2日目『最後の仕事』お題:努力があだになって、もっと厄介な破目におちいる状況をつくり出す
『最後の仕事』
気分は最悪だった。
こんなに仕事がうまくいかなかったことは初めてだった。
デビュー戦のウクライナでさえ、もっとうまくいったのに。
偽造パスポートの写真がわたしと別人だったと気づいたときは、山越えをして国に侵入した。奪った車がいきなり爆発したときは、傷だらけになりながらも飛び降りて一命をとりとめた。体一つで取り残されたときは、フルマラソンの距離を走破して一番近い町に潜入した。町で大勢の敵に囲まれたときは、武器を奪い、ゲリラ戦の要領で切り抜けた。戦闘が大ごとになり地元の警察官に追われたときも、警察官を返り討ちにし、パトカーを奪った。途中で乗り捨て、また車を奪い、爆発してもいいようゆっくりと走らせた。そんなことを二度三度と繰り返していくうちに、体の傷は増え、一方で武装のほうはいくらか潤沢になった。目的地である迎賓館への潜入がこの行程でもっとも楽だったというのは、なんとも皮肉な話だった。
ここまでして迎賓館に潜入したのには理由がある。
地下にわたしの相棒が拉致されている、という情報が入ったからだった。
相棒はほんの数日前、突如として姿を消した。数年間、現場を共にしてきた相手だった。彼女の実力はわたしがいちばん知っている。銃を構える美しさも、締め技のねちっこさも、時折驚くほど純粋になる笑顔も。
彼女はわたしの一番弟子でもあった。国のことはわたしがゼロからすべて教えた。
そんな彼女が、わたしに一言も残さず消えるなんて、とても思えなかった。
わたしたちの情報を狙っている何者かにさらわれたに違いなかった。
並大抵の敵ではない。
それはこの国に来て受けたおもてなしからもわかる。
きっと、何が何でも彼女から情報を聞き出そうとするに違いない。
もし、すでに拷問を受けているとしたら……?
普段の仕事ではまず覚えないような緊張と、吐き気と、寒気が、同時にこみあげてきた。唾を飲み込む。
かわいそうなあの子。
一刻も早く助け出してあげたい。
それができるのは、わたしだけしかいない。
わたしは迎賓館の地下に忍び込み、通気口から内部の大まかな構造を把握する。
残念ながら、彼女のいる部屋には通じていなかったが、おおよその目星はついた。
奪った手りゅう弾を改造してあちこちに仕掛け、携帯と同期させて複数個所を同時に爆破する。混乱に乗じて、奪った小銃を撃ちまくった。
虫のように湧いてくる敵をなぎ倒し、わたしはついに最奥の部屋に辿り着いた。
「大丈夫なの」
「遅かったね」
心配するわたしを迎えたのは、元気そうに銃の品定めをしている相棒だった。
「え……無事……?」
「うん、そうだよ。どこにもけがはないでしょ。それにくらべて、あなたは傷だらけだね」
どんな状況にあっても精神を乱してはいけないと訓練を受けてきたはずなのに、わたしの脳は真っ白だった。それだけわたしは、相棒に入れ込んでいたのだろう。同時に、わたしの判断力も鈍り切っていたのだ。普段ならこの国に潜入した時点で気づいておくべきことに、まったく気づかなかったのだから。
「そんな……どうして……」
わたしが見たのは走馬灯だった。
常に彼女が真ん中にいる、走馬灯。
初めて出会った時の頼りなさ。だが、銃の扱いや身のこなし、頭の回転などあらゆる項目で最高に近い評価をたたき出して無邪気に喜んでいた。初の実戦では子犬のようにわたしの後ろをついてきた。数年もすればすっかりたくましくなって、わたしのほうが助けられることも多くなったのに、それでも無邪気な笑顔を見せてくれた。
それらがすべて、幻だった。
「やっと気づいたの。そう、わたし、二重スパイだったんだ。あなたがさんざん派手なことをしてくれたから、世論を動かすのにはちょうどいいよ」
彼女は銃を構える。
わたしは銃をこぼす。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます