二十九

泣いていたおばさんはそれを聞いて、さらに悔しそうに嗚咽を漏らした。

「でき、できません……」

「何故ですか。ゆいちゃんの為にも、僕は彼女が背負っている嘘の膜を解き破ってあげたいんです」

おばさんは尚もできない、それはできないの、と泣きながら土下座までした。

「お母さん、まず一つ目の嘘をここで暴きます。これはきっとあなた方が架した嘘であり、それをあなた方もよく理解しているものだ」

やめて、やめて……と正座する夜鷹の膝に泣きついた。

「ゆいちゃんは、あなた方夫婦の子供ではない。栄吉さんと美香さん、正確には美香さんと健太さんの子供だ」

「う、うぁ……ぁああぁぁ……」

その話については、夜鷹と議論をしたこともあった。やはりそれは、本当だったらしい。

「そしてこの嘘はあなたを含む大人たちと、たえさんによって吐かれたものだ。これは間違いない」

「違います……ゆいは……私たちの……娘です……」

「ええ、そうでしょう。それは間違いありませんよ。きっとゆいちゃんだって今でもそう思い、誇りに思ってるさ。でも、僕が言ってるのは生みの親の話だ」

「……」

おばさんは何も言わず、夜鷹の話を膝にすがりついたまま聞いていたらしい。夜鷹の太ももに爪を立てて、黙っていた。

「そして実はこの話には一つではく、二つの嘘が……上書きされてつかれていたんだ」

「えっ、夜鷹さんそれって一体どういう……」

お母さん、と夜鷹は彼女を起こした。そして何を言うかと思ったら、

「この家、誰かタバコ吸ってますよね。匂いがついてる。出来れば僕も吸いたいんだけど、いいですか」

とタバコを吸わせてくれと所望した。これには流石に私もおばさんは顔を見合わせ、困惑した。しかしこれのお陰で一瞬ではあるけど張り詰めた緊張が解けたことは事実である。

おばさんから灰皿を受け取った彼は九本目に火をつける。やはりいつもと同じジッポライターを使っていた。

九本目、一口目。紫煙を吐き出す。

「さて、続きです。その二つの嘘のせいで、ゆいちゃんも太一さんをも余りに酷く混乱させることになってしまった」

「夜鷹さん、その二つの嘘って何なんですか?それになんで太一さんが混乱するんです?」

「うん、順に解いていこうか。まず、大人たちがついた嘘についてだ。実はこれを暴くためというか、答え合わせするために母子手帳が必要だったんだけどな」

「……持ってくるので、待っててください」

「ありがとうございます、お手数かけてすみません」

おばさんが席を立ってすぐ、私は夜鷹に聞いた。

「その嘘っていつ気付いたんですか?」

「ああ、それはさっき。君が有紗さんが生きてたら〜なんて言った頃かな」

「どういうことです?」

「実はね、ゆいちゃんと有紗さんの誕生日は数ヶ月差でほぼ変わらないんだ。そしてゆいちゃんが養子に出された時期と、火事が起きた時期もこれまた同じ。そして、健太さんが殺害された時期の半年後にその二つのイベントが同時に起こってる」

「……よくわからないですけど、つまり何なんですか?」

「つまり、有紗さんは火事によって亡くなり、ゆいちゃんが養子に出されたという事実がそれに大きく関わっている可能性が高かったんだ。というより、それが確実なことにさっき気付いた」

九本目、二口目。

「でも貴美子さんは太一さんが有紗さんを殺したって……」

「太一さんには火事の際に煙を吸い込んだため、入院していた過去があったそうだよ」

「えっ!なんでそんな大事なこと……」

「ごめん、勝手に関係ないと決めつけてたよ。あっ」

するとおばさんが手に古びた手帳を持って二階から降りて来ていた。

「これよ、どうぞ」

「ありがとうございます、さて」

そういって彼は最初のページを捲り、うん、と頷いた。そしてそれを見るようにと私に手渡した。

「母親……青島美香。やっぱりそうなんだ」

「よく見て、ゆいちゃんの名前のところ」

「ゆいの名前……?そんなの……見当たらない……えっ」

そこには、青島友梨香と書かれていた。夜鷹は灰皿にタバコを押し付け、言った。

「彼女は元々青島友梨香という名前だったらしい」

「そうだったんですね……友梨香、か」

はるか昔のことではあるけど、ゆいの過去にようやく一歩近づけた気がした。

「そして、彼女の生育欄のところも見て。右手に火傷ってあるでしょ」

「ありますね」

「それは恐らく火事の際に負ったものだ」

「はぁー、なるほど……って、なんでゆいが火傷を?有紗さんなら分かるけど」

そうすると一歳のゆいが、火事の時に酒田家にいたことになる。自分の家が火事になったなら火傷の理由としては納得できるけど……何故よりにもよって貴美子さんの家なんだ?

「うん、そこが大人たちのついた最初の嘘なんだ。彼らは友梨香……つまりゆいちゃんを養子に出す際に一度坂田家に寄っていた」

「何故ですか?」

「それはね、ゆいちゃんと有紗さんをすり替えるためだ」

「……は?」

私は口をあんぐりと開け、しばらく黙ってしまった。あまりの衝撃に、喉から言葉どころか声すら漏れない。

「つまり、彼らは望まれない子だった友梨香さんが本当は欲しくなかったんだ。でも、子供は欲しい。じゃあどうする?答えは簡単だ、同じ歳の子供とすり変えればいい」

「そ、そんなのバレますよ普通」

「だろうね、特にバレたらまずいのは貴美子さんと光也さんだ。だから彼らは、ある作戦を立てた」

私は固唾を飲んで、恐る恐る答えた。

「家に火をつける、ですか」

夜鷹は十本目のタバコを手にしていた。かちりと音を立てて、煙が立ち上る。

「そうだ。火をつけて、どさくさに紛れて入れ替える。そしてあとは有紗さん……を殺してしまえばいい」

「でも……そんな。酷すぎるよ、そんなの」

「そして、実際にすり替えは起こった。手早く服を着せ替えたんだ」

夜鷹の言ってることが理解できない、理解しようと努力しても頭が追いつかなかった。

「でも、その証拠は……」

「一応、ある。ゆいちゃんには右手に火傷の後があったそうだ。そしてその手帳にも書いてある通り、一致する」

「え、でもそれだと入れ替わってないですよね?」

「ああ、この情報だけだとね。彼らは、風呂場に有紗さん、そして囲炉裏近辺にゆいちゃん……いや、混乱するから友梨香さんと呼ぼうか……を、寝かせて服を家事に乗じて着せ替えていた。しかし火は予想より早く延焼してしまい、大人たちは慌てて避難。そして残された有紗さんは熱くなった風呂桶で右手を酷く火傷した」

ようやく理解が追いついたとき、私は戦慄した。だって、その情報からすると、ゆいは……いや、最後まで夜鷹さんの話を聞こう。まだ、きっと希望はあるはずだから。

「そしてそこで勇敢な太一さんが助けに来たんだ。しばらくして彼は二人を抱えて戻ってきたけど……太一さんの手元には一人首の骨が折れた赤ちゃんがいたそうだ」

「それって……どっちなんですか」

「その赤ちゃんは有紗さんの服を着ていたそうだよ」

そ、そうだよね。そうじゃないと今までの情報や証言がすべて嘘ってことになっちゃう。そしてやっぱり恵という人物ははゆいだったんだ。

「やっぱり友梨香がゆいだったんですね」

「ここで二つ目の嘘だ」

私は嫌な予感で胸騒ぎがした。とにかく、ここから先は聞かない方がいい、でも聞かないとゆいの嘘を暴けない。その葛藤で頭がおかしくなりそうだった。

「太一さんは火事の中、二人の服を入れ替えたんだ」

「あ、ああ……あああ……」

馬鹿な私でもすぐにわかる、そんなの。つまり、その時死んだのはーーで、つまりゆいは……友梨香は……

「つまり右手に火傷のある、有紗さんの服を着た、有紗さんが生き残ったことになる」

おばさんが私の後ろでくずおれてしまったから、慌てて抱き起こした。

「恐らくこの事をたえさんとかは薄ら知っていたんじゃないかな。火傷と、二人がどこにいたか、最初にどちらの服を着ていたかを知れば分かることなんだよ」

「じ、じゃあ……太一さんは……」

「ああ、殺したってのが貴美子さんの言う通りなら。彼は火事の中で自分の妹を殺したことになる」

「うぅ……うぐっ……」

十本目、一口目。

「本当に悲しい事件だよ。何がって、太一さんはまさか自分の妹を殺してしまったなんて露ほども思ってないんだから」

「そ、そんな……」

十本目、二口目。

「でもね、さっきも喫茶店で言った通り、太一さんが犯人とは僕は思えない。辻褄が合わないんだ。美香さんの件にしてもそうだし、たえさんの件もだ」

ううん、と私は唸って頭を垂れた。夜鷹さんの話を信じるならば、残された犯人候補は栄吉さんとナツさん、光也さんになるわけだけど……

「美香さんの事件から見ていこうか。美香さんの事件当時、あの村に居たのは光也さん、太一さん、ナツさん、貴美子さんだ」

「そうですね、でも貴美子さんにはアリバイがありますよ」

うん、と夜鷹さんは頷き煙をくゆらせた。

十本目、三口目。

「つまり残るのは太一さん、光也さん、ナツさんだ。そこから太一さんを除くと二人になる」

となると光也さんか、ナツさんが真犯人ってこと……?にわかにはとても信じられないことだった。

「次にたえさんの事件。真琴ちゃんの話を聞く限り、夜中に寝室から出ていた人物はナツさん、もしくは太一さんか光也さんだね」

この事件もやはり、太一さんを除くと同じ二人が残った。あれ……?ちょっと待てよ……


「そして、真琴ちゃんが栄吉さんから聞いた証言によるとナツさんが台所を出た1時30分から2時の間に部屋を出た人物たちがいるね。そしてそこから太一さんを除くと一人だけになる」


私は思わずその真実に腰を抜かしそうになった。だって……残ったのは……


十本目、四口目。


「残るのは光也さんだけだ」

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