18日目『大宇宙製菓のガム危機』お題:大逆転

『大宇宙製菓のガム危機』



 宇宙一の製菓企業、その名も大宇宙製菓。

 躍進の秘訣はひとえに社長アーロン・ハットのたぐいまれな発想力と開発への情熱にあった。

 彼も最初は小さな製菓企業からスタートした。だが、自社で作っているガムを噛んで集中力を高め、チョコレートを食べて糖分を脳に供給し、まさに自社製品の優良さを証明するかのように革新的な経営プランを次々に打ち立てていった。

 そのひとつが、星系製菓プラントである。アーロン・ハットは莫大な借金をして隣の恒星系を買い取り、その星系内で、原材料の生産から商品の開発までを完結させたのである。サトウキビやカカオが一面に植えられ緑になった惑星たち。軌道上では無数の衛星コンベアが材料を運び、恒星の熱で加熱し、惑星の回転で攪拌、真空で冷却。菓子作りに必要なものがすべて揃っていた。最初はガムを作る星系を整備し、大量のガムで得た資金をもとにチョコレート星系、さらにポテトチップス星系と、アーロン・ハットの指揮のもと順調に生産量を伸ばしていく。

 莫大な生産量で一気に業界のスターダムを駆け上がったアーロン・ハットは、星系による製菓をさらに拡大、ついには銀河ひとつを丸ごと製菓工場に作り替えていった。

 同時に、他銀河系に存在する製菓企業をもM&Aで取り込み、企業は拡大の一途。

 すべての主力製品に銀河製菓工場を割り当て終えたあたりで、競合他社もすべて蹴散らし終えた。

 最終的には大宇宙製菓の名前を掲げ、名実ともに宇宙一の製菓企業として今日に至る。

 そんなある日だった。アーロンのもとに息を切らした秘書が飛び込んでくる。

「社長、大変です!」

「なんだこんな朝っぱらから。騒々しい」

 アーロンは日ごろから自社のお菓子を常食しながらも健康的な肉体を維持していた。自社製品のブランドイメージのためだった。

「今日はこれから第二ガム銀河工場の打ち合わせじゃないか。そっちの資料の最終確認じゃなかったのかね」

「その第一ガム銀河工場の件です」

「どういうことだ?」

「工場の生産施設が暴走を開始し、宇宙に大量のガムをばらまき始めました」

「なんだって?」

 工場での生産は人間の管理能力を大幅に超えていたため、現在では銀河ごとにAIが一括管理を行っている。

「つまりそのAIに何らかの不具合が起こったということだな。停止信号や、職員の派遣はどうなっている」

「停止信号は何度も送っていますが、そこも不調らしく、受け付けません。職員の派遣については、真空中に飛び散ったガムペーストがあまりに邪魔で近づくどころではありません」

「じゃあそのガムペーストを除去すればいいだろう」

「除去したとたんから、それ以上の生産量で押しつぶされてしまうんです」

「そ、そんな馬鹿な話が……」

 絶句するアーロンのもとに連絡が入った。

『社長。本日第二ガム銀河工場の打ち合わせを予定していた銀河管理組合の方から通話が入っておりますが』

「つないでくれ」

 忙しいところに忙しいことは重なるものである。緊張を悟られまいと、生唾を飲み込み呼吸をただした。

『アーロン社長でいらっしゃいますでしょうか。こちら銀河管理組合のものです』

「お世話になっております。アーロンです。本日の打ち合わせについてですね」

『そうです。実は先ほど気になる情報が入ったものでして、その確認をしようと』

「気になる情報、とおっしゃいますと?」

『そちらの工場で事故があったとか』

「それは……」

『しかもその工場というのがガム工場で、後日受け渡し予定の銀河系の使用用途もガム工場建設ということで、弊組合としては非常に不安視せざるを得ないわけですが』

「いえいえ、そちらにお手を煩わせるようなことは一切ありませんので」

『そうはおっしゃいましても弊組合は、宇宙の発展を、銀河の安全健全な運用を通じて、達成していくものでありまして。ガム工場の事故という不安材料が払しょくされない限りは、銀河受け渡しをしばらく凍結せざるを得ません』

「そ、そんな!」

『ということですので、今後の打ち合わせは、事故対応と再発防止策等を総合的に判断したうえで決定させていただきます。それでは、失礼いたします』

「あ、ちょ、ちょっと――」

 アーロンの呼びかけもむなしく、通話はぶつりと切れてしまった。

 AIによる事故、流れてしまった商談、目の前で溶けていく利益。

「今すぐ経営陣を集めろ、各部門のトップもだ!」


 事故対策会議の準備を進めている間にも、ガム工場の事故は深刻化し、ニュースも一瞬で宇宙中に知れ渡った。

「突然の呼び出しに集まってもらった理由はほかでもない。第一ガム銀河工場で事故が起こった」

 会議室に並ぶ重役たちのホログラム。表情を引き締め、全員が会議の内容を十分に予知していたようだった。

「現時点で分かっていることはAIの暴走、そしてガムの無限生産による宇宙空間の汚染。そこでこの会議では原因の究明、ガム生産を止める方法、広報戦略、事後処理、それぞれについて話し合っていきたい」

 AIを開発する部門のトップが発言を求めた。

『ソフト部門です。AIのソースを改めて確認していますが、これといった以上は確認できません』

 ハード面を担当する部門のトップが返答する。

『つまり、うちで作った作業機械に問題があると?』

『そうとは申し上げていません。ただ、原因は外部要因の可能性があり、原因除去による問題解決は難しいかと思われます』

「なるほど……」

 次に、銀河開発部門のトップが発言を求めた。銀河を工場にする際の建造計画を練ったり、周辺宙域への影響を検討する部門だ。

『つまり、ガム工場を止める前に、まずはガムによる宇宙侵食を止めなければならない、ということですね』

「何か手はあるのか?」

『はい。事故が起こった銀河には若い恒星が多く、恒星をガムに当てることでガムを燃焼させ、侵食を食い止めることができるのではないかと考えます』

 おお、さすが銀河開発部門、との声が上がる。

『ふむ。では恒星を移動させる輸送機械はこちらで用意する。加熱用のカーゴを流用すればすぐにできるだろう』

『ではこちらで恒星輸送用のプログラムを組みます。こちらも物資輸送用のプログラムをを改変すれば時間はかかりません』

 ソフト部門とハード部門の両トップが言った通り、一時間ほどで恒星輸送の準備が整った。

「よし、それでは恒星輸送作戦を開始する」

 電波望遠鏡が映す宇宙空間の中で、ガムの塊に恒星が突っ込んでいった。

 ガム塊の端がわずかに変形した。

『ガムが熱で融けているぞ!』

 歓声が上がる。

 しかし。

 恒星がガム塊に完全に飲み込まれたあたりで映像の変化は止まってしまった。

「し、失敗だったのか……?」

『まぁ、恒星に溶かされるくらいでガムが減るほど、うちの工場はやわではありません』

 失敗したというのにハード部門のトップは誇らしげに語った。

「ほ、ほかに手はあるか?」

 ふたたび銀河開発部門が発言を求める。

『ガム銀河の中央には超巨大ブラックホールが存在しています。ガムを、工場ごとあの中に放り込んでしまえば……』

 ガム塊とガム工場を輸送する機械をハード部門が用意し、輸送プログラムをソフト部門が用意するのに一時間。この時点でガム塊の大きさは、銀河の半分を埋め尽くすほどにまで成長していた。

「よし、それではブラックホール作戦を開始する」

 電波望遠鏡が映す宇宙空間の中で、ひときわ派手に輝く光源――超巨大ブラックホールに突っ込んでいくガム塊とガム工場。

 フラックホールの周囲で細い糸が伸び始める。

『おお、ブラックホールがガムを飲み込んでいるぞ』

 細い糸はさらに伸び続け、すっかりブラックホールの周囲を覆いつくしてしまう。

 映像の変化はそれっきりだった。

「し、失敗だったのか……?」

『うちで作っているチューイングガムは宇宙一膨らませやすいガムです。ブラックホールごときに引きちぎられるほどやわではありません』

 失敗したというのに商品開発部門のトップは誇らしげに語った。

 だがアーロンのほうは失敗続きでダメージを受けていた。様々な革新的経営戦略で企業を成長させたアイデア社長も、さすがに宇宙を飲みつくそうとするガムの波には太刀打ちができなかった。

「……昼食休憩にしよう。会議の再開は二時間後だ」


 とは言ったものの、食事がのどを通るはずがなかった。

 ガム工場の事故を受けて、全宇宙から環境保全団体による不買運動と質問攻めにあい、株価はあっという間にストップ安、お客様対応窓口もクレームがあられのように降り注ぎ、取引企業との信頼関係もかなり悪化していた。

 飲まず食わずで知恵を絞ろうとするものの、何も浮かばない。

 アイデアが枯渇したことは、経営者人生何度もあった。こんなとき、昔の自分はどうしていたっけ。

 なかば癖のように、ガムのボトルを手に取った。ガムを噛みながら集中力を高めるのがルーティンだった。だがこのガムは、事故の原因、悩みの種でもある。見るのも嫌だ。

「社長、少しは食べないと体に障りますよ」

 秘書がチョコレートをテーブルに出しながら言った。チョコレートで糖分を補給するのもルーティンだった。

「そうだな。甘いものは脳にいいからな。……ええい!」

 アーロンはガムとチョコレートを同時に頬張った。

 ガムの爽快感、チョコレートの甘味と苦味。正直まずい。

 しかも口の中が変な感触だ。

 ガムのねばねばに、チョコレートのとろけるような舌ざわりが重なり――。

 その瞬間、アーロンは雷のようにひらめいた。

「そうだ、これだ!!」

 アーロンは会議の再開と同時に新しい作戦を命じた。

『そんな、それではわが社の利益は大きく落ちてしまいます』

 経理部門が頭を抱えた。だがアーロンは断固として譲らない。

「それはわかっている。だが、このまま広がり続けるガム汚染を放置していたら、利益どころではなくなる。やるしかない」

『わかりました……』

『必要な機械はこちらで用意します。少々時間はかかりますが……』

『輸送プログラムも、これほどまでに巨大なものを動かすとなると……』

「一日でやってくれ」

 ハード部門とソフト部門の両トップは厳しい表情を浮かべつつもうなずいた。


 果たして一週間後。

 新聞には『大宇宙製菓、ガム危機を見事に打破』との見出しが躍った。

 ガム汚染の拡大は見事に鎮静化し、宇宙への汚染も限られた宙域に抑え込まれた。

 同時に掲載されていたインタビューで、アーロンはこう答えている。

『ガムとチョコレートを一緒に食べたらね、ガムが溶けちゃったんですよ。そういえばガムのねばねば成分は油に溶けるというのを思い出してね。チョコレート銀河工場を現場に向かわせました。今でもチョコレート工場の吐き出すカカオバターが、ガムを溶かし続けているんです』

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