城
「いくよ、先生」
「いつでも、輝くん」
号砲一発。遅れて、標的の銃があさってを向いた。見事命中だ。
号砲はそこで終わらない。
それはディアナの銃弾を追うように、南西の塔へ放物線を描いた。
緑と銀、二つの砲弾。
その正体は理緒とスピカだ。
ディアナの後ろでは、放電を終えたカタパルトの変形が始まった。レールの前後が畳まれ腕に、それを支えるダンパーは足と背部に変わり、頭部が持ち上がって、カストルとポルックスは元の、人の形へと変貌を遂げる。
(あのぶっとい腹は、大型のバッテリーを収納するためか)
電磁式カタパルトは大電力を必要とする。その他の機能はすべて犠牲にしているだろう。
しかし、そこには当然の疑問が生まれる。
そこまでしてカタパルトを用意する必要があったのか。今度のように味方を高所、あるいは遠方へ投射する状況がそうそう発生するとは思えない。
『シリウスなら二キロは飛ばせる。グライダーを広げれば、さらにもっと……』
そうスピカは豪語した。そのすごさは梓真にとって未知の領域にある。そもそも、このサイズに収まる自立型カタパルトの存在がすでに驚異だ。
疑問が頭を
(本当に、人の技術なのか……)
疑いは一瞬だ。梓真だって宇宙人の存在を信じているわけじゃない。
ところが――理緒の体は失速を始めていた。
『ねえっ、これ……届かないんじゃない?』
『そんなはず……あなたの申告どおりの重量で計算したのに』
『……』
「ああ、そういや、ちっとサバ読んでたが……もしかして、マズかった、か……?」
『だからよ、ばか』
スピカは容赦ない。
『だからって、どうしたら……』
『もう手遅れ』
『って……そんな!』
『パラシュートを開くの、できるだけ遅らせて』
やりとりの間に、スピカの体は想定どおりの弾道軌道を描いて塔の上空に達した。開いたパラシュートが勢いを殺し、ハーネスを外して自由落下で屋上へ。満点の着地を決める。
一方理緒は、そのずっと下。減速すれば、まず間違いなく屋上へ届かない。
『……ここで!』
理緒は傘の開花と同時に両足で衝撃を和らげると、壁の傷を足がかりに、ぎりぎり頂部に指を届かせる。
バクバク鳴る心音が聞こえた。マイクが拾っているのか、梓真自身のものか――
そこにスピカの叫びが重なった。
『援護を……早く!』
「理緒!」
『……待ってよ……今……』
他の足場を探し、理緒の視線が真下をさまよう。彼方、城壁の土台を群青色の波が打つ。そこに外したばかりのパラシュートが落ち、白く被さる。
目の眩む光景に、括約筋がきゅっとする梓真だった。
理緒は焦点をつま先に戻す。だが、突き刺したレンガの隙間は脆かった。
バランスを崩し、理緒の全体重が指に掛かる。
「理緒!」
『……大丈夫』
広がった隙間をもう一度足場にして、理緒は半身を屋上へ引き上げる。
ところが、目の前に敵が待ちかまえていた。
『……!!』
手を引き剥がされ、理緒は言葉を失う。体が後ろへ流れていった。
(落ちる……!)
絶望の寸前、銀色の手が理緒をつかんだ。スピカが敵の股下から割って入っていた。
敵の魔手が今度は彼女を襲うが、理緒の銃撃が阻む。続けざま、後方へも。敵のもう一体も迫っていた。
すると追い落としを断念したのか、敵はそろって後ろに下がる。
『ありがと、恩田さん』
『なんのこちらこそ……って、それ!』
胸壁から降り立った理緒は、スピカの片腕がないことに遅蒔きながら気づいた。
『あなたのせいじゃないから』
と言われても、梓真は責任を感じずにはいられない。きっと理緒も。
円形の屋上は広過ぎもせず狭くもない、ボクシングのリングほどの大きさだ。脱落したスピカの腕は、壁際に後退した敵の足下にあった。
チェーンガンを構える彼らの懐に理緒は飛び込んだ。一気に距離を詰め、前転でその中間に入り込む。
惑う、敵の二体。重く長い武器は取り回しが悪く、そのうえ同士討ちを避けなくてはならない。敵機の侵入は想定していなかったのだろう。
そこへスピカの援護も加わる。理緒の後ろに回り込もうとする一体を“長槍”で突いた。
(槍? なんで?)
過去のSCを繰り返し見てきた梓真も、槍使いには覚えがない。近代の強固な装甲歩兵を槍で貫くことは困難だからだ。
おそらくは俊敏さに特化させるため、重量のあるポールウェポンを、そしてリーチのなさからパイルバンカーを避けたのだろう。
しかし――
(……ほら、そうなる)
腹部装甲の継ぎ目を狙った一撃は、わずかにはずれて表面をすべった。理緒のパイルならあるいは差し込めたかもしれない。いかに先端が鋭利でも、細身で片腕、あまりに力不足だ。
そのころ理緒は、戦斧に持ち替えたもう一方の敵と接近戦を繰り広げていた。ライフルが使える分、理緒の優勢は揺るぎない。
そんな時、梓真の目の端に何かが閃いた。理緒は気づいていない。
「理緒! 頭を下げろ!」
『ちょ……言い方!』
腹を立てながら、いちおう従う理緒。
そこを銃弾が掠める。
敵は東と北の塔にもいた。遠距離からの銃撃を間一髪でかわす。
目前の敵も、タイミングを合わせ姿勢を低くしている。しかし、さすがに戦斧は振るえない。肥大した手が打ち捨てたチェーンガンに伸びる。
それを理緒の銃弾が襲う。
手も指も、軍用オルターの弱点の一つだ。構造上、鎧で覆いきれない。けれど、彼らの使命が「人の擬態」である以上、不合理な姿は必然でもあった。
両手を破壊され、奥に縮こまる敵。援護射撃は続いていたから、理緒も深追いはしない。
他にすべきこともあった。
『スピカ!』
振り返る理緒の目に、スピカにのしかかる敵の姿が飛び込む。
焦る理緒。
しかし、どこか様子がおかしい。
『大丈夫』
平然と、声が返った。
敵はむしろ、彼女をかばうように覆い被さっている。背中には無数の弾痕があり、胸の中央には――どうやって突き通したのか、長槍が差し込まれていた。
槍を引き抜かれ、敵はどさりと倒れ込んだ。その途端、断続的だった敵の援護が激しさを増し、理緒とスピカは身を低くした。
壁が削られ、一部は完全に破壊される。
『ねえスピカ、これ、うまくいってるの?』
『西の橋に傍観組が集まり始めてる。東側も、内心穏やかじゃないと思うの』
屋上に陣取る守備組の注意を引きつけ、橋に群がる他のチームを入城させる――それが彼女の立てた作戦だった。
『じゃ、わたしたち、次はどうしたら?』
『……逃げるが勝ち』
円塔の屋上はそれぞれが独立していて、行き来することはできない。残った敵ができるのは、遠距離からの射撃だけだ。
下へ降りるには中央の階段を通るしかない。しかし、東と北の十字砲火がそれを阻んでいた。
攻撃は、次第に彼女らの潜む壁へ集中する。向こうからは死角だが、屋上に残ったもう一体の敵が居場所を教えているに違いなかった。
『あいつ、見逃すんじゃなかった!』
『今からでも遅くない』
敵は正面、しかも身じろぎ一つできずにいる。
『……いえ、手遅れよ』
『じゃ、一か八かで飛び出す?』
『バクチは嫌い』
『そうなの? わたし、てっきり――』
銃弾が付近を掠め、二人は口を
だが、ふいに銃撃に変化が生じる。東からの攻撃が止み、そして――
「おまたせー」
壁の向こうからディアナの顔が覗いた。
『もう、待ちくたびれた』
「ごめんね、理緒ちゃん」
ディアナは屋上に躍り上がると、壁に絡めたワイヤーを外す。そして反転、北に射撃を開始する。
「さっき一機仕留めたから、今のうちよ」
今のディアナはメインの操縦を真琴が、射撃を輝矢が受け持っていう。二人が揃わなければ、ワイヤーでぶら下がりながらの狙撃は成功しなかったかもしれない。
……
だしぬけに、ほおおと荒い息を梓真は吐き出す。
歯がゆく、もどかしかった。
チームの……理緒の危機に、自分はなんの手助けもできていない。状況のほとんどは自分の責任――なのに、ただの傍観者でしかなかった。
自責の念に駆られる彼と関係なく、作戦は順調に推移してゆく。
怯む敵の間隙を縫って、理緒が中央に走る。開いた蓋にまずスピカが、続いてディアナが飛び込んだ。最後は理緒が潜って蓋を閉じる。すべてが一瞬のできごとだった。
安堵の中、一行は階段を伝って階下へと降り立つ。
円形の部屋はがらんどうで、慰みは、窓から差し込む日の光だけ。
スピカは床に座り込み、長槍を脇に置く。
『一息入れましょ』
膝を折る銀色の少女は、華奢な乙女そのままだった。
その姿に理緒とディアナも倣う。
現在、主導権がスピカの手にあることは明らかで、その事実は梓真を落ち込ませた。
「いちおう、警戒を怠るな。上のヤツが降りてくる可能性もある」
『そうね』
梓真のささやかな抵抗に、余裕で天井を仰ぐスピカ。ディアナだけが銃を構え直した。
「……それで、だな、……状況を確認しないか?」
『ええ』
『……その前に、これ』
理緒が遠慮がちに差し出したのは、彼女の片腕だった。
『持ってきてくれたの? ありがとう』
『直ると、もっといいんだけど……』
「たぶん直るよ」
輝矢が言い切ると、瞬間、理緒の声に花が咲く。
『じゃ、見張りはわたしが!』
立ち上がって場所を空ける。ガラスの窓を遮って、古色の床に影を創った。
「うん。……先生、ディアナを寄せて」
「おっけー」
またしてものけ者。梓真は、スピカに別の話を振った。
「それで、カストルとポルックスは?」
しかし答えは身近なところから返る。真琴だ。
「あ、沈んじゃった……のよね?」
『そうなの』
「沈んだぁ?」
「うん。やっぱりあの体でボートは無理だったみたい。ディアナがお城に着いた時は、もう姿がなかったの」
「……」
どちらにしても、小型のウインチで彼らを屋上まで巻き上げることは不可能だったはず。見捨ててきた真琴の判断は正しい。
『安心して。二人とも無事だから。池の底を移動して、今、西の橋をよじ登ってるところなの』
「そうか。……じゃあ、下の様子はわかるな?」
時折響く喧噪が、戦いの継続を示唆していた。その詳細を知りたい。
『東側は不明。だけど、西からは雪崩を打って入り込んでる。攻撃組か傍観組か、もう区別つかないくらい』
「なら、俺たちも行くか? それともカストルとポルックスをここで待つ?」
『それは判断が難しい。……けど、行くべき……かな』
そこへ、輝矢の涼しげな声が割り込んだ。
「直ったよ」
『……ありがと』
スピカは肘を曲げ、グーパーで動作を確かめる。
「それから、これ。あると便利でしょ」
『……』
輝矢が差し出したのは小型の通信機だった。スピカはそれを受け取って、穴が開くほどに注視する。
「何か?」
『いえ、別に……』
「……」
そのやりとりは梓真に、ジュピターとの同盟を思い出させる。
彼らもいるに違いない。梓真は心を逸らせた。
「……行こう」
『ええ』
ディアナとスピカが立ち上がり、理緒は扉へ足を踏み出した。ところが――
『待って。そっちじゃない』
『え? でも、フラッグが……』
扉は部屋の北東にあった。主塔のある方角だ。
『違うの。塔に掲げられていた旗は、偽物、囮』
「なんだって!?」
『本物は地下、だと思う』
「どうしてわかる?」
『……あの人のやりそうなことだから』
吹き抜けの階段から見えたものは、一階を埋めるオルターの狂宴だ。
ひしめく、鉄の兵たち。
銃弾を打ち込み、お返しに格闘武器で打ちつけられ、弾切れなのか銃床で殴りつけるモノもいれば、潔く素手で戦うモノもいた。
そこに秩序がないのかといえば、答えは違う。大まかに東西に分かれ、おそらくそこにいる全員が中央にある巨大な円柱を目指していた。
さらに――
その乱戦のただ中に、ひときわ目立つ一隊がいた。近づくものを手際よく、容赦のないコンビネーションで屠ってゆく。熟達した職人であり、殺戮用自動機械でもあった。それは次第に無言の圧力となって、猛者たちを遠巻きにする。
策略など必要ない、彼らは実力で勇名を証明していた。
言わずと知れた――
(チーム・ジュピター、神木幸照!)
理緒の視線は正面へ。そのままスピカを追う。
(そうだな、理緒……)
嫉妬も羨望もいらない。実力にふさわしい戦いをするだけだ。
だが、その決断をスピカの背中が惑わせる。
(なんで、無防備でいられる。俺たちに撃たれるかもしれないのに……)
邪心がささやいた。
(フラッグが別にある? 嘘だ! この先にはきっと、罠が待ちかまえて……)
円塔の壁に沿った階段は、反時計回りに降りてゆく。理緒と真琴に迷いはなく、オルター三機の駆け足はきれいな輪唱を奏でていた。
たとえスピカが信用に足る人間だとしても、このゲームに準優勝はない。いずれ決別の時が訪れる。
(その時は、それを堂々と告げてほしい――なんてのは、俺のワガママだよな……)
さまよう視線は、いつか輝矢の横顔を捉える。
「どうかしたかい?」
「……輝矢」
「うん」
「やっぱり、あの女を信用しきれない」
「そうだね」
「だけど、あの背中……」
「うん?」
「あれを見てると、俺たちを騙しているとは思えないんだ」
「……」
「どうせ最後は対決する羽目になるだろうが、けど……」
「梓真は本当に甘ちゃんだなあ。世間知らずもいいとこ」
「なんだと!」
他の誰でもない――彼の言葉だからこそ、梓真は敏感に反応した。
「まあ……いいんじゃない。騙されたとしても」
「なんでいいんだよ?」
「肝心なのは、その騙され方じゃないかな?」
「なんだそりゃ?」
「疑いながら裏切られるか、信じ切って裏切られるかの違いだよ」
「……よく、わからん」
「勝ち残るために、今は信じなくちゃいけないんだ。でないと悔いが残るよ」
「……」
「後悔しないように、だよ、梓真。覚えておいて」
彼は念を押すように繰り返した。
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