第14話

 

 紹介されたのは、随分と有馬に似つかわしくない二人組だった。

 一人は艶やかな黒髪ウェーブの美女。そしてもう一人はスクエア型のシルバーフレームが光る眼鏡の美形だ。

 仕事ができそう、まさに有能秘書という印象を与える二人だが、喋り出すと途端にイメージが崩れた。

「初めましてぇ〜! 私は東雲 芽衣(しののめ めい)って言います。諒ちゃんだっけ、噂はよく聞いてるわ。安心して! 邪魔しないから」

「……な、何の、何の邪魔ですか⁉︎」

「私は東雲 雪兎(しののめ ゆきと)です。苗字から分かる通り、彼女と結婚して家庭を作っています。因みに世界一可愛い姫と王子が一人ずついます。家庭は良いものですよ。愛している人と一緒に住む世界というのは格別ですから」

「ちょっと、雪兎。そんなに言わなくても。そんな事、当たり前じゃない。私とあなたの家庭よ。幸せいっぱいに決まってるわ。それに私だって……雪兎と過ごせてとても幸せよ」

「芽衣……」

 二人は社長の前だということも、紹介されたばかりの諒の前だということも全て忘れたかのようにイチャイチャし始めた。完全に二人の世界である。

 諒は早くもこの会社で上手くやれるか心配になった。

「貴女も結婚は早い方がいい。手近に有馬社長とかどうですか、お勧めしますよ」

「あ、はい……。え?」

 雪兎に指名された有馬は少し照れ臭そうにしていた。

 もはや諒はどこからツッコミを入れたら良いのかわからなくなっていた。

(ここにはツッコミが不在なんだわ……)

 全員がボケて誰も突っ込まないなんて、カオス以外何物でもない。諒は自身が置かれた立場に急に不安を覚え、隣にいる有馬を見上げた。

 彼は二人のやりとりを目を細めて眺めていた。まるで眩しいものを見るような目だった。

 意外な表情に驚いていると、諒に気づきこちらを見た。

「彼らはいつもこんな感じなのですが、仕事は出来る人たちなんですよ。だからそんな心配しないで」

 諒の不安に気づいたのか、有馬の手が諒の頭を優しげに撫でた。

 その一連の動作に諒が目を開くと、諒の様子には気づかず有馬は未だ騒いでいる二人に「はい、仕事始めますよ」と言った。

「じゃあ諒さんは少しずつ仕事を受け取って始めてみてください。田中さん、暫く彼女をサポートしてあげて」

「はぁい」

 雪兎といっしょに会議で部屋を出て行く有馬に芽衣は手を振ると、ぐわっとこちらを振り返った。

「諒ちゃんって社長とどんな関係なの」

「ど、どんな関係と言われましても……、な、ナスがきっかけというか」

「ナス⁉︎」

「以前にナスを選ぶのに困っていたら教えていただいたのがご縁で、なぜかここに……」

 諒こそわからないのだと、これまでの経緯を掻い摘んで言うと、彼女は頭を捻った。

「……なんだかよく分からないけど、諒ちゃんが社長の特別だと言う事はよくわかったわ」

「いやいや、特別だなんてとんでもない」

 諒が全否定しようとすると芽衣は叫んだ。

「だって、あの社長が! 名前を! 呼んでいるのよ! 特別じゃないわけないじゃない!」

 ちなみに私の旧姓は田中よ! と言う芽衣は気持ちを落ち着かせてから、話し出した。

「社長ってプライベート見せないのよ。基本的に隙を見せないというか。正直何を考えているかわからないと言ったほうが早いかしら。そのせいなのか分からないけど絶対に苗字以外で呼ばないのよね。まあ、プライベートを見てないから実際知らないのだけど」

「でも三人とも仲が良さそうに見えましたよ」

 そう言うと芽衣は嬉しそうに笑った。

「私たち大学時代の同期なのよ。だからじゃないかな」

 大学といえば以前連れて行ってもらった店の店主が大学の後輩だったようなと思い出そうとしていると。

「それに社長、女嫌いだからさ。触られるのなんか、こっちがビックリするぐらい嫌がるし、基本的に既婚者しか近寄れないのよね。大学時代から独身者とかには、すっごーい冷たかったの。だから諒ちゃんは特別なんだなぁって」

 ニコッと笑う芽衣はとびきり美人で女の諒でも頬を染めるほどだった。

 しかし、諒は今の話がずっとぐるぐる回り、信じられない気持ちでいた。

(志乃さんが、女嫌い……? 出かけたその日には名前呼びを強要されたのに? どう考えてもプレイボーイだとしか思えないのに?)

 そんな諒の混乱をよそに芽衣は諒の机にあるパソコンをつけ、パスワードを入力した。

 そして一つずつデスクトップにあるファイルを説明していく。

 社長のスケジュール管理はここ。今度の仕事に使う資料はこちら……など、基本的な動きは総務でやっていた事に近い。

 そもそも諒の会社は秘書課がなかっただけで、その業務は総務が担っていたわけだから諒が身構えるほどの事ではなかった。だが、いかんせん会社の規模が違うため覚えなければいけない内容は多かった。

 諒は必死にメモを取りながら、疑問に思った事を少しずつ質問していき、お互いの擦り合わせが終わったのは昼休憩をとうに過ぎた頃だった。

 その間、先程の会話の内容を思い出す時間などなくホッとしたのも束の間、知らないうちに有馬が近くにいた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ナスが原因でエリート社長に捕まりました 稲子 @ineko

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ