三十
私は辿り着いた真実に愕然とし、ただただ夜鷹さんを見つめることしか出来なかった。だって……それが事実なら……
「よ、夜鷹さん。光也さんが犯人って考えると……」
「ゆいちゃんの事件も彼が犯人だとするなら、光也さんは自分の実の妹を殺してしまったことになるね」
その事実に手が震え、全身から嫌な汗が吹き出し今にも倒れそうになった。太一さんは自分の妹を事故で殺してしまい、もしかすると光也さんも自分の妹であるゆいを……
「で、でもゆいの事件に関してはまだそうと決まったわけじゃ……」
「そうだね、彼女の事件に関しては持ってる情報が少なすぎる。一番紐解いてあげなきゃいけない事件が、解けない」
そう言って彼は口惜しそうに煙を吐いた。
「だから、僕はこの事件最後の嘘を光也さんに伝え、それを暴くことにする」
彼はきっぱりとそう言い、鋭い眼差しで私とゆいのお母さんの目を見据えた。
十一本目、一口目。
「恐らく光也さんはたえさんからあの夜にある事実を聞き、それがきっかけで犯行に及んだんだと思う。それは恐らく自分の妹……つまり有紗さんと美香さんのことだろう。自分の妹を事故で殺された上に、自分の父親を美香さんに殺されたことを知り、それを隠していたたえさんをまず殺した」
夜鷹は話を続け、灰をぽとりと落とした。
「次に、自分の父親の仇である美香さんを殺害。しかし、彼の目的はまだ達成されていなかった」
「ゆい、ですか」
いや、と煙を吐きながら答えた。
「そうじゃない。確かに殺したかったのはゆいちゃんかも知れない。しかし、一番苦しめたかったのは誰かというと、太一さんだ」
そこで私ははっとした。もし光也さんが有紗と友梨香の「二重」の入れ替えを知らなかったら……
「もしかして光也さんは、ゆい……を友梨香だと思って殺したってことですか」
「だろうね。そしてその事実を知って苦しむのは誰かと言えば、太一さんしかいない」
十一本目、二口目。
「つまり一連の犯行には隠れた一貫性があったんだよ。太一さんを苦しめる、ということにおいてね」
たえさんを殺したのも、美香さんも、ゆいも、すべては太一さんただ一人への復讐のためだったというのか……それはあまりにも酷くて、悲しくて、何も言葉が出なかった。
「そして、もう本人から聞くことは出来ないけど。僕を縛って隠したのは太一さんだ」
「えっ、どうしてわかるんですか」
それはね、と彼は三口目を吸った。
「ゆいちゃんの事件発覚時に僕を庇ってくれた時、彼は結び目を複雑に結ばれてる、と言ったんだけど、あの結び方は誰にでも出来る、簡単な固結びだった。つまり、彼は嘘をついていたんだよ」
「でもなんでそんなことを……」
「恐らく、真犯人がわかった上で僕を守ってくれたんだと思う。あれじゃあ、どう見たって僕が犯人だと普通なら疑われるからね」
なら、太一さんが最後に自分の首を切って自殺した理由は……
「じゃ、じゃあ太一さんは自分への復讐であると分かった上で自殺したってことですか……?」
うん、そうだね、と彼はぽつりと言った。
「そんな……」
すると夜鷹はタバコの火を消し、立ち上がった。
「僕はゆいちゃんとの約束を果たすために、もうここを出るつもりだ。真琴ちゃん、君はどうしたい?」
不安も、恐怖もある。でも、答えは既に心の中で決まっていた。
「行きます。光也さんに、自分の罪を認めて貰います」
「そうだね。じゃあ、行こうか。ゆいちゃんのお母さん、ありがとう、お邪魔しました。必ず、ゆいちゃんとの約束を果たします」
泣き腫らした目でゆいのお母さんはお辞儀をし、私たちを玄関まで見送った。ゆいのお母さんの為にも、ゆいの為にも、最後まで頑張らないと。
ゆいの家を出ると、夜鷹さんが私の親に出かけることを伝えるようにと私に言った。
「今日すぐに帰れる保証はないから、親御さんに知らせておいた方がいい。僕もあるところに電話をしておく」
「わかりました、メールで伝えますね」
歩きながらメールを打ち、夜鷹と並んで歩く。彼はどこかへ電話しているらしく、プリペイド式の携帯で誰かと話をしていた。それが済むとこちらへ向き直り、
「じゃあ真琴ちゃん、最寄りの駅からS谷村に向かおう。向こうに着いたら迎えが来るはずだから」
「迎えですか?」
「うん、ナツさんが来てくれるよ」
さっきの電話はどうやらナツさんへかけたものだったらしい。
「それで夜鷹さん、光也さんに言う嘘って一体なんなんですか」
ああ、それね、と言って彼は早足のまま言った。
「まあ嘘って言うよりは真実なのかもね。僕たちにとっては真実、彼にとっては嘘」
「それってつまり……ゆいのこと?」
うん、と彼は続けた。
「僕はね、正直言って彼に人を殺めたという罪を認めさせたいとは思ってはいる。だけどね、その相手が自分の実の妹であったことを伝えるべきか悩んだんだ」
つまり光也さんに真実を伝えるか、伝えずに罪を認めさせるか……ということか。
「でもね、ここで僕らがゆいちゃんのことを話さないと、それこそゆいちゃんに嘘をついてしまうことになる。だから、僕らには真実、彼にとっては嘘だけど……を話すつもりだ」
私たちには真実で、光也さんには嘘……真実と嘘は表裏一体で、かつ同時に存在し得るものなのだとこの時私は知った。
「駅に着いたらお弁当を買おう。長旅になるからね」
私はゆいとS谷村へ向かった時のことを思い出した。あの時もお弁当を買って、ゆいと一緒に食べたっけ。しかし今度は、ゆいはいない。
「私、いらないです」
彼はいいから、と言って無理やり千円札を投げて寄こした。正直食べる気は全くしなかったけど、夜鷹さんにも悪いし買うだけはしておこう。
最寄り駅に着くと小さいながらも売店があり、そこで駅弁や軽食が買えた。夜鷹さんはその中でも一番安いのを選び、私は何にしようかとショーウィンドウを眺めていた。
「真琴ちゃん、これなんか美味しそうだよ」
夜鷹さんがそう言って指さしたのは、ゆいが行きの電車で買っていたのと同じものだった。何の偶然かはわからなかったけど、言われた通りそれを買った。
「電車ももうすぐ来るね。間に合って良かった」
「そうですね」
数分後には警笛と共に電車がホームに入り、ゆっくりと停車してドアが開いた。席も大晦日に比べると圧倒的に空いており、すぐに座ることが出来た。
「さて、早速食べようか」
「……はい」
「元気ないね。まあ、そりゃあそうか。亡くした親友の本当のことを知ったんだもんね」
弁当の蓋を見つめたまま、私は押し黙っていた。
「僕ら最後の仕事だ。ゆいちゃんのためにも、もうひと踏ん張りしよう」
「……わかりました」
私は弁当の蓋を開け、中身を見た。あの時ゆいが美味しそうに食べていたものと、寸分違わないものだ。あの時ゆいは、どんな気持ちでこれを食べていたのだろうか。きっと、今の私の気持ちとは正反対であっただろう。
一口、箸でつまんで口に入れた。涙がこぼれそうになるのを堪え、嚥下する。
「真琴ちゃん、食べたら寝ててもいいからね。僕は電車で寝れないたちだから」
「ありがとうございます」
車窓からは、高層ビル群が見えていた。その足元の家々は、夕陽を浴びて煌びやかに光っている。それはビル群には与えられない、彼らだけの特権のようにこの時思えた。
「夜鷹さん」
「ん、なんだい」
彼は真正面を向いたまま答えた。
「光也さんに会って、罪を認めさせた後。どうするつもりですか」
「さあ。僕らは犯人を見つけるのが目的だからね。制裁を与えるのが目的じゃない」
「そうです……か」
私自身、光也さんに罪を償って欲しいとか、捕まえて刑罰を与えたいとかは思っていない。でも、罪を認めて欲しい気持ちは夜鷹さんと同じだった。
「僕は彼に任せるつもりだよ。自首するのか、黙って生きていくのかはね」
「私も、同じです」
そっか、と言って夜鷹さんはメモ帳をポケットから取り出しぱらぱらと捲り始めた。
私はそれを横目で見ながら、窓の縁に肘をついて目を閉じる。眠りにつくまで時間はかからなかった。
ゆい、友梨香、有紗。すべての情報と記憶がごちゃ混ぜになった夢に苛まれながら、私はしばらく意識を失った。
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