「ここがその家なのかい」

玄関の扉の鍵は開きっぱなしだったから、特に困ることなく目的の家の中に入ることが出来た。田舎では鍵を掛けない風習が地域が多いって聞いたけど、ここも例に漏れずそうだったらしい。

「へえ、ここにも囲炉裏だ。ゆいちゃんの家よりはいくぶんか小さいけど、やっぱり風情あっていいね」

「うん、やっぱり木造はいいよね。心が休まる。私が言うのもなんだけど、この際だから囲炉裏、使いたかったらどうぞ」

ありがとう、と言って夜鷹は囲炉裏を囲むようにして置いてあった座布団の一つに座った。

「さて、どうしようかな。とりあえず美香さんのは警察が優先してやってくれるだろうから、僕たちはたえさんの事件を先に調べようか。警察はまだ着手してないみたいだし」

「……ですね」

夜鷹は私が何か考え込んでいるのを察したのか、喋ることを少しやめた。そして、しばらくしてからゆっくりと話し始めた。働きアリの話をしてくれた時のように、優しい口調で。

「宗田さん、この世で一番残酷に成りうるものってなんだと思う?」

その質問に、私はゆいによく聞こえるようにわざとらしく大声で答えた。しかし、声は震えていたと思う。

「……嘘、じゃないですかね」

「いや、そうじゃないんだ。実はそれと対極にあるものこそ最も残酷になる可能性を秘めている」

「真実、ってことですか」

うん、と言って彼はしわくちゃになってしまったタバコの箱から一本取り出して、ジッポライターで火をつけた。そして満足そうに一口目を燻らせる。

「そう、真実。普通なら、常に真実を語られた方が嬉しいよね。そりゃそうだ、いつもくだらないことで嘘を言われたら誰だって嫌になるよ。ただし、嘘だって常に害って訳じゃない」

「……私はそうは思いませんけど。真実を聞かされた方が、誠実さも伝わってくるし、何より話してくれたことが嬉しいです」

うんうん、と夜鷹は頷いてまた煙を吸い込む。

一本目、二口目。

「じゃあさ。俗に言う優しい嘘ってのは、どうかな。それは宗田さんを守るためについた嘘だよ」

私の一番嫌いなものだった。実にくだらない、優しい嘘とやらだ。

「例え守る為であっても!嘘を吐くってことは、騙すってことだ!優しく騙されたって何も嬉しくなんかない!結局騙す方は自分が楽になろうとしているだけで、人の気持ちなんて考えてないんだ!」

夜鷹は怒鳴り散らす私を見据えて黙って聞いていた。

一本目、三口目。

吸い込んだと同時にタバコの灰がポタリと彼の膝に落ちる。彼は黙って私の言葉を聞いていた。

「優しい嘘っていうのは、それは、相手が可哀想だから吐くんじゃない!可哀想な相手を見てらんない自分が辛いから吐くんだ!結局自分本位なんだ!」

うん、と言って夜鷹はようやく落ちた灰を手で払った。そして持っていた携帯式灰皿に吸い殻をねじ入れる。

「そうだね、本当にその通りだ。君は何故かは分からないけど嘘の本質をよく理解している。そんな君にこんな事言うのもはばかられるんだけど」

「……なんですか」

彼は二本目に手をつけた。

二本目、一口目。

「嘘をつくっていうのは、必ず、必ずだよ。ついた本人に何らかの利益もしくは得が発生するんだ。それくらいは流石に分かってるだろうけどね」

「そうですね、騙すんですから。利益が発生しないことには嘘たりえませんよ。それに、相手に不利益を被らせない嘘も存在しません」

二本目、二口目。

「そうだ。宗田さんは嘘について本当に、芯まで理解している。ただ芯まで理解し過ぎた故に、真実の方を疎かにしてしまっているみたいだね」

「夜鷹さん、馬鹿にするのもいい加減に……」

「いいかい」

ぴしゃりと、強めの口調で止められた。凄んだ顔が怖くて、思わず息を飲んだ。

「真実ってのは、それを伝えた結果相手に利益も、不利益も与える可能性があるんだ。そして、伝えた本人にも、必ずどちらかが与えられる」

言い終わると、夜鷹の顔がまた柔和な普段の顔に戻っていた。

二本目、三口目。

「だとすると、こういう事が起きる。真実を伝えた本人に不利益が。伝えられた人にも不利益が。その不利益の大きさは、もちろん人によって違うことくらいは分かるよね。つまり伝えた側と受け取り側でもその大きさ、影響力は違う」

夜鷹の言っている意味が、わからない。理解出来ない、というより頭が理解しようとしない。してくれない。否定しないと私の根本にある何かが壊れそうになる。

「つ、つまり何ですか」

二本目、四口目。

「君は、互いに最悪の結果が訪れるとしても、それでもなお真実を聞くことを望むのかい?」

言葉が出ない、喉から出てこない。否定しなきゃいけないのに、呻くことしか出来ない。嘘こそ悪で、真実こそ善なんだ。例えそれが最悪の結果をもたらそうと、正直に生き、話し、聞いてこそなんだ……

「う、う……」

「真琴……大丈夫?」

「うるさいっ!!」

気が付けば、もう家から飛び出していた。後ろを振り返ることもせず道をひた走り、たえさんの家の寝室へと戻る。

なんとか部屋に戻ったが息切れが激しく、足もふらつき今にも目の前が真っ暗になりそうだった。もう、限界だ。

自身が信頼していた友人に根本から裏切られただけでなく、自分の一番否定されたくない、ごちゃごちゃに掻き回されたくない部分を真っ向から殴られ、蹂躙されたことに怒り、悲しみ、ただ呆然とした。

「結局、二人ともただの都合のいい嘘吐きじゃないか……」

膝からくずおれる形で布団に倒れ込むと、意識は自然と遠のいた。自分の昂りすぎた感情を抑えるためなのか、それともすり減った精神の自己防衛なのかは分からないけど、強い眠気に襲われ、そのまま私は深い眠りに落ちた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る