24日目『未知への船出』お題:恋愛
『未知への船出』
『ご来場の皆様。新人外宇宙クルー公開式にお集まりいただき誠にありがとうございます』
数万人が収容できるホールにアナウンスが響き、万雷の拍手と歓声が沸き起こった。
新人外宇宙クルーのお披露目は、今や全人類をあげての催し物になっていた。
外宇宙クルー。つまり、亜光速船に乗って未知の太陽系外縁を開拓、様々な物資を運んでくる者たちの総称である。亜光速技術の大衆化によりコストが抑えられ、宇宙空間における採掘活動が現実的なものとなった現代、物資不足にあえぐ地球にとって彼ら彼女らは人類の希望の星であった。
当然、だれでも簡単に外宇宙クルーになれるわけではない。地球から何百億キロも離れた場所で活動する以上、頭脳、体力、精神、あらゆる面で選び抜かれたものでなければこの職務を遂行することはできない。エリート中のエリートが人類のために危険な任務に挑戦する。憧れであったり、あるいは憧れと真逆の悪趣味が存在することも、外宇宙クルーが人類の注目を集める理由だった。
この公開式でお披露目される新人クルーの人数は、年に数人程度である。そのわずかな人数に人類が支えられていることもまた真実だった。ゆえにクルーは引退後に受け取る年金もとてつもない額であり、外宇宙クルーを目指す若者は後を絶たなかった。
新人クルー公開式の警備バイトをしているコウスケも、ほんの数年前までは外宇宙クルーを目指していた。
「いやー、わくわくしますね。今年の新人はどんな人ですかね」
ともに警備にあたっているバイトの後輩が、嬉しそうにコウスケに話しかけてくる。
コウスケは冷めた目で返した。
「さあな。誰だろうと俺らにゃ関係ねーよ。ま、せいぜいお星のために頑張ってくださいよ」
「またまたそんな。……って先輩、酒臭いですよ? 大丈夫なんですか?」
「大丈夫もなにもねぇだろ。誰もこんなところで事件を起こそうなんて思わんよ。事件を起こすくらい大それた奴ならどっちみち俺らじゃ太刀打ちできん」
「ばれたら上から怒られるんですからね」
「知らん」
そういってコウスケは大きなあくびをかました。幸い二人は、警備室で画面とにらめっこしながらの職務である。人目を気にする必要性は薄かった。
その時だった。
「……あ! 先輩!」
後輩が大声をあげた。
「なんだよ、いきなり」
「思い出したんですよ、コウスケ・クロキって。六年前に高校総体で十種競技のチャンピオンだった人じゃないですか」
「お前、よくそんなの知ってたな……」
コウスケは驚くとともに、非常に気まずい思いをした。隠しているわけではなかったが、昔の栄光をほじくり返されると、今のフリーター生活に後ろ指をさされているようで居心地が悪かった。
あらゆる身体能力を要求される十種競技は、いまや外宇宙クルーに必要な体力を鍛えるために最もよいスポーツ競技として競技人口を増やしていた。高校生時代のコウスケもそのひとりだった。そして、二年生にして当時の記録を塗り替えた。体力、身体能力、運動神経には並々ならぬ自信があったことは事実だ。それらを武器にクルーを目指していたことも事実だった。
「いやいや、僕だっていっときはクルー目指して十種競技頑張ってたんですからね。まぁ僕は地上で機械いじってるほうが性に合ってるのでやめちゃいましたけど。そんな僕にとってもコウスケ・クロキの名前が耳に入ってくるくらい、先輩は有名人だったんですから」
「高校生なんかより、一線で活躍してる人間の名前を一つでも覚えとけよ」
コウスケはぶっきらぼうに返した。心臓のあたりがちくちくとする。
「まぁそれはそうなんですけど。でも、そんな先輩が、どうしていま警備バイトなんですか? 僕は、大学の暇な時間にちょっとでもこの業界に近づこうと思ってやってるわけですけど」
「……さあな」
「先輩くらいスポーツができたら、外宇宙クルーだって不可能じゃないと思うんですけど」
「人にはいろいろあんだよ」
確かに。
歴代の外宇宙クルーの競技記録と比べてみても、コウスケの十種競技のスコアは引けを取らない。むしろ勝っている。それも高校二年生の時点で。周囲が彼に向ける期待も大きかったし、彼の自信も強かった。
それが今ではお披露目式の警備バイトだ。
後輩はちゃんと、自らのやるべきことをやりつつ、空いた時間で外宇宙クルーとの接点を作ろうとしている。それは正しい考え方だろう。モチベーションも上がるし、予想外の縁に恵まれることだってあるかもしれない。
だがコウスケは、ただのフリーターでしかなかった。恵まれた身体能力をドブに捨てながら、何もしていない。そのうえバイトに選んだのはお披露目式の警備。クルーを目指していたころの夢を引きずっているのは明らかだった。
正直言って、みじめである。勝手な理由で夢をあきらめておきながら、いまだにその夢に執着を抱いたままなのだから。
きっとまだ、あきらめきれていない部分があるのだろう。
「いろいろですか。ちょっと気になりますけど、聞いたら怒りますよね」
「当たり前だ。仕事しろ、仕事」
「はいはい」
コウスケにとって、夢をあきらめた理由は人生における彼の恥部であった。
何を隠そう、色恋沙汰から来るものだったからだ。
コウスケには幼馴染がいた。近所に住んでいたスバル・ソラという女性だ。
コウスケとスバルは波長が合って、小さいころから町内を探検したり、秘密基地を作ったり、そうやってやんちゃに暮らしていった。知らないものを開拓することは楽しかった。探検の規模をもっと広げたい、そう思うのは自然の成り行きだった。
ふたりがともに外宇宙クルーを目指すのも、そう遅いことではなかった。
年齢を重ねるにつれて、コウスケは運動が得意で、スバルは勉強が得意、それぞれの特徴がはっきりしてきた。ふたりでお互いの欠点を補いあって、長所を伸ばしあって、絶対に二人で一緒に外宇宙へ行こう、そう約束したことも数え切れなかった。
同時に、コウスケは男性的な体に、スバルも女性的な体になっていった。
図書館で勉強をしているとき、ジムで体を鍛えているとき、ふとした瞬間に、コウスケはスバルを女性として見るようになってしまった。
ともに夢を追いかけている相手に恋心を抱き始めている自分に、コウスケは最初戸惑っていた。軽薄だとも、不潔だとも思っていた。だが意識すればするほど、コウスケはスバルに惹かれていってしまった。思いをスバルに隠すべきなのか、折を見て告白するべきなのか、その判断もできなかった。判断を保留にして、ひとまずはクルーになるための鍛錬に励んだ。
ふたりは高校二年生になる。コウスケは十種競技の記録を塗り替え、その喜びと昂った情動で口を滑らせてしまった。
スバル、好きだ。
そう言ってしまったのだ。
いった瞬間、コウスケ自身、頭が真っ白になっていた。スバルの顔も見れなかった。
そしてスバルは「ごめん。いまはまだそういうの、わからない」と返した。
それからふたりの関係は妙にぎくしゃくしてしまって、毎日のようにふたりで行動していたのがぱったりとなくなってしまった。コウスケは勉強にも運動にも身が入らなくなって、すべてを壊してしまったのかもしれない、と自らの失敗を嘆きに嘆いた。
ほどなくしてスバルが親の都合で引っ越すこととなり、ふたりは離れ離れになった。見送りはしなかった。できなかったが、コウスケは心のなかで安心していた。
コウスケは十種競技をやめ、外宇宙クルーになる夢も自然消滅し、大学に行くこともしなかった。
風の噂でスバルがいい大学に行ったらしい、と聞いたときは、肩の荷が下りた気分だった。
くしくも今日は、コウスケが失敗を犯してからちょうど六年だった。
『それでは間もなく、本年度の新人クルーをご紹介したいと思います――』
「先輩、始まりますよ」
「いいよいいよそんなの」
コウスケはカップ酒をちびちびと傾けながら、シートにのけぞった。こうやって何もせずにだらだらと過ごしているのがたまらなく楽だった。
「はー、レスリングの学生チャンピオンに、数学オリンピックに……やっぱすごい人ばっかりですね」
「そりゃそうだろうな」
六年前。
もし口を滑らせていなかったら、自分もあの連中と同じ場所に並んでいたんだろうか。そんな妄想をしたことは一度や二度ではないが、いつしか頻度も減っていた。タラレバはむなしくなるだけだ。
『次が最後の一名となります。彼女は本年度の筆記試験において最も優秀な成績を収めました』
「女性みたいですよ、先輩」
「はいはい」
クルーを目指していたときは性別で何かを区切られるのはどうも虫が好かなかったが、それでも、人気者の外宇宙クルーに美人が入ってくると注目される。場合によってはグラビアまがいのことをすることもある。せっかくクルーにまでなったんだから、おとなしく仕事だけやれたらいいのにな、と心のどこかで新人クルーをねぎらった。
そんなコウスケは、椅子ごとひっくり返って顔に酒を浴びた。
『ご紹介します。スバル・ソラ!』
幼馴染の名前を聞いたからだ。
「ど、どうしたんですか先輩」
「い、いや、いま、スバル・ソラって言ったか?」
「ええ、そう聞こえましたけど」
『スバル・ソラ、真中へ』
「ほら、言ってますよ」
「マジだ……」
コウスケは酒臭さを振りまきながら画面にかじりつく。
六年ぶりに見る姿はすっかり大人びていたが、間違いなかった。幼馴染のスバル・ソラがそこにいた。
「いや、ほんと、どうしたんですか先輩」
コウスケは、後輩に答えなかった。
心の中で何かが燃え上がった。もしかしたらそれは、幼馴染がより女性らしくなって美しくなったがゆえのものだったのかもしれないが、青春の一部を共有していた相手が、いま憧れの場所にいたことは間違いなかった。
スバル・ソラがあそこにいるのなら、もしかしたら、俺も……?
彼女がこの六年間もずっと努力を怠っていなかっただろうことは、立ち振る舞いを見ていればわかる。自信がみなぎり、輝いてすらいる。
六年間のブランクがある自分がそんなことを思うのは彼女への冒涜だ。論外だった。
でも。
だけど。
あそこに、幼馴染がいた。
恋心を抱いた相手がいた。
無性に会いたくなった。
幼馴染だから、連絡を取ろうと思えばとれるだろう。聞いたよ、クルー就任おめでとう、そういえばいいだけだ。
だが、それはプライドが許さなかった。
昇りつめてやる。
自分の力であの場所に上り詰める。
自分の力だけで、彼女に再び会いに行く。
コウスケは立ち上がった。
「先輩?」
「あとは任せたぞ」
「え、ちょ、ちょっと待ってくださいよ、先輩?」
コウスケは持ち場を後にした。
時間がもったいなかった。
何が今はまだわからない、だ。
そういうわからないものを確かめに行くのがクルーの仕事だろ。
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