三十二 Curtain Falls

もう今にも逃げ出したい気持ちで一杯だった。なんという最悪なタイミングで声をかけることになってしまったんだろう。

「ある事?いいですよ、すぐ済むならここで話しますか?」

「出来れば中に入れて貰えませんか、水か何か飲ませて頂きたくて」

すぐに夜鷹さんが機転をきかせなんとか光也さんの右手から斧を離すことに成功した。あのまま話を続けていたら……と思うとぞっとする。

「では中で。母は具合わるくて寝てるから会えないと思うよ。で、飲み物は紅茶でいいかな?」

「ありがとうございます、紅茶で大丈夫です」

光也さんは玄関から私たちを招き入れ、紅茶を点れる準備を囲炉裏の近くで始めた。

「それで、ある事ってなんですか?あの一連の事件に関することならもう聞きたくないですよ。もうすべて終わってるんだし」

「いえ、聞いてもらいます。それに、終わってもいません」

夜鷹さんが真剣な表情で光也さんに言い放った。そしてそれを聞いた光也さんの手が止まる。

「先に言いましょう、あなたがあの一連の事件の犯人です」

「へえ、面白いこと言いますね。真琴ちゃんは見たからわかるよね、犯人が自白して自殺したところをさ」

私に突然話が振られて困惑したけど、すぐに返した。

「はい、見ました。でも、太一さんにはたえさんも美香さんも殺せなかったんです。アリバイ的にも、残された証拠的にも」

すると光也さんは一瞬黙ったあと、こう言った。

「ふうん……それで、君たちは……仮に僕が犯人だと思ってるとして……どこまで知っているのかな」

急に、光也さんの態度が変わった。罪を認めたのかと、そう思った。

「少なくともゆいちゃんの事件以外はあなたが犯人、ってことです」

違う違う、と光也さんは俯いたまま首を横に振る。

「僕が言ってるのは、who、why、howのWhyのことだ」

「ワイダニットですか。それは恐らくあなたと同じくらい、もしくはそれ以上です」

光也さんは止めていた手をまた動かし、紅茶を全員分注いだ。そして、こう言った。

「まぁ、仮に僕が犯人って言うなら理由……つまりそれ相応の動機が必要になるわけだけど。君たちはそれを知っていると、そう言いたいんだね?」

私ははい、と頷いた。

「すべては太一さんへの復讐だったんじゃないですか。彼が親しかったたえさんを殺し、母親を殺し、最後には妹まで殺した」

うんうん、と紅茶を啜りながら余裕ありげに目を瞑っていた。

「そうだ、そうだよ。ご名答だ」

あっさりと自分の犯行を認めた光也さんは、手に持っていたカップをソーサーに置き、囲炉裏の脇に腰かけた。

「あの晩、僕は煮豆を作っていたたえさんの所に行って餅を焼いて夜食に食べようとした。そこで、ある事実を聞かされたんだけど……どうやら君らはその内容も知ってそうだね」

「ええ、すり替えの件ですよね」

うん、と頷き彼はまたカップに手を伸ばした。

「ちなみに、入れ替えが二度あったのも知っているよ」

えっ、と思わず声が出てしまった。

「もう白状するけど、僕がゆいちゃんを殺した後、手首の辺りにある火傷跡を見つけたんだ。たえさんたちは黙ってたけど、犯行後に有紗が負った火傷の場所を母から聞いて、確信したよ。ああ、僕は自分の実の妹を自分の手で殺めたんだな、ってね」

光也さんも、すでに残酷な真実……を突きつけられていた。

「するとさ、太一くんも自分の妹を事故で殺したことになるんだよね。もう、僕にはこの村が本当に呪われてるとしか思えない」

彼は窓の外をぼうっと眺め、虚ろな目をしている。

「僕があの晩、台所に行かなければ恐らくこの事件は起こしてなかったと思うよ。太一くんへの恨みが込み上げることもなかったんだ。そして、ゆいちゃんが死ぬことも。でも、今となっては何もかも遅い」

夜鷹さんは髪をかきあげ、額を摩った。

「光也さん、僕らはあなたを逮捕しようとか、そういうつもりは一切ないです。ただ、犯人を見つけて欲しいというゆいちゃんの最後の願いのため、確かめに来ただけです。だから、これからどうするかはあなたが決めてください」

そうだね、と背中を向けて返事をした。

「本当は裁かれるべきなんだろう。でも、それに見合うべき苦痛は充分に味わってると思うんだ。それに、母の面倒だって見なきゃならない。申し訳ないけど、僕はここに留まらせてもらうよ」

わかりました、と夜鷹さんは立ち上がり、コートを羽織った。

「ゆいちゃんも居なくなったから、もう多分会うことはなさそうですね」

夜鷹さんは背中を向けている光也さんに語りかけた。

「きっとそうですね。夜鷹さん、真琴ちゃん、お元気で」

家を出て、ナツさんの車へと歩いていると後ろから光也さんの声がした。

「おーい、ちょっと待ってくれないか」

その言葉に従って、しばらく玄関で立っていると、光也さんが両手に紙袋を持って出てきた。

「クッキーと紅茶の缶、持って行ってくれ。母が元気無くしてから食べなくてね。どっちも未開封だから毒の心配は大丈夫だよ」

ありがとう……と言いかけたところで、それを喉の奥へと飲み込んだ。

じゃあ、と言って光也さんは家に戻って行った。それを見送り、ナツさんの車まで行くと窓をノックした。

「あら、おかえりなさい。早かったわね」

「ええ、ナツさん今日は本当にありがとう。じゃあ駅までお願いします」

はあい、と言い車をUターンさせ、今度は下り坂を走り抜けていく。

「ついに……終わりましたね」

「終わったね。ようやくこれでゆいちゃんの墓前に顔向け出来るよ」

彼はそう言って狭い車内でうんと伸びをした。

「光也さん、すでに知ってたんですね。二度のすり替え」

「事件後に知ったって言ってたから、やっぱり知らずに殺してしまったんだね。それを知った時の彼の気持ちを思うといたたまれなくなるよ。ましてや自分の妹が理由でそれまでに人を二人も殺してるのに」

確かに、自分が確固たる確信を持って行っていた行為が突如覆された時、ましてやそれが殺人だったらと思うと、私の想像には及ばない程の絶望なのだろうと思った。

「夜鷹さん、これからどこに行くんですか」

「僕はこれからドヤを回りながら旅をしようかなって思ってるよ。折角失業したんだし、存分に楽しまないとね」

そうなると、しばらく夜鷹さんには会えなくなる。もとより、ずっと一緒にいた訳ではないけれど、何故かそんな錯覚に陥ってしまうほどこの事件は長く感じられた。

「そっか。じゃあこれで本当にお別れ……ん?前か後ろから救急車かパトカーか来てませんか?」

「あら、本当ね。救急車と消防車だわ。前から来てるわね。何かあったのかしら」

ナツさんもその音に気づいたらしく、車の速度を少し落とした。

消防車を先頭に、サイレンをけたたましく鳴らしながら数台の救急車とすれ違う。向かっている方角は……

「あの……まさか夜鷹さん、向かっ……」

夜鷹さんは指を立て、私の口に当てた。

「真琴ちゃん。光也さんのように、何も知らない方がいいこともある。すべてを知るのは時に残酷だ。それが真実なんだよ」

彼はそう言うと、また前に向き戻り窓の外を見やった。

でも、あれはどういう事なのかいくらなんでも私にだって分かる。しかし、彼の言う通り心の中で留めておくことにした。そして車は駅へと向かい、地獄のような事件が起こり続けた嘘塗れの、嘘に憑かれた村から離れて行く。

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