第3話雨のなかの少女
●雨のなかの少女
結城は、ため息をついた。
昨日、小学生に告白された。
そして、キスされた。
誤解を招いてしまいそうなので、キスされたといっても唇ではない。結城が寸前のところで避けたので、口の端でのキスとなった。頬へのキスのようなものである。唇へではなかったし、たぶんキスとしてはノーカウントだ。そうならなかったら、悲しすぎる。結城のファーストキスが、氷に奪われたことになってしまう。
それでも、見ている側としては真っ当にキスしているように見えたであろう。氷の顔も真っ赤であったし。
もう一度、結城は氷の顔を思い浮かべる。
整った顔が赤く染まる様は、とても可愛らしかった。可愛らしかったが、結城はロリコンではない。とてもではないが、性欲を伴うような好意は抱けない。つまり、それは恋の好意ではない。
「俺はロリコンじゃねぇ」
思わず呟く。
「よー、色男の結城クン」
幼馴染の勇がさっそくからかいにやってきた。今は放課後で、しかも勇は別のクラスだというのに暇なことである。
「小学生にキスされたそうだな」
結城は、勇のことを恨めしそうに睨む。
「されてない。避けた」
一応訂正すると、勇は「それはつまらない」とばかりに肩をすくめた。それにしても、特別に噂好きと言えない勇にまで話が伝わっているということは、噂好きの女子たちはきっとこの話にものすごい尾ひれをつけているに違いない。こういう話の宿命とはいえ、噂の渦中の人間としてはため息をつくしかない。
「せんぱーい」
教室に、少女が入ってきた。結城の学校はネクタイの色で学年を分けているが、彼女は一年生を表す赤色のネクタイをしていた。部活の後輩である米須壱の出現に、結城はため息をつく。
「先輩が小学校の女の子をおうちにお持ち帰りしたって本当ですか?」
壱の言葉に、結城は脱力する。
その反応に、壱は「やっぱりガセでしたか」と呟いた。
「どこをどうやったら、そういう噂になるんだよ」
「一年生の間では、もっと過激な噂になっていますよ」
壱は、結城に噂を指折り数えて教えてくれた。
「小学生と私に二股をかけてたとか。本妻の小学生がおしかけてきたとか。押し倒したとか」
社会的に殺されそうな噂まであり、結城は嫌になる。
だが、学校という閉鎖社会ではこういう噂は一種の娯楽として扱われてしまうので、火消しに躍起になればこれまた過剰な噂で上書きされることだろう。
「お前も、大変だな……。飴をやろう」
勇は、結城を慰めるように口の中に飴を放り込む。
その飴を舐めながら、結城は外を見た。外には今日も氷が来ていた。どうやら結城を待っているらしく、不安げに校門の前で待っている。
「もしかして、小学校が終わってからずっと待ってるの?」
勇の言葉に、結城は「たぶん」と答えた。
小学生が高校が終わる時間を知っているとは考えにくいので、彼女は自分の学校が終わってからずっと待っているという作戦に出ているらしい。外はまだ寒いというのに、ごくろうなことである。
「あと一時間もしたら、あきらめるだろ」
結城は、そう言った。
そうであってほしかった。
「でも、どうしてあと一時間?ここまでまったら結城まで粘ってもおかしくはないでしょう」
勇の言葉に、結城は「日没だよ」と答えた。
二月は、日が短い。
あと一時間もすれば夕暮れになり、さすがに小学生は家に帰るだろうと思った。
「あっ……雨です」
壱は、空を仰いで呟いた。
さっきまで曇り空だった空からは、大粒な雨が降り出していた。結城たちは、校門で持ち続ける氷の姿を見る。氷は傘を持っていないようで、困ったように校門の前でうろうろしていた。
それを見ていた結城は舌打ちをする。
席から立ち上がる結城に、勇は尋ねた。
「どうしたの?」
「傘を貸してやりに。風邪をひかれたら目覚めが悪いだろ」
結城の言葉に、勇と壱はぽかんとした。
そして、一緒に笑い出した。
「おまえ、やっぱりいい奴だよ」
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