十四

「言ってる意味が分からないんですけど」

いきなり嘘つきになれ、と言われたところでなれる訳が無い。体が拒否するだろうし、何より嘘というのは必要がないのに、無理をしてまで吐くものじゃないんじゃないか。

「いいかい、君はゆいちゃんを信じてやれなかった。だから自分は嘘つきだ、と言ったね」

「言いましたね」

「だから、それを嘘から出た真にしよう、って話までは分かる?」

「なんとなくは」

「その手段と方法として、君にはこれから嘘をついてもらおうと思うんだ」

「……それ本末転倒じゃないです?」


三本目、二口目。


「昨日話したこと、覚えてるかな。優しい嘘と真実の話だよ」

「覚えてますよ、一応は」

「真実はさ、伝えた結果自分にも利益か不利益、相手にも利益か不利益が与えられるって言ったよね」

「ええ」

昨日はいまいち納得できなかったけど、その話も今なら理解出来る気がする。

「優しい嘘はね、自分に利益。相手には利益か不利益のどちらかなんだ」

「まあ、言われてみればそうかも知れないですけど……」

確かに優しい嘘をつかれて、不利益だけしか被らないってことはない、かも知れない。何故だろう、今ならそう思えた。


三本目、三口目。


「きっと宗田さんは、騙されることに着眼しすぎてたんだと思う。特に、相手だけが利益を得ていることにね」

「私は相手が得る利益だけを考えていて、与えられていた自分の利益を考えていなかった、ってことですか」

「つまりはそう」

すると、と言って夜鷹はタバコを灰皿にしまった。チェーンスモーカーなのか、黙って四本目に火をつける。


「すると、どうだろう。相手と自分が不利益を被った場合の真実と、相手と自分が利益を得た場合の優しい嘘。どちらが結果的に良いと思う?」


目から鱗が落ちるのが、自分でも分かった。

ほろり、と両目から零れ落ちる。

夜鷹はそれを見て優しく微笑みながら、四本目の一口目を吸った。


「私、間違ってたのかな」

「そんなことはないさ、別の見方を知らなかっただけだよ」

夜鷹は否定することなく、ただおどけて笑ってみせた。

「さて、とにかくそう決まったら犯人探しだ。しかし、残念だけど僕は一旦警察のお世話になろうと思うよ」

「えっ、どうしてですか」

「犯人に襲われた以上、もう逃げ回る必要はないし捕まっていた証拠も、証人もいるからね」

「そう、ですか」

先導してくれるかと思った頼もしい船長が、いきなり下船宣言をした。これは私にとってかなり勇気と自信を削ぐ事態であった。

「もう行くんですか」

「いや、ここをある程度調べてからにしようと思う」

そうだ、ここは殺人のあった、ゆいが殺された現場なのだ。犯人を捕まえる以上はしっかりと捜査しないとならない。ゆいに吐いてしまった嘘を真実に変えるため、ゆいに想いを伝えるため。そして、彼女との約束を守るため。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る