31日目『小説を書く小説を書く』お題:入れ子構造

『小説を書く小説』



 唐突に告白しますが、わたしの趣味は小説を書くことです。

 ……すいません。少々かまととぶりました。

 わたしは小説家を目指して小説を書いているのです。趣味であることに違いはありませんが、趣味が高じて無謀なあこがれを抱くようになった、というわけでございます。

 ではなぜかまととぶったのか。

 それは、わたしに才能がないというのが一番大きいでしょう。

 小説家の中には、なんとなく気が向いてちょちょいと書いた人生初の小説が、有名な賞をかっさらってベストセラーになった、という方が何名もいらっしゃいます。それくらいやって才能アリ、何度か落選を繰り返したのちに賞を取って華々しくデビューでようやく普通、中には小説家なんて目指さずに趣味で書いていた小説が編集者に拾われてデビューする際の拍付けとして新人賞を狙って獲得するようなレベルの作家もいらっしゃいます。作家というのはかくも乱世なのです。

 いっぽうのわたしはというと、これまで挑戦してきた新人賞は数知れず。ライトノベルからSF、ミステリー、ファンタジー、歴史、一般文芸、純文学、とりあえず目の付く新人賞に片っ端から拙作を投げ、無残に散っては投げ散っては投げを繰り返すこと学生の時分より十年余り、気が付けば新人賞カレンダーにばかり詳しくなり、休止や消滅を見送ったレーベルもあるほどです。それくらい投稿していれば通過した審査だっていくらかあるだろう、ですか。残念ながら、一次審査さえまともに通ったことはございません。つらい。

 それでもいまだに小説を書き続けていられるのは、わたしの意地汚さもいくらかございましょうが、やはりなんと入っても小説の力を信じているからです。力をも入れずして天地を動かし、という古今和歌集仮名序を挙げるまでもなく、感情を動かし、人生をも変えるといわれているのが小説でございます。読んでくださった方を楽しませ、幸せにするような小説が書ければいったいどれだけ素晴らしいことでしょうか。わたしには来るともわからない遠い未来なのかもしれませんが。

 とはいっても、十年余り書き続けてきた身です。

 ネタを絞り出すことにもだんだんと脳みそが悲鳴を上げるようになってきました。このあたりもわたしに才能がないことの証左でありましょう。

 締め切りは刻一刻と近づいています。

 次にわたしが狙っている賞はミステリー、それも一か月後、いい加減にプロットをまとめないといけないタイミングです。何せこの賞は、大賞賞金が1000万円以上もあるのですから、何としてでも応募しなければなりません。

 わたしは、禁じ手に出ることにしました。

 そう、自らのことをネタにするのです。

 小説家、あるいは小説家に準じた人物を主人公に据えるのです。

 わたし自身と近しい人物を中心に物語を展開するわけですから、ゼロから人間を作るよりもはるかに手間がかからず、それでいて人物造形にはリアリティが生まれ、浮いたコストをほかの部分に割くことができます。また作家ものというジャンルが存在するほど、小説家を主人公とした物語は広く受け入れられているのです。

 これだけ便利なアイデアを禁じ手として己に課してきたのには訳がございます。小説というのは究極、様々な人間を書くものでございます。それゆえに、人物設定で楽をしていたらいつまでたっても実力は上がりません。上がらないのですが、締め切りが何より重要であるのもまた事実。新人賞の応募期限まで一か月となったこの窮地、禁じ手を犯すことで新たな境地を拓いて見せましょう、という気概で自己弁護をしながら、わたしは新作に手を付けることにいたしました。

 小説を書く人間を主人公に据えたミステリー。

 アイデアは簡単に出てきました。

 小説を書くことで推理をする、執筆探偵を主人公にするのです。

 主人公は三十路手前の冴えない男性。体は細身で無精ひげ、髪はボサボサ、ファストファッションを裾がぴらぴらになるまで着ているような生活力と経済力のなさ。それでいてミステリー系の小説新人賞には毎回最終候補まで残る実力を持ち、しかし、なかなか最後の一歩が踏み越えられず、期待されながらデビューできないこと十年余り。デビューできないのは、筆致や設定がリアルであり論理展開も緻密ながら、全体的にストーリーが地味なせい。話の整合性を求めるあまり読者を惹きつけるポイントが弱いわけです。ところが、その緻密さが武器となり、周囲の事件や謎を小説に落とし込むことで、勝手に真相が描き出される。

 設定としてはこんなところでしょう。

 次は、執筆探偵がどんな事件に巻き込まれ、小説の中でどんな小説を書くのか、ということです。

 わたしはこの時点で、己に課した禁じ手を犯したのなら、いけるところまでいってやとう、という気持ちでした。

 執筆探偵が巻き込まれた事件は、もちろん殺人事件。犯人は作家志望者であり、自分が書いた小説を盗んでかわりにベストセラーを記録した新人作家を殺してしまうのです。ここまでくれば、舞台は作家や有力な作家志望者が集まる出版社主催のサロンなどが思い浮かびます。登場人物たちも、歴代の有名作家をアレンジしていけばいいでしょう。

 自分の小説を盗まれた作家志望者が、盗作者を殺し、その事件を執筆探偵が小説執筆によって推理するのです。

 さて、ではこの哀れな作家志望者は、いったいどんな小説を盗まれたのでしょうか。

 作家志望者は、盗作されたことに疑いを持たず、同時にその作品がベストセラーになることも受け入れていたので、相当な自信家だったに違いありません。自分が書く小説の面白さや価値を信じてやまなかったでしょう。

 相当な自信家が書く小説。禁じ手を突き詰めることも忘れてはいません。

 わたしは思いつきました。

 この作家志望者は、ベストセラー作家を主人公にした小説を書いていたのです。しかもこのベストセラー作家は、自らが書いた小説が必ず現実のものになるという、数奇な運命を背負っていたのです。自信家であれば、小説の内容が実現するベストセラーという大言壮語な内容を扱ってもむしろしっくりくるでしょう。

 というわけで。

 自らが書いた小説が必ず現実のものになるベストセラー作家を主人公にした小説を書いた作家志望者が盗作され、盗作者を殺し、その事件を執筆探偵が小説執筆によって推理する物語。

 ここまで決まりました。

 すると今度は、このベストセラー作家がどんな小説を書いたのか、を考えなければなりません。

 ベストセラー作家はきっと、これまで何作品も小説を書いてきたでしょう。そのたびに自作の内容が実現するという経験をしてきたわけで、まさかそんな魔法みたいな話が、と疑いつつも、現実に起こってほしいことを小説の内容に盛り込んでくるはずです。

 わたしは思いつきました。

 ベストセラー作家にとって実現してほしい内容。自分の書く小説が売れることです。

 このベストセラー作家は、小説家がベストセラーを記録する内容の小説を書いたのです。単に小説家がベストセラーを記録したのではだめです。小説家を主人公にした小説がベストセラーにならなければ意味がありません。なぜならベストセラー作家は小説家を主人公にした小説の内容を実現化しなければならないので、その小説のなかの小説家も、小説家を主人公にした小説を書かなければならないからです。この作中の小説家は、きっと天才作家でしょう。なぜって、ベストセラー作家も自らを天才作家だと周囲から見られたいはずですから。

 というわけで。

 天才作家が書いた小説がベストセラーになるという小説を書いた、自らが書いた小説が必ず現実のものになるベストセラー作家を主人公にした、小説を書いた作家志望者が盗作され、盗作者を殺し、その事件を執筆探偵が小説執筆によって推理する物語。

 ここまで決まりました。

 すると今度は、この天才作家がどんな小説を書いたのか、を考えなければなりません。

 しかも単に天才作家のことだけでなくその前の、自らが書いた小説が必ず現実のものになるベストセラー作家の作家性も考えなければなりません。

 わたしは思いつきました。

 ベストセラー作家は、自らが書いた小説が必ず現実のものになるという現象について一方では喜び、一方では苦しんでもいたでしょう。そかもその感情を表に出すことはできません。そこでその感情を天才作家に憑依させるわけです。同時にこの天才作家にも、何らかの悩みがあったほうが、ベストセラー小説を生み出す過程がよりドラマチックになるでしょう。この天才作家も、悩みを表に出すことはできないので、自らの小説に思いのたけをぶちまけるはずです。

 天才作家は、小説を書くという行為についていろいろと考えていたに違いありません。そこで、自らを鼓舞するために、苦しみながらもモチベーション高く小説を書くベテラン作家志望者を主人公に置くに違いありません。

 というわけで。

 苦しみながらもモチベーション高く小説を書くベテラン作家志望者を主人公に置いた小説を、天才作家が書いてベストセラーになるという小説を書いた、自らが書いた小説が必ず現実のものになるベストセラー作家を主人公にした、小説を書いた作家志望者が盗作され、盗作者を殺し、その事件を執筆探偵が小説執筆によって推理する物語。

 ここまで決まりました。

 すると今度は、苦しみながらもモチベーション高く小説を書くベテラン作家志望者が、いったいどんな小説を書くのか、を考えなければなりません。

 ベテラン作家志望者は誰にも相談できず、なかなか日の目も浴びず、おそらくはネタを出すことにさぞ困っていたことでしょう。同時に、ベテラン作家志望者というのはつまらないプライドを持っているものです。例えば、作家ものは安易に書いてはだめだ、というような。

 それでもモチベーションは高いわけですから、そのプライドをかなぐり捨て、作家ものを書くでしょう。

 ベテラン作家志望者にプライドを捨てさせた動機はといえば、やはり大きな賞の存在があげられるかもしれません。国内であれば、ミステリー系の新人賞には1000万円以上の賞金をつける賞もあります。

 このベテラン作家志望者は、作家を主人公にしたミステリーを書くのです。

 きっとこのミステリーの内容は、事件を執筆探偵が小説執筆によって推理する物語になることでしょう。

 というわけで。

 事件を執筆探偵が小説執筆によって推理する物語を、苦しみながらもモチベーション高く書くベテラン作家志望者を主人公に置いた小説を、天才作家が書いてベストセラーになるという小説を書いた、自らが書いた小説が必ず現実のものになるベストセラー作家を主人公にした、小説を書いた作家志望者が盗作され、盗作者を殺し、その事件を執筆探偵が小説執筆によって推理する物語。

 ここまで決まりました。

 次は、執筆探偵がどんな事件に巻き込まれ、小説の中でどんな小説を書くのか、ということです。

 簡単に思いつきます。

 小説を書いた作家志望者が盗作され、盗作者を殺し、その事件を執筆探偵が小説執筆によって推理する物語を、苦しみながらもモチベーション高く書くベテラン作家志望者を主人公に置いた小説を、天才作家が書いてベストセラーになるという小説を書いた、自らが書いた小説が必ず現実のものになるベストセラー作家を主人公にした、小説を書いた作家志望者が盗作され、盗作者を殺し、その事件を執筆探偵が小説執筆によって推理する物語。

 作家志望者はどんなお話を書いたか?

 自らが書いた小説が必ず現実のものになるベストセラー作家を主人公にした、小説を書いた作家志望者が盗作され、盗作者を殺し、その事件を執筆探偵が小説執筆によって推理する物語を、苦しみながらもモチベーション高く書くベテラン作家志望者を主人公に置いた小説を、天才作家が書いてベストセラーになるという小説を書いた、自らが書いた小説が必ず現実のものになるベストセラー作家を主人公にした、小説を書いた作家志望者が盗作され、盗作者を殺し、その事件を執筆探偵が小説執筆によって推理する物語。

 どんどん行きましょう。

 事件を執筆探偵が小説執筆によって推理する物語を、苦しみながらもモチベーション高く書くベテラン作家志望者を主人公に置いた小説を、天才作家が書いてベストセラーになるという小説を書いた、自らが書いた小説が必ず現実のものになるベストセラー作家を主人公にした、小説を書いた作家志望者が盗作され、盗作者を殺し、その事件を執筆探偵が小説執筆によって推理する物語を、苦しみながらもモチベーション高く書くベテラン作家志望者を主人公に置いた小説を、天才作家が書いてベストセラーになるという小説を書いた、自らが書いた小説が必ず現実のものになるベストセラー作家を主人公にした、小説を書いた作家志望者が盗作され、盗作者を殺し、その事件を執筆探偵が小説執筆によって推理する物語。

 事件を執筆探偵が小説執筆によって推理する物語を、苦しみながらもモチベーション高く書くベテラン作家志望者を主人公に置いた小説を、天才作家が書いてベストセラーになるという小説を書いた、自らが書いた小説が必ず現実のものになるベストセラー作家を主人公にした、小説を書いた作家志望者が盗作され、盗作者を殺し、その事件を執筆探偵が小説執筆によって推理する物語を、苦しみながらもモチベーション高く書くベテラン作家志望者を主人公に置いた小説を、天才作家が書いてベストセラーになるという小説を書いた、自らが書いた小説が必ず現実のものになるベストセラー作家を主人公にした、小説を書いた作家志望者が盗作され、盗作者を殺し、その事件を執筆探偵が小説執筆によって推理する物語を、苦しみながらもモチベーション高く書くベテラン作家志望者を主人公に置いた小説を、天才作家が書いてベストセラーになるという小説を書いた、自らが書いた小説が必ず現実のものになるベストセラー作家を主人公にした、小説を書いた作家志望者が盗作され、盗作者を殺し、その――――――。


 気が付くとわたしは机の上に突っ伏していました。

 そして、パソコンに表示されていた文字列を眺めて、ため息が出ました。

 作中作を考えている間に自分に行き着いてしまい、ループ構造に陥っていたようです。

 こんなものを書いておいて、いったい自分は何をやりたかったのでしょうか。

 なんだか、自分の意志だけで動いていたのではないような、そんなうすら寒さすら覚えます。

 いえ、小説を書きたい、小説家になりたい、あわよくば大賞賞金の1000万円をげっとしたいというのは間違いなく自分の意志です。

 ですが。

 わたしが書き散らしたこの構想のようなものがあり得るとするならば。

 わたしは何者なのでしょうか。

 わたしは本当に自分の意志で小説を書こうとしていたのでしょうか。

 自分の意志などここにあるのでしょうか。

 そもそも意志とはなんなのでしょうか。

 ……残念ながら、わたしはお頭があまりよろしくありません。お頭がよろしければ、小説家にとっくになれていたのでは、と思うこともしきりです。

 そんなわたしが考えたところで、意志などという小難しいものを考えられるわけがありません。

 ……わたしは、小説家になりたいです。

 意志の正体が、源泉が、いったいなんであれ、この意志は偽らざるものです。

 何であれ、書くしかないのです。

 わたしは再び、ループの中に自分の意志を没落させていくのです。

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