の王が署名した紙を交換する。
紙はお互いに持ち大事に保管となる。文官が大事に持って部屋を出て行く。
しばらく、ジンが持っていたがいつのまにか手から紙は消えていた。
「このあとはどうするので?」
イーザはもうジンに興味を失いかけていた。
なんとか繋ぎとめているのは、ジンの水晶への異常なまでの執着の謎だけである。
「帰ります」
「そうですか。お気をつけて。あと一つ忠告を」
「なんでしょう」
「貴国の脅威的な武力制圧は他国も注視しています。
行動に注意した方が身のためですよ」
「それは世界が敵になるということですか?」
「そうならないように気を付けてください」
そう言われるとジンは少したじろいだ素振りを見せた後退室していった。
残されたイーザは深いため息をつくと、ある人物を呼び出した。
しばらくしてノックの音がしたあと老人が部屋に入ってくる。
「お呼びでしょうか、陛下」
腰が曲がり杖を突きながら入ってきた老人は椅子に座ることなく皇帝と向き合う。
しわが寄った顔つきと細い腕や体格は見るからに弱々しい。
この木の棒で殴れば死にそうな老人を近衛兵は畏怖の表情で見つめていた。
「ウェーナー、再調査を頼みたい」
「はて、どれのことですかな?」
「水晶だ。もう一度徹底的に調べ上げ報告するのだ」
「は。しかし、陛下。水晶に関しては既に結論がでていますが」
「知っている。私もなにかに利用できないかと色々考えたのだ」
「では、なぜ今頃?」
「南のアルファノアという国が水晶を欲しがっている。それも大量にだ」
「ふーむ」
「外交のカードを使ってまで水晶を欲しがったその理由を知りたい」
「わかりました。再度調査させましょう」
「よろしく頼む」
「あのー・・・」
声をする方を見ると申し訳そうな顔をした使用人が顔をのぞかせていた。
特に人払いをしていたわけだはない。用件を聞いてみる。
「アルファノア国王陛下様がお土産に水晶を欲しいと・・・」
「好きなだけ持たせてやれ」
「かしこまりました」
使用人が出て行くとイーザはウェーナーに話しかける。
「これだ。わかったか?」
「・・・わかりました。早急にお調べして報告いたします」
そう言って老人は部屋を出て行った。
残された皇帝はゆっくりと息をつき目を閉じて交渉を思い返す。
期待外れだった。まるで、貴族のボンボンと話している気分だ。
欲しい物だけに手を伸ばし、それ以外に興味をもたない。
国の未来も見ようとしていない。
(あれが本当に南大陸の王なのか?)
目を開けるといつの間にか家臣たちが揃っている。
「どう思う?エトガル」
皇帝が話しかけるのは帝国最強にして軍のトップ。
エトガル・ツェラーである。
「儂が見た限りだとといっても兵の質だけであるが、あれは凄まじいと儂は思う」
「なぜ?」
「北方の他の国が来た場合、主が王宮に入ったら兵士たちは街に繰り出すか
最少の護衛を残して酒盛りをする。だが、あの国はそうはならんかった。
命令を受けた後その場を微動だにしなかった。いつでも動けるように
槍を構え周囲に目を光らせて主が帰るまでその場を動かなかったのだ。
また、護衛の騎士に関しては我が軍に欲しいほどだ。
実力を見られる機会はなかったが、立ち振る舞いからわかる。
相当な実力者の持ち主だ」
「つまり、王の周囲が優秀だと?」
「かもしれんな」
それなら納得だ。優秀な部下たちが愚鈍な男を王に祭り上げたに違いない。
であれば、何人か引き抜けるかもしれないとイーザは思う。
あの国よりもっといい報酬と権限、他にも色々ある。人の欲望は底知れない。
帝国は引き抜きに力を入れるため、
アルファノア国への諜報活動を活発化させていったのだった。
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