13日目『リコーダーが小学校の授業に採用されている理由』お題:予示

『リコーダーが小学校の授業に採用されている理由』


 電子部品や半田ごてが散らばる実験室に、気の抜けた音色が流れる。

 ド ド ソ ソ ラ ラ ソ……

 白衣の女性がリコーダーを吹いていた。曲目はきらきら星。小学生でも簡単にふけるような曲が、彼女にかかれば迫真の一曲に変わり果てる。音の運びがたどたどしい、息の震えが不安を煽る、リズムががくがくしている。それでもどうにか一曲通し切れたのは、ひとえにリコーダーという楽器の演奏しやすさゆえだった。適当に息を吹き込み、適当に指を抑えれば音が出る。息を調節し、抑え方を覚えれば、いい音が出る。それが、リコーダーが小学校の授業に採用されている理由だった。

「ひっどい音」

「あ、お帰り、ヒビキ」

 実験室の入り口に、白衣の女性がもう一人立っていた。名はヒビキ。リコーダーを吹いていた女性よりも背が高く、髪は短い。

「ていうかスイ。いきなりどうしたの、小学校のリコーダーなんて持ってきて。音楽やるような子だったっけ」

 ヒビキは持っていた荷物をテーブルに置くと、スイの横を突っ切って、実験室の窓を開ける。新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込んだ。どこかやけっぱちな態度だ。

「いや、たまたま家で見つけてさ。ちょっとやってみようかなって」

 スイは背が低く髪も長い。そのため、恥ずかしがって髪の毛を指で巻くと実年齢以上に幼く見えた。

「ヒビキ、今日もダメだった?」

「まあね。精神感応で上司の脳みそ書き換えてあと一押しかなってところで、別の人がやってきて、自分にも使わせてみろって」

「あちゃ、いちばん痛いところ突かれちゃったね」

「で、当然うまく使えるわけがなく審査員同士のけんかに発展してお蔵入り」

 スイとヒビキは二人そろってため息をついた。

「なかなかうまくいかないね」

「もうちょっとなんだけどなぁ……。ま、ここを簡単にクリアできるくらいなら、わたしたちはこんな場所にいないわけだけど」

「それもそっか」

 ふたりは顔を見あって、自嘲気味に笑った。

「どうする? 今日もこれからやる?」

「やる! あいつらに目にもの見せてやる」

「了解」

 スイは棚の中から、コードやスイッチがさまざまに生えたヘルメットを取り出し被る。ヒビキも、テーブルに置いた荷物から同じものを出して被った。

「じゃあ、いくよ」

 ふたりはヘルメットのスイッチを同時に押した。

 口には出さないが、お互いの声が聞こえる。

 ――ていうか、なんできらきら星なの。

 ――簡単だから。あと、二番の歌詞、知ってる?

 ――そういや聞いたことないかも。

 ――きらきら光る お空の星よ

   みんなの歌が 届くといいな

 ――みんなの歌が、届くといいな……。

 ――届くといいよね、わたしたちと、みんなの歌。

 ――そうだね。


 スイとヒビキ、ふたりは軍の研究施設で働いていた。

 研究対象は、簡単に言ってしまえばテレパシー。テレパシーを科学的に引き起こすことができれば、命令伝達や士気の向上、敵軍のかく乱など、様々な効果が見込める。もっとも、そんな眉唾な技術を軍部が信じるわけもなく、上層部になぜか居座っているオカルト好きに配慮して、半ばアリバイ工作のために作られた研究室だった。予算は少ないし、人員はスイとヒビキのふたりだけ、そのふたりの能力も決して高くはない。優秀であれば、より重要な部門に送られるからだ。

 ふたりがテレパシーの研究を続けているのは、ひとえに反骨心。必ず結果を出して見返してやる。

 だからふたりの目標は、テレパシーで戦争を終わらせることで一致していた。

 テレパシーによって戦争を忌避する気持ちをすべての兵士と、政治家と、国民たちに伝播させて、戦争を起こさせる気を根絶するのだ。

 実のところ、テレパシーは実用段階に迫っていた。

 スイとヒビキ、ふたりの間に限定するのなら、だが。

 ふたりの開発したテレパシーというのは要は、人間の思考を脳内の電気信号と考え、脳に接続したデバイス、この場合はヘルメットを通して増幅、周囲に伝えるというものだ。伝え方さえ工夫すれば、他人の鼓膜に作用して心の声で話しかけることも、他人の脳神経に作用し相手の精神状態を変化させることもできる。

 だがそれには、発信者自身の思考を、デバイスで読み取りやすい形にしなければいけない。そのためにはそれなりの習熟が必要で、現時点ではデバイスを熟知したスイとヒビキのふたりしか、テレパシーを自由に操れないという事態に陥っていた。

 最終的には軍の兵器として製造されるものである。ふたりの目的はいったん脇に置いて、まずは誰でもが使えるような装置を目指さなくてはならない。

「といってもな……このデバイスの講習プログラムをどうやって組むかだ」

「そういうのを作るのは、むしろ軍の得意技な気もするんだけどね」

 ふたりはデバイスを外しながら言った。習熟しているふたりとはいえ、自身の思考をデバイスが読み取りやすい状態に維持しておくのはそれなりの重労働だった。意図的に思考を絞らなければいけないからである。人間の脳は、煩悩を捨てろと言われるとかえっていろいろなことを考えてしまう。よって、一方的な情報伝達ならともかく、議論にテレパシーは向かなかった。

「わたしたちの技術に、ほかの部門が協力してくれるとも思えないしな」

「そうだよね」

 ふたりの悩みは、デバイスを使うのが難しいのなら、説明書や使用者の講習プログラムをしっかりと完備しなければならない、というところに移っていた。

 だがふたりにはそんな経験はなかった。

 多種多様な人間が所属しあらゆる場面を想定したマニュアルが求められる軍において、素人の作った説明書や講習プログラムは門前払いを食らうこと必至だろう。

「あーなんかいい解決策はないもんかな」

「ちょっとヒビキ、それわたしのリコーダー」

「吹いてもいい? わたしたちの仲だし、間接キッスくらいいいでしょ?」

「それはいいけど」

「よし」

 ヒビキはリコーダーを加えた。スイの味がする、わけもなく、冷たいプラスチックに向かって息を吹き込んだ。

 ピーーーーーーーーー。

 左手の親指と人差し指を抑えていたので、シの音が飛び出した。スイの恐る恐るな音に比べればやけにとげとげしい。それもそのはずで、かなり強く息を吹き込んでいた。とはいえ、それでも音は出るのである。小学校のリコーダーは、強く吹いてもそれなりの音で収まってしまう。

「……あ」

 ヒビキはリコーダーから口をはなして声を上げた。

「どうしたの?」

「思いついたかも。リコーダーサンキュー」

「え? う、うん」

 リコーダーをスイに返し、そのままパソコンに直行。何かを打ち込んでいる。

「なになにどうしたの。リコーダーのwikipedia?」

「ほらほら見てよこれ、ここ」

 ヒビキが選択した文章を、スイが後ろからのぞき込む。

 そこには、リコーダーが小学校の授業に採用されている理由が記されてあった。

「つまりリコーダーってのは、笛のほうで空気の流れを調節してくれるから、誰でも音が鳴らせるってこと? これがテレパシーと……あ!」

「そう、そうなんだよ、どうしてこんな簡単なことに気づけなかったのかなー!」

 と、ヒビキは短い髪をわしゃわしゃと掻き始めた。

「デバイスが使いにくいのは、デバイスに合わせて思考を調節しないといけないから。要は、口笛を吹くときに息の流れを調節しなきゃいけないのといっしょ。どうしても人によって上手下手が出てくる」

「でもその調節をデバイスのほうでやってあげれば。リコーダーみたいに」

「みんな使えるようになる」

 ふたりはさっそくデバイスの改造に取り掛かった。


 ヒビキの再三のプレゼンと実演の結果に上層部は頷かざるをえなかった。ふたりの研究成果はより大きな研究室にももたらされ、ヒビキとスイをトップに置いたテレパシー専門の部署ができるまでに至った。人員が多くなりすぎてふたりでは管理しきれない部分も多々あったが、おおむね、テレパシー技術は軌道に乗ったとみてよかった。

 そしてついに、テレパシー装置の初の実践投入が決まった。

 スイとヒビキは研究者でしかなかったため、前線から送られてくる映像を、研究室の片隅で見ることしかできなかった。だが、敵の猛攻撃の中、デバイスを頭に付けた兵士たちが戦場で整列しているのを目にすると、感慨深いものがあった。

「やっとここまできた……」

「うん。本当に」

 実践投入されたテレパシー装置は、装着した兵士の思考を増幅し、さらに調整を施し一定の電磁波として照射、敵の脳神経に作用して戦意をそぐ、というものだった。リコーダーに適当に息を吹きこめば、誰が吹こうがどんな息の強さだろうが、だいたい同じ音が出るのと同じ理屈だった。戦場においては、だいたいでよかった。相手の戦意さえなくなれば、戦う意味はなくなる。戦争が終わる。

『テレパシー部隊、用意!!』

 デバイスを装着した兵士たちが、降り注ぐ砲弾に相対した。研究室のほかの部屋からも息遣いが聞こえる。これが、研究の集大成だった。

『照射!』

 兵士たちのデバイスが光を放つ。映像に一瞬の乱れが出た。順調に電磁波は出ているようだ。

 ふた呼吸を置いて、敵の攻撃がやんだ。あれだけうるさかった銃声が消え、上空を旋回する飛行機も帰っていく。

 あまりにも不自然な敵の行動。

 テレパシーの効果に他ならなかった。

 ――成功だ!

 研究室のどこかからか叫び声が聞こえた。それを皮切りに拍手や、雄たけび、歓声、もう研究室は大騒ぎだった。

「おめでとう、ヒビキ」

「おめでとう、スイ」

 だがこのふたりだけは、静かにお互いを讃えあった。お互いがいなければここまでこれなかっただろう。それは、テレパシーがなくとも伝わった。

 突然、映像から爆発音が聞こえた。

「え、何?」

「攻撃?」

 真っ先に敵の攻撃が再開したのではと疑った。それはつまりテレパシーの失敗である。

 だが映像を見る限り、見方が攻撃されている様子はない。爆発が起こっているのは敵の陣地内だけである。

「そんな、敵の攻撃がやんだのに、こっちから攻撃する意味ってあるの」

「よく見て、スイ、こっちも攻撃はしてないよ」

 ヒビキの言うとおりだった。画面外の兵士は誰一人として引き金を引いていないし、戦車も砲台も稼働していない。

 つまり……。

「敵が、自分で攻撃してる……?」

 スイのつぶやきを聞いて、ヒビキの顔が青くなった。

「あいつら、調整しやがったんだ……」

「調整?」

「あのデバイスは、敵の戦意をそぐための電磁波が照射されるようになってる。でも、開発部門の誰かがそれをいじったんだ。敵の自殺行動を誘発する電波を照射できるように」

 リコーダーは抑え方を変えるだけで簡単に音が変わる。それが、リコーダーが小学校の授業に採用されている理由だった。

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