第4話あなたに差し出したのは

●あなたに差し出したのは


 氷は、白い息を吐く。

 

 外は、昨日と同じぐらいに寒かった。氷は冬生まれだから、寒いのには強い。けれども、寒さを感じないわけではない。手袋で覆った指先も、もうずいぶんと冷たくなってしまっている。それでも家に帰らないのは、一目でいいから結城に会いたいからだ。


 昨日は告白を断られてしまったが、それでも氷はあきらめていなかった。


 結城が、今学校でなにをやっているのだろうかと氷は考える。


 結城は、高校二年生。


 氷は、高校生がどのような時間割で動いているのかは知らない。部活というものをやっていることは知っているが、それがいつまで時間がかかるものなのかも分からない。けれども、ぽつぽつと学校から出てくる生徒がいるので、待っていればいつかは結城も校門を通るはずだ。


「結城さん、遅いな……」


 もしかしたら二年生は一年生よりも一杯勉強をするために、まだ授業中なのかもしれない。小学校も一番早く授業が終わるのは一年生だ。高校だって、似たようなものなのかもしれない。だったら、今帰っているのは一年生なのだろうか。結城は二年生だから、もっと時間がかかるものなのだろうか。氷は、そんなことを考えていた。


「暗くなる前に会えればいいけれど」

 

 学校で夜道を一人で歩くことは禁止されている。危ないからだ。でも、今日はきっと結城が一緒に帰ってくれるから大丈夫だろう。


「きゃあ!」


 氷の鼻先に、水滴が落ちた。


 空を仰ぐと、雨が降り始めていた。

 

 周囲の生徒たちは走り出したり、折り畳みの傘をだしたりと思い思いに行動している。氷は傘を持っていなくて、どうしようかと途方に暮れた。


 雨はどんどんと強くなっていき、ぶるりと氷は身震いをした。

 

 雨によって体温がどんどんと奪われてしまっていた。このままでは風邪をひいてしまう。だが、どうしようもない。校門の近くには雨を遮れるようなものもないのだ。雨は相変わらずふりそそぎ、氷の小さな体から体温をどんどんと奪っていく。


 突然、雨が降らなくなった。


 氷は自分の周囲だけが晴れたのではないか、というバカげた空想をした。


 だが、現実は違う。


「おい、傘を忘れたのか」


 上から降ってきたのは冷たい雨ではなくて、温かい結城の声だった。

 

 よく見れば、結城が氷に傘を差しだしていた。


 結城は、不機嫌そうな顔をしていた。氷の来訪をよくは思っていない顔であった。それでも、彼は傘を差しだしてくれた。


「はい。忘れてしまいました」


 氷がそういうと、結城は舌打ちする。

 

そして、傘を氷に握らせた。


「もう、帰れよ」


 結城は、校舎に帰ろうとする。


 その後ろ姿に、氷は声をかけた。


「あの!ありがとうございます!!」


 結城は、振り返らずに答えた。


「風邪をひかれたくないだけだ」


 結城の言葉に、氷は顔を輝かせていた。


 氷が恋した人は、やっぱり優しい人であった。


「やっぱり、大好き」


 氷はそう呟いた。

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