27日目『飛脚のいた星』お題:手紙
『飛脚のいた星』
旅人の目的地はない。ただただ愛用の宇宙船に乗って宇宙をあっちからこっちへ、そっちからどっちへ、あてもなくさまようだけだった。時折めぼしい星に降りては物資を調達し、またある時には様々な生命体だったり生命体のようなものだったりと出会うことが旅人の楽しみだった。
そんなある日、旅人を異変が襲った。
宇宙船の計器異常、操舵不能、そして激しいめまいと頭痛。暴れまわる宇宙船のなかで、旅人は死を覚悟しながら気を失った。
「あの、大丈夫ですか。もしもし、大丈夫ですか」
旅人が次に聞いたのは、合成音声だった。
明らかに機械とわかる声だったが、ちょうどいい音量で抑揚もあり、聞いていて心地がいい。よほど高度な文明が産み落としたロボットらしかった。
「大丈夫ですか、もしもし」
「え、ええ大丈夫です。ここは……?」
目を覚ますと目の前には予想通り、ぴかぴかに磨き上げられたロボット。その形状は人間に近かった。
「よかった。わたしは飛脚ロボット。仕事帰りにたまたま難破していた宇宙船を見かけたのでここまで引っ張ってきました」
「それはそれは助かった。あなたは命の恩人だ」
「いえいえ。救助活動もわたしの仕事に含まれているので。この基地はあなたがたのような遭難者をかくまう宿にもなります。体が本調子になるまではしばらくここにいらっしゃったほうがよいでしょう」
「何から何まで。本当に感謝します」
旅人は部屋の中を見まわした。
人間のためにしつらえられたようなベッド。使用感はなく新品同様の寝心地だった。家具は最低限のタンスとテーブルのみ。窓はなく、天井のライトだけが煌々と照っている。部屋の多くのスペースを占めているのは医療機械だった。大きなモニターに様々なメモリと大量の配線、チューブ。飛脚ロボットの言うことは正しいのだろう。
「それにしても」
ロボットは旅人に料理を運んでくるなり言った。
「あなたのように命あるものとお会いしたのは非常に久しぶりなもので。ざっと一万年ぶりぐらいですか」
「一万年も?」
旅人は料理を口に運ぶ。温かいスープ。人口肉と合成セルロースの味がしたが、悪くない。
「ですので、次の仕事に出るまではわたしの気晴らしに付き合っていただけないでしょうか」
「もちろんですとも。わたしでよければ。助けていただいたお礼になるかどうかはわかりませんが」
「ありがたい。こう言っては何ですが、わたしのような機械にも孤独と呼べる感情はあるみたいですね」
「それはあなたが飛脚だからでしょうね」
「というと?」
「飛脚は人と人の間のメッセージを取り持つ役割を担います。人に対する愛情がなければできませんよ」
「なるほど」
それからふたりはすっかり意気投合し、会話が途切れることはなかった。
まずは旅人の現状認識から始まった。
ここは、宇宙の片隅に浮かぶ赤い恒星の第三惑星。数万年前に高度な知的生命体が誕生し、宇宙に向けて着々と版図を広げつつあった。
そうこうするうちに隣の青い恒星の第八惑星にたどり着き、そこが知的生命体にとって初の系外植民星となった。
赤い恒星と青い恒星の間には強力な磁力帯が存在していた。磁力帯に入ってしまうと生半可な防御では簡単に機械が停止してしまう。知的生命体は様々知恵を絞りコストを捻出して磁力帯を突破した。赤い恒星と青い恒星は互いの距離が非常に近いのもあり、別の遠くの恒星に行くくらいなら磁力帯を突破したほうが簡単だろうというのが当時の判断だった。
青い恒星を開拓するのは間違った判断ではなかったが、人の行き来が活発になってくると、往来のために磁力帯を突破するコストはばかにならなかった。人の行き来を最小限にとどめつつ、連絡手段を確保するのが急務となった。だが一般的な電波通信では、磁力帯によって電波がボロボロにされてしまう。
そこで開発されたのが飛脚ロボットだった。
電波通信では磁力帯を超えることができない。
ならばと、古来より伝わる物質的な連絡手段、手紙を採用した。
飛脚ロボットは赤い恒星の第三惑星と青い恒星の第八惑星の軌道エレベーター上に基地を持ち、週に一度自転の方向があったときに基地を出発する。その際に手紙を持っていくのだ。
飛脚ロボットは特注品で、磁力帯にも何万年もの稼働にも負けない頑丈な体、万が一の危機回避や救護活動をも円滑にこなす高度なAIを兼ね備えた。また職務に対する使命感も並々ならぬものがあり、仕事の遅延は一度もなく、手紙を盗み読んだことも一度もなく、ここ一万年は主人たる知的生命体からの業務改善命令どころか注意や要望も一度もないという完ぺきな仕事ぶりを発揮していた。
彼の完ぺきな仕事を支えるものは何といってもこの基地だった。基地には軌道エレベーターからその都度必要なものが送られてくる。旅人のような遭難者を世話することもできるし、飛脚ロボットが自分で自分の体を修理することもできる。そうやって日々自らの体を完ぺきに保っているからこその仕事ぶりだった。
旅人の乗る宇宙船が難破していたのはそんなある日だった。
「なるほど。つまりわたしの宇宙船はその電波帯に引っかかってしまったんですね」
「はい。あの電波帯はよほどの装備を持っていないと突破することができません。それに活動も不規則ですから観測も困難です」
「運が悪かったと思うしかありませんね。いえ、飛脚ロボットのあなたと会えたことは幸運でした」
「そう言っていただけると。お体と宇宙船が完全によくなるまではここにいらっしゃってください。物資もご自由に使っていただいて構いませんから」
旅人はこの基地の居心地があまりによくて、すっかり飛脚ロボットの言葉に甘えてしまった。
一週間ほど、旅人は飛脚ロボットと寝食を共にした。
そろそろ配達の時間である。
旅人は手紙が入っているというチタンケースを抱えた飛脚ロボットを見送り、久しぶりにひとりぼっちになってしまった。旅人として宇宙船に乗ることは常に孤独との戦いであり、孤独に離れ切っているつもりだったが、たった一週間、飛脚ロボットと過ごしただけで、すっかり孤独がこたえるようになっていた。
これでは旅人の名がすたるな、と自らに向かってほくそ笑んだ。
旅人は決心する。
飛脚ロボットが次に帰ってくるのは一週間後だ。
それまでに体調を整え、宇宙船も修理し、この基地を出よう。
飛脚ロボットは名残惜しいが、それが旅人の定めなのだ。
かくして旅人は予定通り、一週間で出立の準備を整えた。
あとは飛脚ロボットを迎え入れて別れを伝えるだけである。
ところが。
「どうしたんだ、飛脚ロボット。体がボロボロじゃないか」
あれだけぴかぴかだった飛脚ロボットは、全身に傷を作って帰ってきた。手紙を入れるためのチタンケースにも大穴があき、すっかり空っぽの中身が見えてしまっている。
「久しぶりに失敗してしまいました。系外宇宙からの移動小惑星帯とぶつかってしまいました。致命傷はなんとか避けられましたが、小石にあたってこのざまです」
「それは運が悪かったな」
「いえ。長年飛脚をしていればこういうこともあります。幸いこの基地には設備もありますし物資も豊富ですからね。修理すればどうってことはありません」
「よかった。じゃあわたしも修理を手伝おう」
旅人は、飛脚ロボットが帰ってきたらすぐにでも出立を告げる予定だったが、さすがにこの痛々しい姿を目の当たりにしては別れを切り出すどころではなかった。せめて、修理が終わるまでは付き合おう。それが助けてもらった恩返しである。
「助かります。修理設備はこの下にあります。そちらに行って、設備の電源をオンにしておいてください」
「わかった。君は?」
「このケースに入っている手紙をエレベーターに届けてから向かいます。このケースも直さないといけないですね」
「え。ちょっと待ってくれ。そのケースは――」
「ではよろしくお願いします」
旅人が呼び止めるのも聞かずに、飛脚ロボットは軌道エレベーターに向かった。手紙を届けるために。
だが。
旅人は見ていた。
あのケースの中身。小惑星の直撃を受けて大穴が空いたケースの中身は明らかにカラだった。
ここ一万年、主人から注意を受けていないという優秀な飛脚ロボットが、カラのケースを持っていこうとしているのである。難破船を助けてくれるほどの能力を有したロボットが、そんな単純なミスをするだろうか。中身が宇宙に散らばったとも考えにくい。それだったら拾いなおして手に持っているはずである。
旅人は気になった。
飛脚ロボットが運んでいるのは一体何なのだろうか。
疑問を解消する勇気も持てず、旅人は飛脚ロボットの修理を手伝った。飛脚ロボットの手際が非常によく、ほとんど手伝うことはなかった。
そうして一週間後、ぴかぴかになった飛脚ロボットはすっかり元通りになったチタンケースを抱えて出発しようとしていた。
旅人もまた、宇宙船に乗って旅路に戻ろうとしていた。
「それでは旅人さん、お気をつけて」
「飛脚ロボットも、息災で」
ふたりは互いに別れを告げた。行く先は反対方向だった。
飛脚ロボットは青い恒星に向けて。
旅人は、飛脚ロボットの主人がいるはずの赤い恒星の第三惑星に向けて。
なんとなく、旅人は察していた。それを確かめるためだった。
宇宙船を慎重に操りながら、軌道エレベーターに沿って降下していく。成層圏を抜け、対流圏へ。気温、気圧、大気組成共にバビタブルゾーンの要件は満たしていた。
旅人が見たのは、真黒な大地だった。
大量の機械、機械、機械。
どれが何の役割を果たしているのか見た目からは判断できないが、稼働していることだけはわかる。いたるところで光が点滅し、黒い立方体があちらからこちらへとせわしなく動いていた。
だが、人影が全く見えなかった。
宇宙船の観測装置を地上に向けてみる。
あらゆる熱源が規則正しく動いていた。
不規則に動くものなど何一つとして存在していなかった。
つまり、この星に生命はいない。
飛脚ロボットを生んだはずの知的生命体はどこにもいない。
どこにいってしまったのだろうか、どうしていなくなってしまったのだろうか、その原因を探れるほどの学は旅人にはなかったが、そんな旅人にもわかることがひとつだけある。
ここにいた生命体は、地上の機械と軌道上の飛脚ロボットに、その任を解く命令を下す暇もなく消え去ってしまった。
これからも飛脚ロボットは延々と、カラの手紙ケースを運ぶのだろう。
その体が消滅するまで。
もしかしたら、宇宙が熱的死を迎えるその日まで。
いずれ旅人も死んでしまう。その時になってもまだ飛脚は仕事をしているだろう。
この星には飛脚がいる、という事実は、いずれ過去のものとなってしまうだろう。
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