25日目『宇宙最強』お題:反転

『宇宙最強』



 それは単なる偶然か、それとも強固な運命か。

 宇宙のど真ん中で三人の、いや、一人と一機と一頭の絶対に出会ってはいけない者たちが出会ってしまった。

 一人は宇宙最強の人間の勇者である。あらゆる装備を使いこなし、あらゆる武術を体得し、倒した魔王と救った世界は数知れず。

 一機は宇宙最強のロボット軍師である。あらゆる兵器を揃え、あらゆる戦術を熟知し、打ち破った国家と獲得した勲章は数知れず。

 一等は宇宙最強のドラゴン神である。あらゆる魔法を覚え、あらゆる知識を備え、食い殺した冒険者と生み出した宇宙は数知れず。

 そんな一人と一機と一頭が出会ってしまったのだから、彼らが考えることはたったひとつだった。

 このなかで一番強いのは誰なのか。

 三者は一様に、自らの最強を信じて疑わなかった。一方で、自らの最強を誇示する機会に飢えていた。もはや彼らに戦いを挑む者は誰もおらず、久しく戦いから離れていたのだ。

 もはや自らの強さを証明するには、自らの最強に比肩しうる存在と戦うほかない。

 そんな欲望を抱いたものたちだ。出会った瞬間、互いの力比べに発展するのは当然の成り行きだった。

「やあやあ我こそは最強の勇者なり。我が最強の剣技、とくと見るがよい!」

 一番槍は人間の勇者だった。彼は最強の剣であるエクスカリバーを空に向かって一振り。するとブラックホールが現れ、別次元の宇宙が一つ消滅してしまった。

「その程度で勝ち誇ってもらわれては困ります。我が最強の兵士たちよ、全砲門開け!」

 次はロボット軍師だった。彼の一言に合わせて宇宙最強の師団は空に向かって一斉攻撃。するとホワイトホールが現れ、別次元の宇宙が一つ誕生してしまった。

「ふん。児戯にも等しいわ。我が最強の魔法を久しぶりに使ってやるか」

 次はドラゴン神だった。彼がその巨大な口を開くと真っ白な光が空に向かって一閃。するとタイムホールが現れ、別次元の宇宙が誕生し消滅する前の状態に戻ってしまった。

 それぞれが最強のパフォーマンスを見せたものの、結果は互角といってよかった。いずれの技も宇宙最強と呼ぶにふさわしく、甲乙つけられるものがいなかったのである。

 単なる技の見せあいでは最強は決まらない。そうなると、やることはただひとつである。

「ふむ。こうなったらやるしかないようだな」

「ふむ。こうなったらやるしかないようですね」

「ふむ。こうなったらやるしかねぇんだな」

 三者は互いににらみ合い、まさに一触即発。勇者は剣先を閃かせ、軍師は照準を合わせ、ドラゴンは口に火を宿す。

「「「勝った者が最強だ!!!」」」

 と、その時。

 三者の真ん中に小さな女の子が迷い込んできた。まだ足元もおぼつかない。勇者が叫び、軍師が軍を動かし、ドラゴンが鼻息を吹いただけでどこかに飛んで行ってしまいそうなほど小さな女の子だった。

 女の子は三者を順番に見まわしてにっこりと笑う。

「楽しそう! わたしも最強になりたい! 混ぜて混ぜて!」

 三者は闖入者にすっかり困ってしまった。それぞれの力からすれば女の子の存在など無に等しい。戦いに影響を及ぼすことはまずもってあり得ない。とはいえ、小さな女の子を無残に殺してしまうのは気が引ける。無邪気なお願いを無下にするのもはばかられる。

 勇者は装備の特殊能力で、軍師は電子通信で、ドラゴンは魔法で、だれにも聞かれないよう素早く意見を交わした。

「どうする」

「問題はないでしょう」

「そのうち飽きて帰るだろう」

 結論は、とりあえず女の子を戦いに混ぜておいて、彼女が飽きて帰ってからが本番、そういうことになった。

「いいよ、お嬢ちゃん。いっしょに遊ぼうか」

「戦車に乗りますか? わくわくしますよ」

「魔法を見せてやろう。楽しいぞ」

「わーい、ありがとう!」

 最強は何も力だけではない。精神も兼ね備えてこそはじめて最強になれるのである。

 こうして、一人と一機と一頭と一人による最強を決める戦いが始まった。

「これはこれは面白そうなことをしておるのう。わしでよければ戦いの未届け人を務めさせていただくがよろしいかね」

 たまたま通りがかった賢者だった。

 三者はこれはありがたい、と快く了承した。女の子は持っていたキャンディーを舐めるのに夢中だった。

「よろしい。ではルールは、四者のなかでこの戦いを終わらせたものを勝者とし、宇宙最強の称号を与える。よいな」

 うなずく三者と舐めるひとり。

 賢者は杖を掲げ、まばゆい光が四者を包んだ。

「これでお主らに制定の魔法がかかった。あとは好きにするがよい。はじめ!」

 そうして、宇宙最強を決める戦いが始まった。

 始まりは静かなものだった。

 示し合わせた通り、最強を求める三者にとって、女の子がいなくなってからが本番だった。

 それまでは互いの敵情視察、戦力を見極め、勝つための方策を練る時間となった。

 勇者は考える。

「我が剣技をもってすればドラゴンなど一太刀のうちに切り伏せることができる。ロボット軍師の兵団も一太刀のうちに切り伏せることができる。だが相手の力量を見るに、ドラゴンと兵団を同時に切り伏せることは不可能。我が片方に攻撃を仕掛ければ、そのすきをついてもう片方が攻めてくる。しばらくは様子見か」

 軍師は考える。

「私の兵力をもってすれば勇者など一度の斉射で滅ぼせましょう。ドラゴンも一度の斉射で滅ぼせましょう。ですが相手の力量を見るに、勇者とドラゴンを同時に滅ぼすことは不可能。私が片方に攻撃を仕掛ければ、そのすきをついてもう片方が攻めてくる。しばらくは様子見ですね」

 ドラゴンは考える。

「俺の魔力をもってすれば勇者など一瞬で消え去る。ロボット軍師の兵団も一瞬で消え去る。だが相手の力量を見るに、勇者と兵団を同時に消え去ることは不可能。俺が片方に攻撃を仕掛ければ、そのすきをついてもう片方が攻めてくる。しばらくは様子見だな」

 女の子は何も考えていない。

 そうした三竦みプラス女の子という状況のせいで、戦いの火ぶたはいつまでたっても切られなかった。

 じりじりとしたにらみ合いが数分続き、数時間続き、数日、数週間、数か月、数年……。

 三者の誤算はいくつかあった。

 自らの最強と比肩しうる最強を相手に戦いを挑むことは常に考えていた。ところが最強が三者も同時に集まることなど考えていなかった。恐ろしく均衡のとれた三竦みをどうやって打破するのか、作戦などたてられるはずもなかった。

 そしてもうひとつ。すぐに飽きて帰るだろうと思われた女の子は、まったく飽きる様子がなかった。賢者の魔法の効力もあって、彼女が負けを認めるなり戦いを放棄するなりすればすぐにでも三者の戦いになるのだが、そんな気配などみじんも見せない。

 そうこうするうちに女の子は小学校に入り、勇者と軍師とドラゴンは卒業式で涙し、中学校に入り、勇者と軍師とドラゴンは部活の大会で声を枯らし、高校で初めての恋人ができたときは、勇者と軍師とドラゴンは相手の少年を品定めし、大学でまたいくつかの恋愛と悲しい現実を味わったときなどは、勇者と軍師とドラゴンは相手のクズ男に生まれたことを後悔させ、就職活動で躓いたときは、勇者と軍師とドラゴンは彼女を就職させるための企業を新しく設立し、結婚の報告を受けたときは、勇者と軍師とドラゴンは新郎と三日三晩飲み明かして相手を認めるに至り、子供が生まれたときは、勇者と軍師とドラゴンは全財産を投じて出産祝いを用意し、子供が独り立ちした時には、勇者と軍師とドラゴンは温かく見送り、旦那に先立たれた時は、勇者と軍師とドラゴンはともに涙し、寿命が近づいた時には、勇者と軍師とドラゴンはじっと枕もとで看病をした。

 老婆となった女の子は、勇者と軍師とドラゴンに静かに語りだした。

「あなたたち、今までありがとう。あなたたちのおかげで幸せな人生が歩めました」

 自らの死期を悟ったのだろう。勇者と軍師とドラゴンはそれはもう涙をこらえるのに必死だった。

「覚えていらっしゃる? わたしたちが初めて会ったときは、最強を決めるだなんていって戦いを始めようとしていましたね。でも結局あなたたちが強すぎたおかげで戦いは始まらず、何もしないまま今に至りました」

 勇者と軍師とドラゴンは、自分たちの当初の目的を思い出した。

 たしかに最強を決めるために自分たちはここにいたはずだ。

 だが、女の子の成長を見守っている間に、そんなことはすっかりどうでもよくなっていた。

「いい加減、戦いはやめたらどう? みんなで仲良く暮らしてください。それがわたしの願いです」

 勇者と軍師とドラゴンは、老婆となった女の子の最後の願いを聞き入れることにしました。

 宇宙最強の称号に何の意味もない。それは、彼女との幸せな生活ですっかり身に染みたことだ。

 彼女の意思を尊重して、これからは戦いをやめ、世界のために生きていこう。

 勇者と軍師とドラゴンは、もう戦いをやめるよ、と老婆に告げました。

「よかった。皆さんが傷つくのなんて嫌だから。もう、思い残すことはありません」

 老婆は静かに息を吐いた。

 そのときだった。

 まばゆい光が老婆を包み込んだ。

 魂が天に召される瞬間だった。

 と、思ったのもつかの間。

 光の中から賢者が現れて一言。

「人間の勇者、ロボット軍師、ドラゴン神、三者の対戦放棄とみなし、勝者、女の子! これをもって女の子に宇宙最強の称号を与える」

 賢者はまばゆい粒子になって空中に溶けていく。

 光は老婆の体に吸い込まれていく。

 すると、老婆の体にみるみる生気がみなぎってきて、白かった頬には血色がみなぎり、細かった手足には筋肉が宿り、くぼんでいた眼にはふくらみが戻ってきた。

「あら、あらあら、どうしたことでしょう、わたしったら」

 老婆になった女の子は誰の介護もなく自らベッドから体を起こした。

「わたしが宇宙最強になったから、死神すら恐れおののいたのかしら」

 こうして不老不死を得てしまった宇宙最強の老婆になった女の子は、それからも勇者と軍師とドラゴンと幸せに暮らした。

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