地下の攻防
一行はスピカを先頭にして三階から二階、そしていよいよ一階へ。
そこへ階下の誰かが叫んだ。
『こっちにもいたぞ!!』
吹き抜けの階段を駆け下りていれば気づかれないはずがない。時を置かず、血気に逸る一隊が殺到した。
最初の一機が戦斧を肩に躍り掛かる。スピカを見かけで侮ったのか、まるきり隙だらけだ。
しかし彼女のスピードは、彼の想定のはるか上をいく。
体重を乗せた槍の一撃が顔面を潰し、後続ごとドミノ倒しにした。反撃の暇を与えず踏み越えていく一行。
だがその行く手に、新手が待ち受ける。
ライフルを構えたその大股をスピカは潜り、さらに後ろの機体の股下に槍を突き立てた。小柄な彼女ならではの戦法だ。戸惑う先頭の機体は、理緒がパイルを突き刺し転倒させ、ディアナが止めを刺す。
スピカは三体目との戦闘を始めていた。ところがその後ろに、さらなる増援が姿を見せる。
『きりがない……!』
うんざりと理緒がぼやく。梓真も同感だった。
狭い階段では、戦い方にも限界がある。そのうえ数を頼みにされては、いずれ消耗しきってしまうだろう。
敵は機体も装備もバラバラだが、団結力と士気は高い。守備組に対する恨みだろうか? 上階から来た理緒たちは、彼らにすれば守備組に見えるはずだ。
『とにかく、目の前の敵に集中して』
静かにスピカが諭す。今は彼女に従うしかない……?
(いや、これじゃ……)
梓真の胸に不安が芽吹く。
無限に現れる敵との戦い――その結果を、昨日体験したばかりだ。
画面の向こうには、突き上げる奔流に抗う三機のオルターの姿がある。
構え、舞い、刺し、叩く。
鉄と鉄がぶつかり、銃弾が飛び交う。暗い隘路に不快な音が轟きわたる。
その向こうから、光明が形となって顔を見せた。銀色をした双子の機体だ。
一体がその図体で階段の入り口を塞ぎ、もう一体が味方のフリで敵の背後を襲う。瞬く間もなく掃討が終わる。
その勢いのまま、スピカと理緒、ディアナが地下へと駆け抜けた。仕上げ――とばかりにカストル・ポルックスの兄弟が入り口近くの階段を破壊して、後ろに続く。
「あとで困らねえか?」
『追撃される方がいい?』
たしかに、追っ手の姿はなかった。理緒たちにそこまで執着する理由はないらしい。
『階段は他にもあるから』
「そうかい」
仕切られるのは気に食わないが、この場は任せることにする。彼女はこの城に詳しいようだ。
『地下一階は電気と水の供給設備。フラッグがあるとしたら、その下』
「……」
『きっと、か……敵もいる』
スピカは言い換えた。
地下二階の入り口が見えてくる。階段はそこで終わっていた。
スピカは警戒し、手前で足を止める。
突然、まばゆい光が襲った。
「くっ!」
侵入はすでに知られていたようだ。梓真の全身に緊張が走る。
しかし光はやがて収まり、フィルターを必要としない程度に落ち着く。
それでも、それぞれ、戦闘姿勢を崩さない。
すると――
『諸君、入ってはどうかな』
反響する男の声。その抑揚にはなじみがあった。
声は続く。
『ずっとそうしているわけにもいくまい?』
「……」
『推察の通り、フラッグはここだ』
その言葉に理緒が先陣を切る。――ゆっくり、堂々と。全員がそれに倣った。
観客のない地下の広間。高さは四メートルほどだが、四方の壁は闇の中。天井の灯は中央にだけ注がれていた。
忘れるはずもない、そこにいたのは広敷教授率いるチーム諏平の面々だ。案の定、本戦においても生き延び、それどころか主導権までも手中にしていた。
彼らの背後、天井いっぱいに掲げられていたのは――
「旗……」
『そう。本物のフラッグ』
梓真のつぶやきにスピカが答えた。マップが示す座標とも、ぴったり一致する。
青地に精細な文様。主塔の旗とはまるで別物だ。だが、本物を知らなければあれを偽物と看破することもできない。
『この部屋にはなんの仕掛けもない。安心するといい』
彼方から、ふたたび広敷が呼びかけた。
するとスピカは、先を行く理緒の前に回り、その歩みを止める。
そして叫んだ。静かな雄叫びだった。
『フラッグを返してもらいます、教授』
それを合図に、スピカはポルックスに乗る。
その意図を察して梓真も叫んだ。
「気をつけろ! 周りにいるぞ!」
うなずくスピカ。
同時に敵の攻撃が始まる。
ディアナのセンサーは、闇に潜んだ別の敵を見つけていた。その数、四。八つの射線が集中する。
『カストルとポルックスの陰に!』
声を最後にスピカが消える。
ポルックスのカタパルトで射出されたスピカは、敵陣中央、オベロンの懐に飛び込んでいた。
誰もが言葉を失う。
まさに電光石火、銀色の長槍がオベロンの胸板を貫いていた。
だが――
『お……』
オベロンの右腕が乙女を振り払う。
生きていた。起死回生の一撃は、急所をわずかに外したらしい。
「理緒! ディアナも!」
『……!』
「ああ、梓真」
「うん!」
理緒とディアナも援護に走る。
下がるオベロンをスピカが追っていた。残るチタニア、アリエル、ミランダの三機はそれを追いかけるだけ。手出しはできない。スピカは小柄と素早さを生かして逃げ、時にオベロンを盾にして撃たせない。
だが、それもいつまで保つか。一対四の代償に、スピカも回避に徹していた。
――一刻も早く駆けつけなくては。
けれど理緒とディアナの行く手を、敵の守備部隊“ニュクス”による攻撃が阻む。
足を止める二体。
しかし、思ってもみない援護が撃ち込まれる。
“石”だ。
鈍足で続いていた銀の双子、カストルとポルックスだった。
どこで拾ったのか、胴に下げた麻袋から取り出し、伸ばした左腕から次々に発射する。原始的だが威力は抜群で、左の壁にいたニュクスの一体を易々と砕き、その僚機を怯ませた。
その隙に理緒とディアナは接近を果たし、間一髪でスピカを“魔手”から救う。
チタニアの特殊兵装だ。
(やっぱ、くせ者はコイツか!)
改めて痛感する梓真。六角のしたり顔が思い浮かぶ。
スピカの背中に痛打を加えようとしたのは、長い四本の触手だ。尖り、緩やかに湾曲した先端は二つの節に繋がって、昆虫を思わせる。それを背中から生やしていた。
『ハッ! 久しぶりだな!』
あるいはマルスと誤解したのかもしれない。だがともかく、チタニアは標的を理緒に変え、凶暴な触手で襲いかかる。
ディアナは、スピカを囲もうとしていたアリエル・ミランダと相対した。接近戦はディアナの不利、だが、あえて挑もうとしている節がある。
(なんのつもりだ……?)
横目で覗くと、どうやら輝矢の操縦らしい。モニターを食い入るように見つめ、めまぐるしいキータッチと同時に「違う」「そうじゃない」などと呟いている。
アリエルの装備は以前と同じ、けれどミランダの外観には大きな変化があった。肘、肩、膝の関節と拳に大型の球体を装着している。防御のためとも思えたが、どうやら攻撃用であるらしい。空振りの拳が床に届くと、一瞬、稲妻を放った。打撃と電磁波を組み合わせた武器のようだ。
危険な相手だが、ディアナ――輝矢は、その攻撃を紙一重でかわし、腰だめに銃弾を打ち込む。急所には当たらない。しかしミランダはいらついた様子を見せる。
以前の彼女とはまるで別人だ。
やがてミランダは分の悪さを悟ったのか、ディアナの相手をアリエルに任せ、自らは理緒の側面に回る。
(まずい!)
理緒は防戦一方。チタニアは交互に繰り出す四条の触手に時折銃撃を織り交ぜてくる。床を転げ回って回避しているが、いつやられてもおかしくない。
「輝矢! 理緒の援護を!」
「……」
輝矢も、見た目ほど余裕があるわけではないようだ。それでもミランダに牽制の銃弾を撃ち込む。しかしその引き替えに、アリエルへの注意がおろそかとなる。
個性派ぞろいのチーム諏平の中で、アリエルは決して目立つ存在ではない。だがその働きは堅実で、決して無茶をすることがなかった。ディアナとも中間の距離を保ち、極大のダメージを避けて引きつけることに徹している。
輝矢も隙を見つけられない。
「梓真……」
「ん?」
輝矢の指はキーボードを這い回り、両目はモニターを見据えたまま。新たなウインドウを開く手間すら惜しいようだ。
「スピカは……オベロンはどうなった?」
「ああ……」
スピカの優位は消えていた。広敷は、彼女の弱点に気づいたようだ。
“突く”長槍は横の動きに弱く、彼女の腕力も弱い。オベロンは急所への一刺しを厚い装甲で捌くようになっていた。――奇襲だけがスピカの唯一の勝機だったのかもしれない。
完全な攻勢へと転じるオベロン。彼にもまた、ミランダと同様の装備が施されていた。
救いは、おそらく左胸の損傷による左腕の動作不良だ。だが、残る右腕が唸るたび、スピカは必死の回避行動を取る。あの球体へは、接触すらも危険と判断したようだ。
カストルとポルックスの“質量攻撃”も避けられるようになっていた。威力はともかく、射出の間隔が開きすぎる。
挽回の手立てを探る梓真。そこに――
「あっくん……」
頭上の声に振り返ると、不安げな真琴が見つめていた。
そのまま、梓真のモニターへ目を移す。
「ここにメルちゃんがいたらね」
「……そうだな」
梓真の視線は輸送車の後方へ。真琴もそれを追った。
そこにはポボスとともに、部品の抜かれたメルクリウスが横たわっている。
全体の戦況は不利。やはり大きいのは数の差だ。
あそこにメルクリウスがいれば――そう思わずにいられない。
練習試合では盾役、壁役に徹し、真琴の操縦技量と相まって、抜群の働きを見せていた。数的不利の状況も、彼の存在で乗り切ってきたのだ。
それに、マルス。マルスがいてこそのメルクリウスだ。メルクリウスが抑え、マルスが攪乱、ディアナが要を撃つ。それがチーム東稜の強みだった。
今は、どうか?
――そこへ悲鳴がつんざいた。
梓真も叫ぶ。
「理緒っ!!」
『うっさい!! ……大丈夫だから!』
チタニアの触手を避けて屈んだところへ、膝蹴りを頭部に喰らった。
だが触手の追撃は、転がって逃れる。
梓真は胸をなで下ろし、そして嘆息した。彼女を危険に晒している自分に、だ。
(信じる……後悔しないように、か……)
蒙が開けたのは、その時だった。
「理緒、輝矢、まこ、それにスピカ。聞いてくれ。……このまま戦っても、勝てない」
『……!』
「……」
「うん……」
『……それで?』
「俺の指示に従ってくれ」
『それで勝てる保証は?』
戦闘のさなか、即座に返したのはスピカだった。
梓真も即答する。
「ない。けどな、即席でも、俺たちはチームだろ? 今だけでも信用してくれねえか?」
『……』
「悔いを残したくねえんだ。頼む!」
『……わかった。……それでどうするの?』
梓真の返答は、敵中央に寄る――だった。
『撃たれるんじゃない?』
理緒が尋ねる。だが広敷たちは撃ってこなかった。雰囲気の変化を感じ取ったようだ。
ニュクス三機は近づこうとせず、もっぱら対カストル・ポルックスに徹している。間にオベロンたちがいることもあったが、彼らの態度にはどこか義務感らしきものが見え隠れしていた。
二体三の遠距離戦。カストルとポルックスの重装甲も、いつまでも保つとは思えない。
焦る梓真。対して、囲んで出方を窺うオベロン・チタニア・アリエル・ミランダの四機。攻撃中断の理由はもう一つ、同士討ちを避けたからだ。
(まあ、それでも撃ち込むバカはいるだろうが……)
最初に動いたのはやはりバカ、六角だった。
理緒が銃弾を避ける。
そして入れ替わりに――
『ちっ! どけよ!』
『しばらく、わたしがお相手します』
スピカが、触手の間合いに飛び込んだ。
彼女が素直に従うとは、梓真には意外だった。広敷に強い執着を見せていたからだ。
しかし、その噛み合わせは梓真の想定どおり。
チタニアは性格も動きも単純そのもの、ただの力押しだ。降りかかる触手の狙いもわかりやすい。
その機先は、スピカの槍に制される。
『クッソが!』
さらに、隙を見て関節部を襲うその穂先を、チタニアは明らかに嫌がっていた。
次の攻撃は二本同時。だがスピカは体をずらして時間差で穿ち、チタニアを後退させた。
六角の歯ぎしりが聞こえそうだ。
「輝矢、今のうちだ」
「わかってるよ。……先生、お願いします」
「まかせて」
ハートマーク付きの、弾んだ声だった。それに合わせてディアナの体が移動する。
挑むのはオベロン。
接近して銃弾を放つと、広敷は当然、格闘を選んだ。それを確認して、オベロンのリーチの外に真琴はディアナを下がらせる。
わずかに速い敵に対して、いらつくオベロンはライフルに手を伸ばした。するとまたもやディアナは近づいて、ライフルを使う。
もちろん、アリエルとミランダが指をくわえているはずもない。
「一対三だ。気をつけろ」
「きみのせいでしょ、偉そうに」
「あれ? わたしも動かしてるんだから、二対三じゃあ……」
輝矢の指は、答える間も目まぐるしく走る。真琴の余裕とは対照的だ。
格闘戦で来るミランダ。
アリエルはライフルを選ぶ。チタニアと、どちらに加勢しようか迷ったようだが、結局オベロンに付いた。――オベロンをリーダー機とみて間違いないだろう。
だが、そのアリエルも、射線にオベロンがいるかぎり撃つことができない。回り込もうとする矢先、真琴が割り込む。オベロンの右腕をかわしたあと、輝矢が至近から撃ち、殴りかかるミランダは真琴がメイスで受ける。
理緒も加わろうとするが――
「おまえは下がって、オベロンの装甲の隙間を撃つんだ」
『だって、このままじゃディアナが――』
「いいから下がれって!」
『なんでのけ者にするのよ!』
「そりゃあ……」
おまえが大事だから――とは、もちろん言えはしない。
「あいつを倒しゃ、終わるんだよ」
そんな言葉で言い聞かせようとする。
それでも、作戦はこちらの優位に進んでいた。
狙いは、オベロンだ。
スピカに受けた損傷は小さくない。動かない左腕はデッドウェイトでしかなく、例の追加装備も加わって、機体のバランスを著しく阻害していた。
その球体も、攻・防両用の酷使で右腕の二つが破壊されると、オベロンの防塞は決壊を始める。
ディアナと理緒の銃火は関節部へ集中して、ついに停止した。
すでに右腕も上がらない。脚部も無惨なありさまで、立ちおおせているのが不思議なくらいだ。
他機からの攻撃も止んで、嘘のような静けさが地下空間を支配した。
「ニュクスは?」
『撤退した。彼らの結束なんてそんなもの』
「それで……どうする?」
『しばらくお願い』
そう言ってスピカは旗の下へと歩き出す。足取りも静かで、ズルズルとワイヤーを手繰る音だけが広間に響いた。
その光景に理緒は決意を固め、オベロンの背後に回り、パイルを構える。
梓真は感無量の一息を吐く。
終始無言の広敷が不気味ではあったが、ともかくも勝利の証し――フラッグをつかみ取ったのだから。
だがそれは確定ではなかった。
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