10日目『文と修羅』お題:文体
『文と修羅』
■特殊作戦群開発部門第17班アシュラ計画レポートNo.104
本日より、アシュラ計画に入る。工程に遅れはなし。
・12:00
定刻に10人のサンプルが研究所に到着。
それぞれ個別に食事をとらせる。
・13:00
10人を互いに鉢合わせすることのないよう注意しつつ、 居室に移動させる。
今後も移動の際は気を付けること。
・14:00
移動の疲れを訴えるサンプルが数人。
体調の安定しているサンプルから順次実験を開始。
実験室に前のサンプルの痕跡を残さぬよう注意。
各サンプルの実験の詳細は別紙を確認のこと。
・20:45
予定通り、全員の初日の実験が終了。
精神安定剤と、敵の攻撃を想定した仮想電磁波によるショックを交互に与え、精神の強靭化をはかる。
ナンバー9とナンバー10に関しては、当初の成績通りアシュラが顕現。
今後は権限の時間を短縮する方法を模索。
目標時間は、空域での活動が継続される3秒。
ナンバー9は目標まで6秒、同じく10は7秒を短縮しなければならない。
同時に、ほかのナンバーのアシュラ顕現も急ぐ必要がある。
・補足
ナンバー9に関しては予定通り、わざと実験の痕跡を残しておく。
これによりナンバー10によるサンプル内での接触を誘発する。
この接触がアシュラ顕現に何かしらの影響を与えることを願う。
■特殊作戦群開発部門第17班アシュラ計画レポートNo.106
・08:00
朝食。
・10:00
予定通り、ナンバー1から順に1時間の実験を行う。
実験の詳細は別紙を確認のこと。
実験に参加しないナンバーは各自自由待機。
場合によってはスタッフが付き添い、レクリエーションや学習を行う。
・12:00
昼食。
ナンバー10が嘔吐。
医療班により、実験の影響はないだろうという所見が得られる。
胃腸薬を処方。まもなく快方に向かったため実験を予定通り行う。
・20:00
ナンバー10が予定通り、実験の痕跡に気づく。
目立った反応は見せなかったものの、ナンバー10の実験への意欲を確認。
アシュラ顕現が2秒も短縮される。
サンプルの性格を鑑みる必要があるが、
サンプル内の接触は好影響を与えることが実証できた。
今後も注視していく。
・21:00
本日の実験終了。
サンプルに順次食事をとらせ、就寝。
■特殊作戦群開発部門第17班アシュラ計画レポートNo.106
・08:00
朝食。
・10:00
予定通り、ナンバー1から順に1時間の実験を行う。
実験の詳細は別紙を確認のこと。
・12:00
昼食。
・20:00
ナンバー10が予定通り、実験の痕跡に気づく。
ほかに実験サンプルがいるのなら会ってみたい、と懇願される。
接触はさせられないと答えると、文通を提案される。
実験に影響が出ない範囲での文通を許可。
・21:00
本日の実験終了。
夕食ののち、就寝。
■特殊作戦群開発部門第17班アシュラ計画レポートNo.107
・08:00
朝食。
・10:00
予定通り、ナンバー1から順に1時間の実験を行う。
実験の詳細は別紙を確認のこと。
・12:00
昼食。
・21:00
本日の実験終了。
夕食ののち、就寝。
・21:45
ナンバー10より最初の手紙を渡される。
彼女の意思を尊重し、伝書鳩役を全うすることを約束。
ただし、万が一のことがあってはいけないと、文章を確認すると告げる。
ナンバー10の了解が得られたため、サンプル内での文通を開始。
文章を確認した結果、ナンバー10の言語能力に欠損を確認。
スタッフ内で協議の結果、本人の直筆文章とは別に、我々で解読した文章を同封し送ることに。
今後もこの対応を続けていく。
■■■
このま
だ
だから、
こんな
■■■
拝啓 おきたちせ様
お手紙、有難く拝誦致しました。文章を書くのが大変だということで、一枚の手紙を書くのにどれだけ苦労なさったことか、想像だに出来ません。同時に、会ったこともない私に手紙をくださったこと、非常に喜ばしく、幸甚の至りに存じます。
申し遅れました。
私、沖田知世と申します。おきたちせ、と読みます。なんという偶然でしょうか。私とあなたは同じ名前のようです。もしお嫌でなければ、あなたのお名前の漢字もお教え頂ければと存じます。
さて、私も幼少期より実験を受け、知り合いは施設の大人たちだけという境遇です。この点でも私とあなたは同じですね。おきたちせ様のお友達が欲しいという思い、何となくですが私にも想像出来ると思います。ただ私の方は言葉が出ないということはないのですが、実験の影響かいろいろなことに思いを巡らせることが苦手です。お手紙を頂いてここまで書いてきましたが、実をいうと施設の大人たちの助言を頂きながら、どうにかよくある言葉遣いであなたのお手紙に報いようと書いている次第です。
こんな私ですが、喜んでお手紙を続けさせて頂きたいと思っています。
実験に依る疲れもあるかと愚考いたします。
どうかお体にお気をつけて。
再びお手紙を頂けるのを楽しみにしております。
敬具 沖田知世
■特殊作戦群開発部門第17班アシュラ計画レポートNo.109
・08:00
朝食。
・10:00
予定通り、ナンバー1から順に1時間の実験を行う。
実験の詳細は別紙を確認のこと。
・11:00
自由待機時間中に、ナンバー10に手紙を渡す。
ナンバー10は喜ぶ。
なお、手紙の話題に関してはそれぞれをおきたちせ、沖田知世と記述し区別することにする。
沖田知世から、おきたちせの手紙が読みにくく時間の無駄なので、ある程度読みやすくしたものを渡せ、と要求される。
おきたちせの手紙は、スタッフが随伴して自由時間中に書くことを決定する。
そのため、実験までの間、行動を共にし手紙を書く作業にあたる。
・12:00
昼食。
・19:00
ナンバー9のアシュラ顕現が6秒まで短縮。
・20:00
手紙を書きあげるのが間に合わず、作業は持ち越し。
ナンバー10は残念そうにしていたが、返信が来たことによる精神的な安定がみられる。
実験においてもアシュラ顕現が5秒台で安定。
・21:00
本日の実験終了。
夕食ののち、就寝。
・21:30
沖田知世より、手紙の確認を受ける。
返事が執筆中であることを伝え、就寝。
・補足
ナンバー9とナンバー10に著しい進歩がみられる。
一方、ナンバー1から8に関してもアシュラ顕現を習得しつつある。
ここでの実験は有効だとみてよいだろう。
なお、戦局は不安定。
アシュラ顕現が3秒になったものから逐次派兵する予定である。
■特殊作戦群開発部門第17班アシュラ計画レポートNo.110
・08:00
朝食。
・10:00
予定通り、ナンバー1から順に1時間の実験を行う。
実験の詳細は別紙を確認のこと。
・12:00
昼食。
・19:00
ナンバー9のアシュラ顕現が4秒まで短縮。
もうじき派兵ラインである。
・20:00
ナンバー10のアシュラ顕現が3秒を切る。
しばらく様子を見て安定していれば派兵する。
・21:00
本日の実験終了。
夕食ののち、就寝。
・22:00
ナンバー10と手紙の作業の続き。
のち就寝。
■特殊作戦群開発部門第17班アシュラ計画レポートNo.111
・08:00
朝食。
・10:00
予定通り、ナンバー1から順に1時間の実験を行う。
実験の詳細は別紙を確認のこと。
・12:00
昼食。
・19:00
ナンバー9のアシュラ顕現が3秒を切る。
しばらく様子を見て安定していれば派兵する。
・20:00
実験前、手紙を受け取る。
ナンバー10のアシュラ顕現が3秒を切る。
しばらく様子を見て安定していれば派兵する。
・21:00
本日の実験終了。
夕食ののち、就寝。
・21:30
沖田知世に手紙を渡す。
以下、就寝。
■■■
沖田知世さん、久しぶりです。おきたちせです。スタッフさんといっしょにいいお手紙を考えていたらすっかり時間がかかりました。ごめんなさい。
沖田知世さんが沖田知世さんだというのをしってびっくりしました。おなじなまえの人って、こんなみぢかにいるんですね。おどろきです。できればわたしのなまえのかんじもおしえたいんですが、すっかり忘れてしまっておしえることができません。ごめんなさい。
そういえば、沖田知世さんとおてがみをはじめてから――といってもこれが2回目ですけど、実験の調子がすごくいいみたいです。アシュラけんげんをすると1日くらいまるまる眠ってしまうのでじぶんではわからないのですが、起きた時にけんげんのじかんがみじかくなってるよ、といわれるとすごくうれしいです。
それに、もう少ししたらはへいだ、って言われました。ついにてきとたたかう日がくるみたいです。がんばっててきをたおして、実験のせいかをみせつけてやろうとおもいます。
沖田知世さんのほうはどうですか。沖田知世さんも実験でいいけっかが出ているといいですね。わたしもがんばりますから、沖田知世さんもいっしょにがんばりましょう。もしいやみみたいになっていたらごめんなさい。
また、お手紙かきます。
おきたちせ
■■■
拝啓 おきたちせ様
お手紙、有難く拝誦致しました。お忙しい中、時間をかけてお手紙を書いていただけたこと、非常に嬉しく思います。
おきたちせの漢字がわからないとのこと、あなたが日々必死に実験に取り組んでいることが伝わってくるようで、私もあなたを目標に、日々研鑽を積もうと気を引き締めています。ですので、どうかお気になさらないようお願いします。
あなたの実験が非常に順調なようで、私も嬉しく思います。ですが、実は私も、最近は調子がいいんです。これも手紙の効果ですかね。先日はついにアシュラ顕現が3秒を切り、派兵が目の前まで迫っていることを告げられました。私も、実験終了後は一日ほど眠ってしまうのであまり実感が湧かないのですが、数字は嘘をつきませんから、お互いに自信を持っていきましょう。おきたちせさんと一緒に戦場で戦えることを願っています。
お互い、実験は最終段階を迎えているようですね。
お体に気を付けて、幸あらんことを。
再びお手紙を頂けるのを楽しみにしております。
敬具 沖田知世
■特殊作戦群開発部門第17班アシュラ計画レポートNo.112
・08:00
朝食。
・10:00
予定通り、ナンバー1から順に1時間の実験を行う。
実験の詳細は別紙を確認のこと。
・12:00
昼食。
・13:00
本部より通達あり。
本日のナンバー9のアシュラ顕現が3秒を切った場合、
ナンバー10の実験を中止。
9と10を同時に派兵する。
なおその際も、ふたりを直接接触させないように注意のこと。
・19:00
ナンバー9のアシュラ顕現が3秒を切る。
・20:00
予定通りナンバー10の実験を中止。
ナンバー9とナンバー10に派兵のための荷物整理をさせる。
・21:00
本日の実験終了。
夕食ののち、就寝。
■東部前線第34期戦果報告No.23
・0500
二日前に後方に派兵されていたナンバー10が、
戦地での最終調整を終えて前線に到着。
・0654
夜明けとともに戦闘開始。
・1328
状況終了。
ナンバー10はアシュラ顕現を想定通り発揮。
被弾しつつも最後まで健在、敵を多数撃破。
敵を全滅せしめることに成功。味方損耗率27%。
初の戦術的勝利として認識。
ただしナンバー10は被弾の影響でアシュラ顕現の能力を喪失。
実験場への送還を決定。
とはいえ以上の報告より、アシュラ顕現の戦闘における有効性は極めて高く、兵器として優秀である。ほかの前線でもナンバー9が、撃墜をされつつも大きな戦果を出していると聞く。
アシュラ計画へのより一層の注力を願う。
■■■
拝啓 おきたちせ様
いかがお過ごしでしょうか。お手紙を続けて出すのは不躾に当たるかと存じますが、私はいま戦場の後方にいます。二日前にここを訪れ、実験でまる一日を眠って過ごし、先ほど目覚めました。明日の朝、前線に向かい、戦闘に入るようです。
普通の人であれば恐怖や緊張を覚えるものなのでしょうが、前にお手紙に書いた通り、私は実験の影響であまりそういったことに思いが至りません。とてもリラックスしています。お手紙を読んだり書いたりしていた時は実験の副作用であると実感していましたが、戦場に立つことを考えるとこれも悪くありません。
ただ、万が一のことを考えると、どうしても最後に一筆執らなければと思った次第です。いま、おきたちせさんはどこにいるのでしょうか。もう戦地に向かわれたのでしょうか。
どうか、ご健勝で。
敬具 沖田知世
■■■
沖田知世さん、おひさしぶりです。おきたちせです。じつはついさっきまではへいされていました。お手紙がおそくなったのはそのためです。せっかくお手紙をふたつもいただいたのにごめんなさい!
わたしは沖田知世さんとはぎゃくで、起きたらせんちのこうほうにいて、実験をくりかえして、そのせいであまりじかんがとれなかったんです。いいわけはよくないですね。
でもでも。わたしはせんじょうでだいかつやくでした!
てきをぜんめつさせたんですよ!
みんなからもすっごくほめられました。
……っていいたいんですけど。
じっけんのえいきょうなんですかね、起きたらいきなりせんじょうのどまんなかだったんですよ。じゅうだんとか、火とか、よくわからないでんぱ、とかがびゅんびゅんとびかってて、わたしはすごくこわかったです。でも、また沖田知世さんにお手紙をかくんだ、っていうおもいでひっしにたたかいました。みかたのへいたいさんたちがもともとたたかってくれていたみたいで、すこしきずついたてきにとどめを刺していったんですよ。
そんなはじめてのたたかいですが、だいせいこうでした。
でも、わたしはあしゅらけんげんができなくなってしまったみたいで、また実験からやりなおしです。
沖田知世のほうはどうだったでしょうか。
沖田知世もげんきでいるといいな。
お手紙、たのしみにまってます。
■特殊作戦群開発部門第17班アシュラ計画レポートNo.134
・0800
サンプルは全員派兵されたため、朝食の準備はなし。
・1000
前線に出ていたナンバー10が帰ってくる。
沖田知世への手紙を受け取る。
ナンバー10を以前の居室に案内する。
・1100
スタッフで会議を設ける。
議題は、
・ナンバー10、おきたちせからの手紙をどう処理するか。
・ことのあらましを、どういうふうに説明するか。
結論が出ないことは明白なので、そのことを確認。
また、サンプルの精神状態を加味して、
今後はサンプル内での接触は禁止する方向で共通見解をとる。
ひとまず現状の情報を手分けして整理することに。
以下、別紙を参照のこと。
■特殊作戦群開発部門第17班アシュラ計画レポートNo.134(別紙)
・ナンバー10の処遇について
人命尊重の観点から殺処分はせず、今後も実験を続ける。
実験の内容は以前と変わらず、精神の分裂処理。
・ナンバー10にいかに説明するか
方法は模索中。
いかに、ナンバー10に伝えるか議題になるであろう内容をまとめる。
・敵について
異星体。
敵の特徴は攻撃火器ではなく、精神汚染を使用すること。
特殊な電磁波により人間の神経系に作用し、精神そのものを破壊する。
精神が破壊された人間は廃人になり、日常生活が送れなくなる。
もちろん、兵士としては使い物にならない。
・アシュラ計画について
敵の精神汚染に対抗するための唯一の措置。
ひとりの人間の精神をふたつに分け、恣意的に多重人格状態を引き起こす。
多重人格を宿した状態で精神汚染を受けても、片方の人格が弾除けとなって、もう片方の人格が生き延びる。
複数の顔と腕を持つ仏教の戦闘神・阿修羅になぞらえて命名。
現時点ではひとりの人間の精神をふたつにわけるのが限界ではあるが、今後3つ、4つと増やしていく方向で研究を進めている。
ただし、精神を分裂させると精神の機能までが分裂することになる。
ナンバー10は片方が言語能力を著しく失い、もう片方が感情の機能を著しく失った。
・アシュラ顕現について
分裂した精神が交代することをアシュラ顕現と呼称する。
アシュラ顕現には多少の時間がかかり、個体差がある。
派兵する目安は、3秒以内。
当実験施設では、このアシュラ顕現を円滑に素早く行えるようサンプルに措置を施している。
・ナンバー10について
アシュラ計画10人目のサンプルである。
本名は沖田知世。
実験によってふたつの人格を宿し、アシュラ顕現の成績もトップクラスであった。
特別サンプルとして、沖田知世のなかのふたつの人格を文通により接触させる実験が行われる。
便宜上、ふたつの人格をおきたちせ、沖田知世と記述し区別。
アシュラ顕現の時間が大幅に短縮されるなど効果あり。
ただし、戦闘後の処理をどう行うかが課題。
沖田知世の人格をふたたび分裂させるためには職員との信頼関係を築き円滑な実験参加が必要となるため、沖田知世からの手紙がないことを伝える際にはいっそうの慎重さが求められる。
・今後について
ナンバー10への対応は引き続き検討。
いっぽうで、分裂した精神同士の接触は改めて一切を禁止する。
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