17日目『目指せ一攫千金』お題:瓢箪から駒
『目指せ一攫千金』
敷布団にうごめいていたノミを燭台に投げ入れながら、リアが言った。
「テト、お腹すいた」
「ほいよ」
テトは鉈を研ぐ手をいったんとめて、リアに肉の塊を投げた。焼き色は均一で、中身は程よくレアだった。
「何の肉、これ」
「昼間のシカだよ。残りは肉屋に売っといた」
「おお」
ただリアは、もう少し焼けた肉が好きなので、ナイフで削ぎながら蝋燭で炙りなおしたものを口に運んだ。
「で、いくらになったの?」
「百ゴールド」
「ほおん……」
もっちゃもっちゃと咀嚼しながらテトに詰め寄る。
「で、その百ゴールドがあったのにどうしてわたしたちはこんなボロ宿でこんな粗末な食事をしてるわけ?」
怒りはわいてくるが、諦めのほうが強かった。返答が何となく予想できた。
「いやあ、ちょうどいい情報屋がいてさ。これは間違いなし、ってのを仕入れてきたんだよ。今度こそ間違いなく伝説の埋蔵金だぞ!」
「百ゴールドで?」
「百ゴールドで」
「誰から聞いたの」
「隣の飯屋の主人」
大きく息を吐いて、ベッドに寝転ぶ。固い。ベッドというより、木の箱に布を張っているだけだった。
「そんなのがあてになるわけないでしょ。料理人がどうして埋蔵金のありかなんて知ってるのよ」
「いやいやわからんぞ。夢破れた料理人かもしれない。若き日の夢をこの天才美少女トレジャーハンターテト様に託したんだ」
「んなわけあるか! もー、その百ゴールドがあったら装備の整備もできたしちゃんとした情報もゲットできたわよ」
虚しさに任せてレアのシカ肉を一気に頬張る。血の気が多くて、皮肉なことに体力だけはもりもりと湧いてきた。
「いやいや。明日の埋蔵金発掘によりわたしもリアも何だって買えるようになるのだよ。この前見つけた前王朝のネックレスや古代の時計なんかと比べ物にならないくらいの大金が入ってくるんだからね」
「あー、その時のお金で引退してやりたいことやっとくんだった……」
「何がやりたいの?」
「お店」
ついでにテトも無理やり引退させて、一緒にやっていく。それが出来たらよかったのになぁ、と思っても遅かった。
「そんな退屈なことやっててもお金なんてたまらないたまらない。夢はでっかく埋蔵金で一攫千金だ!」
「その一攫した千金で、テトは何がやりたいの」
「うーん、宝探し? やっぱ冒険とワクワクと大発見には代えられないよ」
リアはまたため息をついた。
テトは行動力の塊だ。つまりそれしかない。後先をほとんど考えないし自分の欲望にはまっすぐだし、とにかく勢いを重視する。店を持ちたい、と思っているリアとは正反対だった。もちろん、そんなテトの性格が功を奏したことも一度や二度ではなかったが、そのたびにリアは冷や冷やさせられっぱなしだった。わざわざ彼女の宝探しに付き合っている理由でもある。
「っていうか、リアが店を持ちたいって初めて聞いたな。長いこと一緒なのに」
「言ってどうするのよ」
「それもそうか」
テトを驚かせたいのもあったが、いい加減このままでは生活が破綻すると判断しての告白だった。テトの冒険心がころっと方向を変えて店舗経営に向かってくれればいいのに、とも思ったが、その望みはあっけなく断たれたらしい。
「さて、そろそろ寝るぞ。明日も早いからな」
テトがベッドに入り蝋燭を消す。
「おやすみ、リア」
「おやすみ、テト」
真っ暗闇になって考える。
お金はない。宝探しで運よく結果を出し続けてはきたが、それだって分の悪い賭けを繰り返しているようなものだ。いずれは破綻してしまう。
果たして彼女との宝探しがいつまでできるのか。
テトの寝息を聞きながら、リアも眠りについた。
町は朝からにぎやかだった。冒険者、トレジャーハンター、そしてそれらを相手にする商売人たち。皆、近くの山に眠っているという埋蔵金を狙っていた。
人ごみの隙間を縫って、リアとテトは森に出る。
木々の間にすっかり踏み慣らされてあらわになった地表が見えている。
埋蔵金があると睨まれている一帯は、このけもの道を二時間ほど登ったところだった。
一方テトの入手した情報では、一時間ほど登ってところから森に入り、さらに渓流を登って行った先に埋蔵金があるという。渓流は水の流れも少なく、するすると歩いていく。
「こんなところに埋蔵金なんて隠してあるの?」
「あるんじゃない? 誰かが来たような跡もないし」
テトの言う通り、渓流の石ころは苔むし、ところどころから草も生えている。踏まれていないということだろう。
「こういうところには、まだ誰も見つけていない秘宝が眠ってるんだよ」
「そうとは限らないと思うけど……」
ふたりの反応は正反対だった。
と、その時。上流のほうに人影が現れた。
滝の頂上に、大男が立っている。
「待て!」
「え、誰?」
リアには全く見覚えのない人間だったが、テトの表情は驚いている。
「あ! 宿屋の隣の飯屋の主人!」
「嘘?」
「いや本当だって。昨日、あの人から埋蔵金の情報を仕入れたんだから」
「その人が何でこんなところに……」
「よく聞け!」
飯屋の主人はふたりを指さしながら叫ぶ。
「お前たちが先日見つけた前王朝の秘宝。あれは本当なら俺のものだったのだ!」
まったく意味が分からなかった。リアとテトを含めてトレジャーハンターの掟は、宝物は発見者のもの。元の持ち主であればともかく、後から所有権を主張したところで通じないのだ。
元の持ち主。
リアはピンときた。
「……まさか、王族の子孫とか」
「そんなことあるの?」
「その通り! あの秘宝はわが一族に代々伝わるはずだったもの。それをお前たち、勝手に売りさばきやがって……」
飯屋の主人は全身を怒りに震わせ、斧を取り出した。
「一族の恨み、ここで晴らしてくれる!」
しかしテトはひるまない。何せそれなりに結果を残しているトレジャーハンター。身体能力にも腕っぷしにも、それなりの自信がある。大男が斧を振るったところでやすやすと当たる間抜けではない。腰のホルスターからナイフを取り出し構える。
「そっちがその気ならこっちだって」
「待って、テト、あいつはその気じゃなくて――」
リアは違和感を覚え、とっさにテトの腕を引こうとした。
渓流の場所を伝えてきたのはあの男。奴は滝の頂上にいて、自分たちは滝壺。
「テト、これ結んで!」
「え、なに、なに?」
リアはとっさにロープを取り出してテトの腰に回す。
「遅い! これでもくらえ!」
男は水流に向かって斧を振るった。
バキバキと何かが壊れる音。
一瞬遅れて、大量の木片と水流が、ふたりの頭上に噴き出してきた。
「ははははは、これでお前たちもおしまいだ!」
リアとテトは、水流に飲まれた。
「……ア、リア……リア!」
テトの声にリアは目覚めた。音がぼやぼやし、鼻の奥がつんと痛い。
「え……っと、ここ……」
「よかった、リア無事だった!」
テトはリアを力いっぱい抱き上げた。
「うー、あんまり揺らさないで、なんだか気持ち悪い……」
「あ、ああ、ごめんごめん、おぼれちゃったからね、わたしたち」
リアは自分の体を見る。服が生乾き状態だった。
「そうだ、あれからどうなったの。ここ、どこ?」
周囲には、男に襲われたのとそれほど変わらない、渓流の景色が広がっていた。違うところといえば、左右に崖がそびえ、水が二手に分かれている。谷底の中州、といったところだろう。いくらか下流に流されたらしい。
「リアがロープ結んでくれたでしょ。それがあそこの岩に引っかかってね」
中州の先端に突き出た岩を、テトが指さした。
「いやー、運がよかったよ。九死に一生ってやつだよね」
「九死に一生ね、それは何より」
リアはテトの両肩に勢いよく手を乗せた。途端にテトの目が泳ぎ始める。
「リ、リア? 何怒ってるの? わたしたち助かったけど……」
「もうちょっとで死ぬところだったんだからね! それわかってる? あなたが変な人から情報を買わなければこんなことにはならなかったんだから」
「ご、ごめんなさい……」
「ほんとに……ほんとに……」
「リ、リア?」
涙がぽろぽろとあふれてきて、リアはそれ以上話せなくなった。本当はもっと言いたいことがあって、テトをしかりつけなければいけないのに、頭の中がまとまらなくなってきた。死にかけた恐怖。テトが死にかけた恐怖。助かった安心感。それらをどうやって言葉で伝えられるだろう。宝探ししかやってこなかったリアにはわからなかった。だがそんなことはいい。死にかけたんだ、自分たちは。これを言って聞かせよう。納得するまで言い聞かせよう。そして、トレジャーハンターを引退する。ふたりで店を持つ。そうすればすべての問題は解決できる。
「死にかけたの、わかってる?」
「は、はい……」
「次、ないかもしれないのも、わかってる?」
「わかってます……」
「宝探し、もうやめよう」
「う……」
腕に力をこめて黙らせる。
「普通に働こう」
「わ、わかりました」
リアはふ、と息をついた。これで一安心だ。さすがに街中の店商売で死ぬようなことにはならないだろう。
「それで、あの、リアさん……」
怒られたのが答えたのか、テトが敬語で話しかけてくる。
「何?」
「宝探しはもうやめるんですけど、すでに見つけたものに関してはどうしたらいいですか?」
「すでに見つけたもの?」
「あれです、あれ」
中州の中ほどを指さすテト。そちらに目をやると――
「た、宝箱? 嘘でしょ!?」
石ころが水流で流されたらしく、宝箱の一部が地面から生えていた。金属製の枠に、しっかりした木の板。汚れてはいるが腐ってはいない。宝箱自体がかなり頑丈かつ高級そうだった。こんな宝箱には、中身もそれなりのものが期待できる。
「で、どうします、リアさん」
「わ、わかった。これだけ、これだけだからね」
さすがに据え膳は見過ごせず、ふたりして宝箱を掘り起こす。
やけに軽い。
嫌な予感がした。
鍵を壊してこじ開ける。
すかすか。
危うく、中に入っていた本を見過ごすところだった。
「うわ、外れじゃん……」
いつもの口調に戻ったリアが嘆く。宝箱に入っている本は、たいていろくなものがない。日記とか、大昔の暴露話とか、帳簿とか。当然そんなもの金にはならない。たまに魔法書や歴史的に価値のある書物が発見されることもあるが、そういった貴重な本が、自然の中に放置されるはずがない。
「まぁまぁ、とりあえず読んでからってことで。装丁はそこそこいいよ」
「あんまり期待ができないなー」
リアも同じ意見だった。ま、思い出の品くらいにはなるか、くらいの軽い気持ちで読み進めていた。
ところが、これがとんでもない発見だった。
「これ、レシピ本だよ」
「レシピ?」
「山賊秘伝のレシピ」
ふたりはレシピ本を持って渓流を濡れながら下り、宿に帰ってレシピを再現してみた。
とてつもなく美味しかった。いい匂いにつられたほかの宿泊客も片っ端から舌鼓を打った。ふたりの生還に心の底から驚いていた隣の飯屋の主人でさえもおかわりをした。
半年後――。
山賊のレシピに手ごたえを感じた二人は、リアの希望通り店を開き、再現した料理を出した。店はあっという間に評判になり、遠方からも客が訪れるほどの人気店になった。宝探しをやっていた時よりもはるかに実入りはよくなった。
「まさか、テトがおとなしくお店で料理をやってくれるなんて思わなかった」
「料理にも冒険とワクワクと大発見があるからさ、宝探しみたいなもんだなって」
まったくこの子は、と苦笑するリアだったが、次の言葉を聞き逃さなかった。
「それに、リアといっしょにいたいかなって」
結局リアもテトも、己の願望はすべてかなえたのだった。
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