第6話Yの勘違い劇場1
●Yの勘違い1
木造校舎のなかで、氷の鼻歌が響いていた。
古い木造校舎であるが歴代の生徒たちによって常にピカピカに磨き上げられており、その輪郭は奇妙に丸い。そんな削られた小学校のなかで、氷は上機嫌であった。
最近、氷の機嫌がいい。
席替えをしてから、ずっと機嫌がいい。
その様子を氷の隣の席の津田雄二は興味津々で観察していた。でも、一体どうして機嫌がいいのかは雄二には分からない。
氷と雄二は、一年生の時からずっと同じクラスだった。
幼稚園は違うが、一年生から三年生まで同じクラスならば幼馴染と呼んでいい関係かもしれないと雄二は考えていた。
幼馴染。
最近、兄と一緒にアニメを見ていて知った言葉だ。
兄によると主人公と結ばれるヒロインは、たいていが幼馴染という属性らしい。属性という言葉が、雄二にはよくわからなかった。だが、氷はきっと雄二の幼馴染だ。
「ねぇ、雄二君」
氷が、雄二に話しかけてきた。
「男の子って、女の子がどんな格好したら喜ぶかな?」
氷の問いかけに、雄二は顔を赤くした。
てっきり雄二の思考が、氷に伝わったのかと思った。それで、氷が自分をからかったのかと思ったのだ。だが、よくよく考えればそんなことはありえない。
雄二は、できるだけ平静を装った。
「どうして、そんなことを聞くんだよ」
氷は綺麗な女の子だ。最近、よくそのことを意識する。
特に、彼女の笑顔を見ていると胸がどきどきするのだ。
氷が、雄二に顔を近づける。
それに、雄二は顔を真っ赤にしていた。
「あのね、好きな人ができたの。それでね、好きな服ってなんだろうなって」
雄二の耳元で、氷は囁く。
その言葉に、雄二は舞い上がった。
もしや、氷の好きな人というのは自分ではないかと思ったのだ。
氷は、どんな服を着ても似合うと思った。
可愛いし、綺麗だし。
そんなとき、結城がひらめいたのは兄の言葉だった。いわくメイド服は王道で最強。なにが王道で最強なのかは分からないが、黒くてフリフリしたメイド服は可愛い。氷に似合うと思った。
「メイド服かな」
その返答に、氷は驚いた。
雄二は、焦った。
女子にとってメイド服というのは、そんなに着る難易度が高い服だったのだろうか。いわれてみるとテレビでも着ている人は、ごくごくわずかだ。なぜか秋葉原にしかいない。兄も「こういうのは可愛い子しか着ちゃいけないの」とも言っていた。
可愛い女の子しか着ちゃいけない服――それがメイド服なのかもしれない。
だとしたら、氷は条件をクリアしている。
可愛いし、綺麗だし。
「メイド服って、どこに売っているんだろう……」
氷が困っているところは、そこだった。
雄二は、安堵する。
『可愛い女の子しか着てはいけない服について』の自分の考えは、氷に伝わっていなかったのだ。
「ドン・キホーテとかで売ってるんじゃないのか?」
なんてことがないように雄二は答えた。
雄二の言葉に、氷は顔を輝かせた。
「そうなんだ。ありがとう!」
氷は笑顔になったが、雄二はふと思った。氷はメイド服で学校に来るつもりなのだろうか、と。
翌朝、氷はメイド服で学校にやってきた。
案の定、氷のメイド服はすごくかわいかった。黒いフリフリのスカートに白いエプロン。頭には白いカチューシャが付いている。
「どうかな?」
氷は、雄二にメイド服を見せる。
「変じゃないかな?」
「へっ、変じゃないって。すっごく似合っている」
雄二の声は裏返っていた。
事実、氷のメイド服姿は似合っていた。
「よかった」
安堵する、氷。
その恥じらう様子すら、可愛らしいと思ってしまう雄二であった。
「これで写真をとってくれるかな?」
氷はそんなことを呟いた。
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