40
ルエル・ドラクロワは帝国に帰る途中であった。
成果は十分にあったはずだ。
新たな王の考えはあまりわからなかったが少なくともしばらくは
帝国に攻め込んでは来ないだろう。
それに、帝国への訪問。これだけでも十分だ。
馬車が急に止まる。護衛の兵士たちが慌てる声が聞こえた。
ルエルは敵の襲撃を疑う。
だが、屈強な兵士と騎士に守られ、帝国の紋章を付けた馬車を
いったいどこの馬鹿が狙うというのだろうか。
騎士が近づいてくると、馬車の扉を開けた。
「殿下、降りてください」
「何事ですか?」
状況もつかめず騎士に問いかける。
騎士はそのままルエルを外に誘導していく。
ルエルの目に飛竜が3体映り込んだ。
通常なら叫ぶところであるが、ルエルは見慣れているため叫ばなかった。
しかし、動揺はした。
「なぜ帝竜騎士団が?」
帝竜騎士団とはワイバーンと呼ばれるドラゴンを操り、
帝国の空を守っている騎士たちのことである。
「皇帝陛下の命令できました。殿下、お乗りください」
一人の竜騎士が前に出るとルエルを乗るように促す。
皇帝の命令は絶対順守。断ることはできない。
なんの説明もないまま、ルエルは飛竜に乗る。
護衛の2体が先に飛び、続いてルエルが乗った飛竜が空に上がると
3体は一直線に帝国まで飛んでいく。
馬車では何日もかかる距離でも飛竜なら一瞬だ。
帝都に着くと飛竜はそのまま城に向かい、中庭に降り立った。
ルエルを出迎えるのは近衛騎士団たちだ。
「皇帝陛下がお待ちです」
休む間もなく謁見の間へと通された。ここまでとなると異常事態である。
何か起きたのかと疑うレベルだ。
「来たか、さあ話を聞かせてくれ」
皇帝陛下の前まで進み挨拶をしようとするルエルに先んじて声をかけてくる。
戸惑いながらもルエルはすべてを話した。
「近々帝国を訪問したい、か」
「はい。水晶に非常に関心を持たれていまして、水晶平原も直で見たいと」
「ふむ・・・」
考え込む皇帝を見て、ルエルは今のうちになぜ一刻も早く
この報告が知りたかったのか聞いてみることにした。
「陛下。取り急ぎ報告するようなことでもない内容です。
なぜ、ここまで急がせたのですか?」
「ん?ああ、まだ言っていなかったか」
「はい」
考えられるのはアルファノアが行っている戦争のことだ。
戦火が広がってきていたのであれば、あのように迎えがくるかもしれない。
一拍置いて皇帝はゆっくりと口を開いた。
「ドラムピが仕掛けた戦争だがな、つい先程終わったらしい」
「は?」
ルエルはあまりにも衝撃的な内容に皇帝の前であることを一瞬忘れた。
「ドラムピ国が自国へ撤退の動きを見せたという報告があった。
自国への撤退となれば、負けたも同然であろう」
「確かにそうかもしれません。
そういえば、自分がいた時にシュグニテが裏切ったと聞きました。
それに関してはなにも?」
「シュグニテが?」
ルエルは起きたことを皇帝に伝える。討伐に黒い騎士が向かったことも話した。
「それに関してはなにも報告は入っていないな」
「そうですか・・・」
「下がっていい」
「はい」
ルエルは謁見の間を出て自室に向かう。今頃になってどっと疲れが体にでてきた。
戦争の早期終結。確かにこれはアルファノア国がどんな国なのか、
王はどんな人物なのか一刻も早く聞きたいだろう。
それにしても急ぎ過ぎた気もしたが。
ゆっくり休んでいると、空は暗くなっており侍女が夕食の知らせを届けにきた。
食事のテーブルに着くと、先ほど話した皇帝がすでに座っていた。
ルエルと皇帝の他に誰もいなかった。
「あの子はでかけていていないのよ」
ルエルの視線に気づいてイーザが話す。
静かに食器を使う音だけが響く。イーザの食器を使う音だけが唐突に止まった。
いつ間にか彼女の隣には黒装束の人物が立っており、丸まった紙を渡すと
音もなく消えてしまった。
密偵である彼らは一応、騎士団である。
だが、正式な名称などは一切明かされていない。
代々、皇帝のみがその名前を伝えられているとされていた。
開いた紙を見つめて固まっている母に向かってルエルは心配になる。
何かが起きたのだと。
ようやく、動き始めたイーザは落ち着くように何度か深く呼吸をした。
「ドラムピ国の王宮にアルファノア国の旗が立ったそうよ」
「そんな!早すぎます!」
声を上げるルエルにイーザは手で制す。まだ何かあるというのだ。
「シュグニテが・・・滅亡したわ」
「え?」
「生き残った者の話によると巨大な炎のドラゴンが王都を襲ったらしいの」
「ドラゴンがなぜ・・・」
「わからないわ。でも、少なくともアルファノア国は
シュグノテに絡んでいないと見ていいかもしれない。
ドラゴンを保有しているとも思えないし。あれは災害だもの。
問題は、南大陸が統一されたということ。それも短期間でね。
あなたが会った王は、今や南大陸の覇者よ。
ここまで好戦的だと他国から目を付けられるということを
わかっているのかしら?」
「あまり戦争好きには見えませんでしたが」
「そうなの?だとしたら、ますますわからないわね。
あなたから帝国を訪問したいと聞いたけど、果たしてどんな理由でくるのかしら」
「理由ですか?」
「そうよ。結婚旅行ならわかるけど。
一国の王が何の理由もなく外国に行けるわけないじゃない」
ルエルは、何の理由もなくという言葉に水晶平原を見に来るのでは?
と言いそうになりぐっとその言葉を飲み込んだ。
よくよく考えてみればそんなものは口実なのかもしれないからだ。
他にも危険があるしねえ。と言う母をよそにルエルはすっかり冷たくなった
料理を消化していった。
【ワイバーン】
飛竜とも呼ばれる。この小型~中型サイズのドラゴンは
山岳に生息しており、群れで行動する。
生息している気候により生態が変化しており、雪山はアイスワイバーン
火山はフレイムワイバーンというように分かれる。
獰猛な肉食竜のため大変危険な生物である。
冒険者ギルド基準では1体につき銀級以上かつ最低3人以上で対することが
推奨されている。
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