第12話
「う、嘘でしょ! なんで私なんですか!」
諒は課長に掴みかからん勢いで詰め寄る。課長は諒から目線を逸らした。
「だってな、相手側の指名だったんだよ。さすがにそれを無視する事は出来なくて……」
「そんな……!」
辞令書を見ると、そこには紛れもなく諒の名前に出向の文字。社長のサインだって、会社の判子だって押してある。これは決定事項なのだ。
「ま、まあ、期間だって少しだけだからさ。長くても半年、短い場合は一ヶ月とかだ。ちょーっと仕事内容が変わったと思えばいい。戻って来れるように常盤の席は石川が綺麗にしておくからさ」
「なんですか、それ」
「まあまあ」
課長は、いつでも帰ってくればいいから、なんて言っているが辞令より上の発言力があるとは思えないし、どちらにせよただの慰めなのだと諒にはわかっていた。なにせ、現在進行形で彼は諒の荷物を率先して段ボールに詰めているからである。
気を利かせたその行為が諒にとってどれだけ悲しい事がこの人にはわからないだろう。
「……わかりました。出向、頑張ります。けど私の席は必ず死守してくださいよ! 絶対に絶対にですから!」
諒は持ち前のポジティブシンキングでうだうだと考えるのをやめ、荷物詰めを手伝った。
いつまでも後ろを向いているのは得にはならない、そう思うようにしている。なにせ過去にそうして良い事など一つもなかったのだ。
そして荷物詰めの終わりが見えかかったところで諒はハッと気づいた。
(そういえば出向先ってどんなところなんだろう。書類を見てなかった)
先ほど課長が持っていたバインダーの束は今回の資料だと言って、一緒にダンボールへと入れられていた。結構な量があったから、それなりに大変な仕事なのだろう。
諒はしばらくはのんびり出来ないなと思いながら課長を見た。
「課長、出向先はどんなところなんですか? 先ほど仕事内容が変わるって……。私、ずっと総務にいたから他の経験なんてありませんよ?」
自分で役に立つのだろうか。諒が少し不安になると、仕事をしていた鈴木がこちらを見てニコッと笑った。
「先輩、大丈夫ですって! な〜んにも心配する事なんかないですから!」
その表情は明らかに何かを知っていて楽しんでいるという雰囲気だった。そして真向かいにいる石川も片眉を上げて「まあ、大丈夫だろ」と小さく言った。
果たして何が大丈夫なのかと考えていると、荷物詰めを終えた課長がポンと諒の肩を叩いて神妙に頷いた。
「え、なんですか……?」
諒がポカンとしていても遠慮なく肩を叩いている。そして諒の背後を見た。
「お迎えが来たから。仕事内容は本人から聞いてくれ」
最後に頑張れよ、と無理矢理方向転換をされ、背中を押されると目の前にはスリーピーススーツの男。
諒は開いた口が閉じなくなっていた。みっともないが仕方がないようにも思える。
なにせ目の前には冷徹社長と噂の名高い有馬志乃が立っていたからだ。
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