二十八閑話休題②
目的の場所を知るはずもないのに夜鷹はせっせと前を歩き、私を置いていく勢いで先に進んでいた。
「ちょっと夜鷹さん!あなたゆいの家の場所、知らないでしょ!」
「うん、知らない。でも合ってるんでしょ」
「ええ……そうですけど。なんで知ってるんですか」
「だって違うなら違うって真琴ちゃんなら後ろから大声で言ってくれると思ったからさ」
「心理ゲームしてるんじゃないんですから、大人しく私に着いてきてくださいよ」
ごめんごめん、と言って夜鷹はようやく後ろに回った。
「というより、そんなに急ぐ必要無かったですよね」
「多少はある、かな。もしかしたらゆいちゃんの家に卒業式が終わった先輩方が押し寄せてくるかも知れなかったろう」
それはない、と言おうとしたがやめた。別に何が意味があったわけでもなんでもないけど、イエスともノーとも返事をしないことを選んだ。そのことについては嘘をつきたくなかったし、かと言って真実も口に出したくなかったから。
「こっちです、私の家からそんなに離れてないからすぐですよ」
「へえ、少ししかみてないけどいい街だね。暮らしやすそうだ」
「そうでもないですよ。ごちゃごちゃしてるし、近所づきあいは面倒だし。いい所はコンビニが近いことだけ」
ふうん、と夜鷹は不思議そうに唸ると顎を撫でて街を眺めながら私に着いてきた。そしてしばらく歩いて私の家の前を通り、数分後にはゆいの家の前に着いた。
「真琴ちゃん、ここかい?目の前にある家がそう?」
はい、と答え目の前にあるゆいの家を見上げた。二階の手前に見える場所が生前ゆいが暮らしていた部屋だ。窓は桃色のカーテンで遮られており、中は見えない。
そういえば、ゆいのご両親に会うのはお葬式以来だ。あの時はあまり話が出来なかったけど……今日はきっとすべてを話さないといけないし、聞かないといけないと思う。
「呼び鈴、押しますよ」
「うん、お願いするね」
意を決して呼び鈴を鳴らす。ピンポーン、と二回ベルが鳴り、足音と共に玄関がゆっくり開いた。
「あら……真琴ちゃん」
「おばさん、こんにちは」
「わざわざ来てくれたのね。ありがとう。あら……隣の方は?」
「大晦日の日にS村に迷い込んだって人です、もしかして誰からも聞いてないですか」
「ああ、栄吉さんが言ってた方かしら。皆がお世話になった上にご迷惑までお掛けしてしまって……」
「いえ、とんでもない。僕の方こそ、一緒にいたゆいちゃんを助けられず本当に不甲斐ないです。申し訳ありませんでした」
いえ、とおばさんは曇った表情で細々と言った。
「仕方ないわ。あなたも被害に遭ったって電話で聞いたもの。それより、まだ外は寒いしせっかくだから中に入って。あの子もきっと待ってたと思うの」
「はい、失礼します」
私は玄関に入ってすぐ懐かしいゆいの家の匂いで頭が少しふらついた。夜鷹がそれに気づき、慌てて支えてくれた。
「大丈夫、真琴ちゃん」
「ええ、大丈夫です。夜鷹さん、入りましょう」
先を行っていたおばさんの後に続き、リビングへと進んだ。そこには仏壇と、もちろん以前はあるはず無いゆいの遺影があった。
「お線香あげてくれるときっと喜ぶわ」
「はい、失礼します」
私は仏壇の前で正座して、一本のお線香に火をつける。そして時間をかけて、すべての感情と想いを込めて頭を下げた。
ありがとう、ごめんね、全部をごちゃ混ぜにして、今は亡きゆいにぶつけた。涙が溢れない訳なんて、なかった。そんな私の肩をおばさんさすってくれて、尚更涙が零れた。
「ごめんね、ゆい。ごめん、あなたの本当のこと分かってあげられなくて」
「真琴……ちゃん」
おばさんが、私の名前をぽつりと呟いた。そして私は顔を上げ、おばさんに抱きついた。そして、ゆいが死んだのを見た時以上に、わんわん泣いた。心の糸がぷつんと切れたように、すべてが弾けて制御が効かなかった。
「ごめんね……ゆい……うわぁぁああぁ……」
おばさんは何も言わず、私を抱き締め返してくれた。それでさらに私は泣き叫んだ。辛いのは私だけじゃないのに、そんなことなんて忘れてしまって。
後ろでは、夜鷹もゆいにお線香をあげていたらしい。夜鷹の、あの優しい声が私の泣き声に混じって聞こえてくる。
「ゆいちゃん、君は最初、僕のことを思い切り殴ったの覚えてるかな。あの時僕はびっくりしたけど、理由を知ったら本当に申し訳なくなった。だって、君の大切なお婆さんが亡くなって、僕が来なければ助かった可能性があるかも知れないと君は思ったんだから。でも君はそのあと謝ってくれて、仲直りまでできて僕は嬉しかった。そして、最後には僕を匿って助けてくれようとまでした。君は優しくて、正しくて、勇敢な人だ」
それを聞いていたおばさんが、微かに泣いていた。最初は肩を揺らしていただけだったのが、ついには地面に伏せて泣きじゃくっていた。私は後ろからもう一度おばさんを抱きしめて、一緒に夜鷹の……ゆいへの懺悔、いや。決意の言葉を最後まで聞いた。
「そんな清く正しい君は、自分を嘘つきだと言った。僕はそんなことは絶対に思わないし、認めない。君がなんと言おうとだ。だって、嘘つきは自分のことを嘘つきって言えないんだぜ?」
パラドックス。Aは嘘つきで、必ず嘘をつくとする。するとAは自分が嘘つきだとは言えない。「私は嘘つきだ」ということが嘘になってしまうからである。
「それにね、僕は君のような誰かを守ろうとする心優しい人が自分を傷付けることを言うなんて、信じられないよ。それこそ嘘だ。僕は絶対に信じない。だからね、ゆいちゃん、先に謝るよ。僕たちはこれから、君に架せられた嘘を暴こうと思う」
架せられた……嘘……?ゆいがついていた、ではなく……?
「この嘘は君が意図してついたものじゃない。人がついた嘘を君が背負い、それを肩代わりしてしまっているだけだ。どうやら君はそれを自分の嘘だと誤認していたみたいだけど、それは勘違いだ。君は嘘つきじゃない。いいかい、君は嘘つきじゃないよ」
その最後の言葉は、生きている時のゆいに夜鷹の口から一番聞かせたかった言葉かも知れない。
「お母さん」
夜鷹が泣きぐずるおばさんに向き直り、髪をかきあげて凛とした眼差しで、言った。
「お母さん、どうかゆいちゃんの母子手帳を見せて下さい。僕は今からそこに記された事実を元に、ゆいちゃんに架せられていた嘘を暴きます」
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