39(対ドラムピ国戦3)

そのエルフが戦う姿は美しかった。

捕まらなかったエルフ弓兵隊は矢を射るのを止め彼女が戦う姿を見守った。

彼女に矢が当たるかもしれないと思ったからだ。

攻め込んできた敵の指揮官らしき人物が彼女と戦う。

二刀の素早い動きに翻弄され、敵将はあっけなく死んでいった。

そして、いつ間にか周囲に敵兵の姿はいなかった。


「ロレイン、終わった?」


霧の中から彼女と姿がそっくりのエルフが声をかけてきた。


「ええ。イレイン、そっちは?」


ロレインと呼ばれたエルフが言葉を返すとイレインは肩をすくめる。


「こっちは全然。前衛は拮抗していて押し合いの繰り返し」


「そう」


短く返事をするロレインを気にすることなく話し続ける。


「シエラ様はこのままだと今日中に決着はつかないって言ってた」


「・・・・」


「まぁ問題ないと思うんだけどね」


遠くで戦の音が聞こえる。その方向とは別の方にロレインは目を向ける。

それを見てやれやれとため息をつくイレイン。

周囲を警戒するようにイレインはロレインの背後に立った。

戦の音が止むまで、指示が出るまで二人はずっと立っていた。


前線では盾と剣のせめぎ合いから徐々に乱戦に移りつつあった。

一度空いた穴は防いだものの完全とはいかず、そこから徐々に崩れ行ったのだ。

数的有利の場合、乱戦に持ち込まれることはあまり好ましくはない。

態勢の立て直しを図ろうとしても霧が邪魔で兵たちの連携に支障がでていた。

兵たちの損害が出始めた頃、シエラはスキルを使った。


『戦場の鼓舞』:指揮する兵士の攻撃力を一時的に大幅上昇させる。


急に戦場の流れが変わる。兵士たちが敵兵をほぼ一撃で葬り去っていく。

それは武器や盾で防御しようが関係なかった。

今まで防がれていた武器は盾を貫通した。

大きく振り上げた剣は何人もの集団を飲み込んでいく。

乱戦で敵味方が入り混じった戦場から敵の数が徐々に減り始めた。

こうして、アルファノア軍内にいた敵兵がすべていなくなった。

再びシエラがスキルを使う。


『戦場の癒し』:指揮する兵士の体力を回復させる


軽傷だった者は全快し、重傷だった者は軽傷になる。ただし、死者は生き返らない

負傷者が立ち上がるのを見た時、ドラムピ軍兵士は驚き、ある者は悲鳴をあげた。

倒れていた者が再び武器を構え突っ込んでくることに

恐怖したドラムピ軍兵は逃げ出していた。

恐怖は軍全体に伝染し、前線指揮官の声は彼らには届かず徐々に逃げ腰となる。

ガイマンドとダロンが気づいたときには軍が大きく後退している時だった。

敵軍の後退を見たシエラは追撃戦を命じる。

ほどなくして、アルファノア軍の騎馬隊が出撃していった。

不利を悟ったガイマンドは王に退却を進言。

ドラムピ王ダロンはこれを承諾して、国まで撤退を指示。

国の守りを固め籠城しながら徹底抗戦の構えを示した。


「シュグノテがやってくれるまで我々は耐えるのだ」


王はこれを繰り返し言葉にし周りの味方に言い聞かせた。

ドラムピ軍は当初の人数より大幅に減っており、

国についた時は1万弱程しか残されていなかった。

砦はあっけなく破られ、わずかな兵と共に王城で籠城していたダロンの元に

シュグノテに付いていた密偵から知らせが届いた。

心待ちにしていた知らせを聞いた瞬間、ダロンは驚きで固まってしまった。


「ぜん・・・めつ?」


「はい。それも一人の人間によってです」


「それは本当に人間だったのか?」


「姿形は人間でした」


「2千人近い兵を一人で潰すなんて信じられん」


「私もそう思います」


「ガイマンド、我々は何を相手にしているのだ?」


ダロンは震えながらガイマンドに問う。

今になって恐怖が伝わったのだ。


「わたしは、わたしには答えられません」


ガイマンドが答えるもその声に自信はなかった。

ダロンは自信も覇気も失ったガイマンドを早々に見捨てると

降伏する準備を始めた。

兵士たちに戦費で消費しわずかに残った財産を隠し場所に移動させる。

更に使用人の中から自分に似ている人間を探し出した。

いざという時のために体格が似ている者を雇用していたのである。

わけがわからない使用人に立派な服を着せ、自分は使用人の服を着た。

次に兵士たちに武装を解除し降伏するよう命じる。準備は万全だった。


「ちょっと遅かったね」


「え?」


兵に命じた時聞き慣れない声がした。

声の方を振り向くと美しいエルフの女性が立っている。

その美しさに見とれ、いつからいたのかという異常さに固まり

部屋にいた人間たちの反応はだいぶ遅れた。


「貴様!何者・・・がっ」


ダロンの声は唐突に途切れた。彼の胸から刃物が生えていたからだ。

いつの間にか彼の後ろにもう一人さっきのエルフと同じ顔をしたエルフがいた。

彼の胸にもう一つ刃物が生える。だが、二つともすぐに抜かれた。

ゆっくりと体は床に倒れ血を部屋中に広げていく。


「我が王に仇なす者に死を」


ロレインはそう言うと倒れたダロンの首をはねる。そして、そのまま二刀を構え

部屋にいた全員を殺していった。


「あちゃー」


イレインは頭を抱えた。気を取り直してロレインに声をかけるが、

部屋には二人を除いて死体しかなかった。


「ねえ、シエラ様になんて言えばいいのよ」


少し怒ったようにイレインはロレインに話しかけた。

だが、ロレインは特に気にした様子も反省した様子も見られない。

まるで、自分が正しいことをしたと確信しているようだった。

部屋を一瞥すると、そのまま背を向け城外へと向かう。

そんな彼女をイレインは慌てて追いかける。


「ねえってば!」


声をかけるが彼女は無言だった。

イレインは頭を悩ませる。このあと起きることがわかっているからだ。

シエラからどんなお叱りを受けるか。

深いため息をつきながら追いついたロレインの隣に並んだ。

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