11日目『宇宙ガム戦争』お題:中間から始める(再走)
※以前に上げていたものは、別のコンテストに投稿するため、二重投稿防止として削除いたしました。その分の再走となります。
『宇宙ガム戦争』
彼女が案内したのは、いかにもな路地裏の廃ビルだった。カビ臭い、ヘドロ臭い、タバコの吸い殻やガムの噛んだあとが地面にこびりついている。こういう場所ほど、人は来ないから、取引場所や隠れ家として格好なのだ、と彼女は言う。ガムを噛みながら、微妙に間の抜けた口調で。
「それで、は香織。突入し、ますよ」
「いきなり行っちゃうの」
「も、ちろんです。敵の隠、れ家を見つけた、ら即破壊しろ、というのが私に、下された命、令ですから」
彼女はなんのためらいもなく、ドアノブに手をかけた。回らない。ガチャガチャと音を立てている。
「鍵閉まってるけど」
「問題ありませ、ん。地上のド、アなど木っ、端みじんです」
香織を後ろに下げさせ、彼女は構えをとった。空手のような、ボクシングのような、渾身のパンチを繰り出す構え。
「フウンッ!」
握った拳は直撃する前に、寸止めされた。
が、何やら青い稲光が伸びていく。ドアノブがそれをじわじわと吸い込んでいき、しまいにはひとりでにばらけていった。
「す、すごい、何かの手品?」
「これく、らい簡単です」
そうは言いつつも少し上気しているのか、彼女がガムを噛む速度が上がった。顎が細かく上下する。それを見ていると香織もガムが噛みたくなって、お気に入りのフルーツガムを一枚、口に入れた。
「おっと、私も一粒食べ、ねば」
彼女はコートの内側に手を入れ、ガムを一粒、口に放り投げた。
「さっきから気になってるんだけど、あなた、ガムは飲み込んじゃうタイプ?」
「はい……あっ」
と、彼女の足元にガムの粒がボロボロとこぼれた。コートの中から雪崩のように降ってくる。これこそ手品だった。
「あ、あわ、あわわ……」
彼女は大慌てで屈みこみ、ガムを拾い始める。
「ちょ、ちょっと、汚いよそれ」
「大、丈夫です。汚さ、よりもわたし、にはこのガム、でないといけないので」
「そうだったね……」
タバコの吸い殻やカビやヘドロが張り付いた路地である。香織は彼女の衛生観念を疑いつつも、ガム拾いを手伝った。彼女がガムに対して偏執的な態度をとるのは、すでに三回目だった。
「助かりました、香織。それで、は行きましょ、う」
「うん」
ノブのないドアは、足で小突くと簡単に開いた。薄暗がりの中央に、ものの見事にぽっかりと空いた穴、そして鉄の梯子。
「この下に、敵の基地があるの」
「ハイ。私が、先導します」
勇敢なのか鈍感なのか分らないが、彼女のブロンドが穴の中にさっと消えていく。かんかん、と乾いたこだま。香織も慌ててついていった。足音がたたないように。
彼女との出会いはほんの二時間前にさかのぼる。
たまたま歩いていたところをぶつかったのだ。そして彼女が、コートの中からガムをばら撒き、あまりにも慌てて拾うものだから、香織も手伝った。誰が踏んだかわからないアスファルトの上である。衛生観念を疑った。本当はそれだけのつもりだったのだが、彼女の見た目がどうも気になった。夏なのにロングコートを着ている。終始ガムを噛んでいる。髪は長いブロンド。背は高く細い。容姿は美しくはあるが記憶に残らない。すべての人間の容姿から平均をとったらこんな顔になる、というネット記事に似ているような気がした。
香織は彼女が気になり、ほんの出来心で尾行する。彼女は特別な目的地があるようにも見えず、町の中を歩き回り、かと思えば立ち止まって何かをじっと見つめ、時にはコンビニに入って食料品の成分表示をにらみつけた。
一瞬はスパイか私立探偵を疑ったが、ただの変な人だったらしい。香織があきらめかけたところ、彼女はまたガムをばら撒いた。慌てる姿が見ていられなくて、ついつい手伝ってしまった。香織もガム好きだった。そんなところで共感を覚えたのかもしれない。
「あなた、は先ほ、どの……」
「覚えてた?」
「ありがとうご、ざいます」
「このガム、いったい何なの? そんなに大事? 落ちたのなら買えばいいだけだと思うけど、汚いし」
「いえ。わたしはこれで、ないとだめなのです。や、らなければいけな、いことがあるので」
「やらなければいけないこと?」
「はい」
「ふうん、それって、わたしが手伝ってもいい?」
それもほんの出来心だった。彼女は変な人だが、犯罪に関係しているとは思えなかった。犯罪者ならもっとびくびくしているか、堂々としているかのどちらかである。クスリをやっているにしては肌が健康的すぎるし、会話も丁寧だった。何より、香織は暇だった。
「それでは、今か、ら敵の基地を探、します」
三十分、街中を連れまわされた。
しばらく梯子を下りること数分。手も足もぱんぱんになったところで、ようやく地に足がついた。
「注意し、てください。ここか、ら敵の領域、です。香織」
彼女は香織に手をかざす。先ほどの青白い稲光がまた発生して、香織の全身を包んでいった。
「ちょ、ちょっと、いまの何! あ、しま」
香織は口を自分の手でふさいだ。敵の領域だといわれたのに大声を出してしまうなんてうかつだった。だが。
「大丈、夫です。敵は耳、が悪いので多少の物音に、は気づきません。その代わり目、がいいので、小さなも、のが転がったとし、ても曲がり角の先か、ら光の反射具合、で見つけてしまう」
「ちょっと、それ大丈夫なの」
「いま私が香、織にコーティン、グをかけまし、た。これで光、は反射されず誰に、も見つかりませ、ん。ただし私た、ちお互いを覗い、てはね」
「へー……」
香織は、自分の知らないところで科学が驚くべき進歩を遂げているのだと、素直に驚いた。
それよりも、耳が悪く、異様に目が敏感な敵のほうにこそ疑問を抱くべきだったのだが、驚きにかき消されてしまった。
「じゃあわたしたちは普通にしてていいのね」
「そうです。堂、々と歩いてく、ださい。それか、らこれを」
彼女はコートの内側から弁当箱のようなものを取り出し、香織に手渡した。意外と重い。
「なに、この四角いの」
「爆弾で、す」
「ばく……っ」
「安心し、て。乱暴に扱って、も爆発しませ、ん。私が爆発を命、令して初めて、爆破できます」
「そ、そう……」
「こ、れを基地、のいたる場、所に取り付、けてくださ、い」
ふたりは、モグラの巣のように複雑に張り巡らされた地下通路を、堂々と踏破した。というより、迷わず歩いていく彼女に香織がついていくだけだった。爆弾は、いかにも怪しい巨大な扉や、謎の液体で満たされた巨大なガラスケース、やけに小さいコンテナなどに順調に取り付けられていった。
そしてついに、香織は敵を目にした。
体高は三十センチほど。バスケットボールくらいの頭部から、細い触手が無数に伸びている。頭にはご丁寧に透明なヘルメット付き。
「宇宙人……?」
「はい。火星、人です」
「あれが? 地球に来てたの?」
「そうで、す」
「あんなにあからさまだと、驚く気にもなれないわね……いやむしろ、火星人の基地を破壊してるあなたにびっくりだけど」
「いえいえ」
彼女の言う通り、火星人に気づかれることなく爆弾のセットは進み、いよいよ最後のひとつが終了しました、と告げられる。
「あとは帰るだけでいいのね」
「はい。ありが、とうございまし、た。こんなに早、く終わったのはあ、なたのおかげです」
「何もしてない気がするけど、まぁそういうことなら早く帰りましょう」
「そうです、ね。あ」
歩き出した瞬間、彼女のコートから大量のガム粒がこぼれだした。
「ギゲゲゲゲゲゲゲゲゲ!!!!」
奇声とともに集まってくる火星人たち。
「ちょっと、何やってるの!」
「すいませ、ん……」
二人はデフォルメされた蛸にあっという間に包囲され、銃のようなものを向けられる。
「ギゲー!!!」「ギゲッ」「ギゲッ」「ギゲッ」
赤黒い稲光が発射され、どうやら二人の姿が暴かれてしまったらしい。
だが彼女の表情は一切変わらない。汗一つかいていない。香織はどことなく頼もしさを覚えた。
「ちょ、ちょっと、どうするの、これ……」
「どうしましょ、うか……。万、策つきて、います」
「武器はないの」
「爆弾とガムで手、一杯でした」
「そんな……」
勇敢なのか鈍感なのかがはっきりした。彼女はただ鈍感なだけだったようだ。
「わたしここで死ぬんだー!」
頭を抱えて座り込む香織。
だが、足元に散らばったガムを踏んづけてしまい、無数のガムを蹴飛ばしながら転倒した。
「あいった……」
「ギゲゲゲゲゲゲゲゲゲ!!!!」
「ギゲー!!!」「ギゲー!!!」「ギゲー!!!」
「か、香織!」
予想外のことが起こった。まるで金属が酸で溶けるかのような音。いや、実際に溶けていた。ガム粒に触れた火星人が、触れたところからどろどろの液体に変化していた。
「嘘!?」
ガムの効果は絶大で、ものの数秒もしないうちに数体の火星人が完全に消失してしまった。ナメクジに塩をかけるよりも早い。
「そうか、火星、人は二酸化炭、素で生きてい、る。だから一酸、化炭素に弱いん、だ」
彼女が何か言っている。香織にはまったく意味が分からなかったが、どうすればいいかだけはわかった。
「とにかく、このガムを投げつければいいのね」
「はい」
ふたりはガムを火星人めがけて投げまくった。彼女も、あれだけ大切にしていたガムだったがさすがに背に腹はかえられないのだろう。香織は潜入前に噛んでいたガムを断腸の思いで吹き飛ばしたが、なぜかそっちは効果がなかった。
突然の大逆転に火星人は大混乱だった。ふたりに銃を向ける余裕もなく、逃げまどい、だがガムにあっさり溶かされて消失する。
一方的な戦いはほんの五分と立たないうちに、人間たちの勝利に終わった。
「今のうちに、早く逃げよう」
「はい」
すっかり安全になってしまった地下通路を走り抜け、梯子を上り切り、廃ビルの一階まで無事に生還。
「あとは起、爆するだけで、す」
彼女が腕から青白い稲光を出すと、地下通路のほうから小さな地鳴りとちょっとしたそよ風を感じた。
「今ので終わり?」
「はい。爆風は完全、にコントロー、ルされています」
「わたしたち、勝ったんだ」
「大勝利、です」
香織はもろ手を挙げ、彼女はやはりにこりともせず、ただガムを噛んでいた。だが、そんな彼女が口を開く。
「あなたはどうし、てここまでして、くれたのですか」
「え、だって仲間でしょ?」
暇だから、とは言えなかった。
が、あながち仲間だというのも嘘ではない。お互いにガム好きなのは明らかだし、短い時間とはいえ苦楽を共にしてきたのだ。
「仲間……」
初めて、彼女が感情を見せた。
表情は変わらなかったが、体を大きく震わせて、溢れるものをこらえようとしている。
「だからさ、ほら、わたしのガム、食べる?」
「そうですね。私のガ、ムも」
「えっと、食べないけど記念にもらっておくわ」
さんざんばら撒かれたガムだ。どんなウイルスがついていないとも限らない。が、記念品として持っておくには悪くないだろう。
香織はフルーツガムを一枚渡し、かわりに薄い水色のガムを一粒もらった。
彼女はさっそく、もらったフルーツガムを口に入れた。
ところが。
「グゲゲゲゲゲゲゲ!!!!!」
突如、彼女は奇声を発し、口から緑色の液体を吹き出した。
「ちょ、え、な!!!」
香織はとっさに避ける。
倒れこんだ彼女はなおも液体を吹き出し、どんどんしぼんでいく。
「な、なに、これ」
彼女の頭部が溶け切り、だんだんと姿を現したのは、全長三十センチほど、まるで何かの骸骨のようだった。
そう、細長い頭と大きなアーモンド形の瞳が特徴の、グレイ宇宙人にそっくりだった。
だが、その骸骨も溶けてしまい、後には彼女の着ていた服だけが残されていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます