28日目『3つのハビタブル惑星』お題:童話の換骨奪胎
『3つのハビタブル惑星』
宇宙の片隅に世にも珍しい恒星系があった。
何が珍しいのかというとこの恒星系、ハビタブルゾーン、つまり炭素生命生存可能圏に惑星が三つもあり、その三つの惑星がそれぞれ別個の生態系を営んでいるのだ。
生命が住まう惑星が一つの恒星系内に三つ、これは宇宙広しといえどもここひとつだけだった。
三つの惑星はそれぞれ黒の惑星、緑の惑星、青の惑星と呼ばれていた。生命が発生したのは黒、緑、青の順番だった。
黒の惑星に住む知的生命体は最も年長な分、科学技術が三つの惑星の中でもっとも進歩していた。この星が黒の惑星と呼ばれるようになったのも、その知的生命体が惑星の表面を機械で埋め尽くしたからに他ならなかった。黒、緑、青の惑星という名前も、この知的生命体が発祥である。
緑の惑星はいわば次男であり、黒の惑星ほど科学は進歩していなかったが、その分精神的な充足を求めるように進化していった。この星が緑の星と呼ばれるのも、豊かな精神を持つ精神的生命体が豊かな自然をはぐくみ、惑星全土を覆ったからである。
青の惑星は三男。まだまだ生命が誕生して日も浅く、惑星全土を覆う海洋に、原始的生命体がところどころ溶け込んでいるだけの状態だった。
黒、緑、青、三つの惑星は互いに影響を及ぼしあうこともほとんどなく、独自の進化を遂げており、これからもそんな日々が続いていくはずだった。
危機が訪れたのは、たまたま三つの惑星が最接近するタイミングでのことだった。
ひとつの大きな隕石が、三つの惑星めがけて飛んできたのだ。隕石はあまりにも巨大で、惑星の近傍をかすめるだけでも大気を吸い上げ、そこに住む生命体を絶滅せしめるのに十分なほどだった。
奇しくも隕石の接近する順番も、黒、緑、青と、生命発生の順番と重なった。
隕石の接近を最初に受け止めることになった黒の星。
そこに住む知的生命体たちは絶滅を避けるために、全生命体一丸となって大気圏外に脱出する計画を立てた。いわばノアの箱舟をさらに大きな規模でやろうというのである。
知的生命体たちの科学力をもってすれば、宇宙船の設計、開発はお手の物だった。建造ドックの準備から脱出のスケジュールまで、委細漏れはないはずだった。
ところがである、この計画には致命的な問題があった。
宇宙船の建造資材をどこから持ってくるのか、である。
惑星に住むすべての生命体を運び出すのだからそんじょそこらの資材では足りるはずがない。
計画担当は、星の名前の由来にもなっている、惑星表面を覆う機械を適宜資材にリサイクルするつもりだった。
ところが、機械の所持者がリサイクル計画に異議を申し立てたのである。無理もない。いくら惑星規模の絶滅を目の前にしているとはいえ、長い年月をかけ苦楽を共にしてきた機械である。食料プラントや娯楽設備まで、種類は幅広く、残してほしいという声が後を絶たなかった。
住民からの猛烈な反対にさらされると、計画の遂行は困難になった。
科学が進んでいるということは、論理的な文脈が何より重視されるということであり、それは法学や人権意識にも相応の存在感を与えている。
絶滅を防ぐための強制的な機械の徴収は、持ち主の人権や法的見地からも決して許されることではなかったのである。
結果として黒の星は、脱出用の宇宙船を一隻も建造することなく、接近した隕石に大気を吸い上げられ、惑星上のすべての生命体が絶滅してしまった。
隕石の接近を二番目に受け止めることになった緑の星。
そこに住む精神的生命体たちは絶滅を避けるために、黒の星での教訓も踏まえつつ、地下深くに建造したシェルター内にすべての生命体を非難させることで、隕石の危機をやり過ごす計画を立てた。いわば、防空壕を惑星規模でやろうというのである。
精神的生命体たちの豊かな精神をもってすれば、どれだけ過酷な環境であろうとも助け合い、励まし合い、常に平和にくらしていけるはずだった。黒の星ほどの科学力ではなかったが、さいわいシェルターの建造は間に合い、全生命体の非難も完了した。
いよいよ隕石が接近し、惑星表面の大気は無残に吸い上げられていく。緑豊かな大地は完全に死が横たわる荒野となってしまったが、それでもシェルター内部は生命体たちが生きていくのに十分な環境を維持し続けた。
このまま耐え続ければ、再び地上に戻ることができるだろう。もう少しの辛抱だ。誰もがそう思ったことだろう。
ところがである、この計画には大きな誤算があった。
突如、隕石が緑の星の衛星軌道に入ってしまったのである。
シェルターを建造した精神的生命体の科学力だったが、隕石が衛星軌道に入ることまでは計算しきれなかった。
結果として緑の星は、隕石が衛星軌道を周回したことによって予想よりもはるかに長い避難生活を強いられた。避難生活とは周囲の環境が最低限生存可能になることを見越して計画されるものである。備蓄食料も無限ではない。最後の最後まで互いを支えあった精神的生命体たちだったが、食料、水、酸素の枯渇にはさすがに耐えられず、惑星上のすべての生命体が絶滅してしまった。
隕石は緑の星の絶滅を見届けるかのように、悠々と衛星軌道を離れ、最後に青の星へと向かっていった。
隕石の接近を最後に受け止めることになった青の星。
そこに住む原始的生命体は、隕石の襲来を感知することもできず、そもそも絶滅といった概念すら持ち合わせていなかった。この危機に対応することなど、まったくもって不可能だった。
隕石は、赤子がストローをなめるがごとく、簡単に青の星の大気を吸い上げてしまった。
青の星の表面環境は激変し、原始的生命体のうち好気性、つまり酸素を取り込んで代謝を行う生命体たちが絶滅していった。
ところが、である。
嫌気性、つまり酸素以外の物質で代謝を行う生命体たちが生き残った。
隕石はすこし驚きつつも、思った以上の手ごたえだと気をよくし、青の星の衛星軌道に入った。
すると今度は、原始的生命体たちが溶け込んでいた海が、少しずつ吸い上げられていくではないか。大気圏外に放出された海水はまたたくまに凍り付き、その中ではさすがに嫌気性の生命体たちも生きていくことはできなかった。
ところが、である。
水がなくなって岩盤があらわになり赤茶色になった元青の星の岩盤内にも、わずかながら嫌気性の生命体たちが生き残っていたのである。
いよいよ業を煮やした隕石は、自ら元青の星の地表めがけて真っ逆さま。
隕石は粉々になり、真っ赤な熱を放出し、元青の星まで溶かしていく。大量の粉塵を巻き上げ、ドロドロに溶けた岩盤が津波のように惑星を覆っていく。
青の星は、すっかり真っ赤な星へと姿を変えてしまった。
さすがに岩盤内の生命体たちも絶滅しただろう、と粉々ドロドロになった隕石は静かに息を引き取った。
ところが、である。
宇宙に巻き上げられた粉塵の中に、まだ生命体は残っていたのである。原始的な生命体が持つシンプルな構造ゆえの可変性、そして粉塵のなかという比較的安定した環境が、生命体を生き永らえさせたのだ。
隕石衝突の被害が収まり、冷え固まっていく元青の星に、巻き上げられた粉塵が降り注いでいく。閉じ込められた原始的生命体たちも帰還していく。
元青の星は、真っ赤な星から赤茶けた岩盤の星にまで姿を回復させ、再び岩盤内の原始的な生命体が反映し始めた。
さらに星全体が冷えていくと、今度は巻き上げられ氷になっていた水が雨となって降り注ぐ。
海洋が復活し、新青の星に、水に溶けた嫌気性生命体が戻ってくる。
さらにしばらくすると、嫌気性生命体の中に酸素を放出するものが現れ、その酸素を求めて好気性生命体に進化するものまで現れ始めた。好気性生命体はさらに進化を続け、やがては知的生命体か、精神的生命体へと姿を発展させていくだろう。
隕石によるダメージを受けた三つの星だったが、結局のところ生命体たちが元通りによみがえったのは、生命が誕生して最も日の浅い青の星だけだった。
この寓話は、スクラップアンドビルドやトライアンドエラーをするなら何事も若いうちがいい、という教訓として、宇宙のどこかで言い伝えられているとか、いないとか。
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