夜天の機士
快晴の午前九時、理緒とディアナの再スタートを見届けて、梓真はコンソールに突っ伏す。
しかし、それはほんの束の間だった。
「あっくん、起きて」
肩を揺すられ、梓真は目をこじ開ける。モニターの時計は九時五十五分を指していた。
「……敵か?……ん……何機だ? 一チームか、二チームとか……」
「んとね、……二十機以上? 六チームくらいかな」
……
……二十機以上? 六チーム?
その言葉の意味をようやく理解して、梓真の脳は一瞬で目を覚ました。
「なんだよその数!?」
「きゃ!」
梓真のアップに真琴が引く。
「それ全部結託してんのかよ?」
「……そう、なのかな?」
真琴の顔にほんのり赤みが加わるが、もちろん梓真は気づかずに、そのままモニターへ向き直った。
無数のオルターが
『どうするの?』
「気づかれないように回り込んで、その湖だか池だかに近づけないか?」
『……やってみる』
梓真は、流れるカメラからの映像を縮め、背景にマップを拡大表示した。
理緒とディアナの現在地は試合範囲の西側、円の外周まで約七キロの地点だ。その少し北には池があり、その中州からフラッグの信号は発せられていた。
群がるオルターたちは攻め倦ねているようだ。
(どういう状況だ?)
試合場にはフラッグを奪った者が攻撃を集中されないよう、防護拠点となる要所がいくつかあった。あの池もその一つだろう。
『梓真……』
理緒の声に、梓真は映像を開き直す。
そこは公園の入り口のようだったが、簡素な木の柵の中には複数のオルターの姿があった。
はっきり二チームとわかる。
というのも、計七体のオルターは全身銀と全身ピンク、わかりやすく色分けされていたからだ。
戦闘中……と言えばそうなのだろう。だがその光景はほとんど耐久試験だ。
後ろ手にされた細身の銀色――おそらくリーダー機を人質に取られ、残りの二体がピンクになぶりものにされていた。
ハンマー、アックス、メイス。それらを相互に振るうたび、丸々とした二体はよろけ、装甲に大きな傷を作る。
『もちろん助けるわよね?』
「おまえなあ……」
嬉々とする理緒に、梓真が呆れる。
今さらだが、SCはバトルロイヤル、好き嫌いにかかわらずすべて敵だ。
こんな場合はむしろ――
「いっそ、あの人質になってる
『ちょっと、先生!』
「え? おかしい?」
真琴はただのお花畑ではない。こんな時、正鵠を射ることがある。
普段の梓真なら、幼なじみの意見に賛成しただろう。だが――
「まこ。まずはあのオラオラ系をやっつける」
「えー? ……いいけど、そのあとは?」
『梓真もいいとこあるじゃない』
理緒の声がひときわ弾む。
「……おまえは単純でいいな」
『何よ、褒めてあげたのに』
「いいから、作戦を説明するぞ」
『……わかりましたよっ』
――おら、よ!
――ちっくしょ、コイツかてえなあ……
――おーい、今度は顔面いけ顔面!
等々。
下卑た操縦者の声をディアナの耳が伝えてくる。
チーム名はストロベリー・エッセンス。派手なピンクで塗装された四機は、少女姿のリーダー機には手を出さず、もっぱら装甲の厚い二機をおもちゃにしていた。
いったい何が目的なのか、などと彼らへの興味は微塵も湧かない。梓真の関心は、身じろぎもせず耐えている銀の機体にしかなかった。
感心でもある。この状況ならギブアップを宣言してしまっていい。なのになぜ屈辱を受け入れているのか?
(起死回生を窺っている)
それしかない。なら、その意気に応えてみるのもいいだろう。
梓真の合図で、真琴は思念を送った。
それに従い、ディアナは柵を越え、平然と姿を見せつける。
相手は警戒した。ただの馬鹿ではないようだ。いや、こういう輩こそ警戒心は人一倍、とみるべきか。
『おーい止まれぇ』
銃口を向けたのはいたぶっていた方の二体だ。もう二体は、両腕でがっちりと人質を捉え、カメラだけを動かした。
『なんのマネだ? まさかコイツを助けようってんじゃねえだろうな?』
『ヒャハ、かっこいー!』
『正義のナイト様だぜえ』
口々にはやし立てるストロベリー・エッセンスの面々。下品なのは操縦者であって、オルターたちに罪はない――のだが、怒りの矛先が彼らに向かうのはどうしようのない。
梓真は沸々とする感情をマイクに吐き出した。
「助けに来た? 俺が? なんでそう思う?」
『あ? 何言ってんだ?』
「これはSCだぞ? まとめて始末しに来たとは思わねえのか?」
隙を見せたのは人質を拘束していた二体だ。その背後を理緒が襲い、一体のわき腹を突く。ディアナはもう一体のメインカメラを狙撃した。
『てめえ!』
『クソが!』
続けざま、二つの怒号と銃声が重なる。いたぶっていたほうの二体だ。
しかしその銃口は寸胴の銀色二体に反らされていた。そのまま地面に押しつぶされるピンクの二体。とどめを刺したのは拘束されていたあの少女機だった。二本のメイスを拾い上げると、連打で相手の頭部を折り曲げ、そこをさらに深くえぐる。
饗宴はそこで終わった。
銀の乙女はしばし停止した敵を見下ろしていたが、次に理緒とディアナへ振り返る。
――しかしそれも束の間、ゆっくり戻した視線で公園へ進む。
「まこ、銃をそいつに向けるんだ」
「……うん」
『ちょっと、梓真!?』
乙女は再度振り返り、目をディアナから銃口へと向ける。
『逃げたりしない。すぐそこに行くだけ』
その姿に似合いの、美しく落ち着いた声だった。どこか聞き覚えのある……
静寂の中にやがて蝉の輪唱が始まった。とてものどかな田舎の一コマだ。
銀の背中を理緒とディアナが追う。
森を分ける道の奥にはもう一体、銀色の躯が横たわっていた。
強い日差しを弾く四つ足の機体は、胸部を念入りに破壊され、頭もない。AIの修復は絶望的だ。
彼女はそれを抱え上げる。
「どうするんだ?」
『向こうに埋めるの。回収の時、あいつらと鉢合わせしたくないから』
「……」
『カストル、ポルックス。手伝って』
声に巨体が応えると、自然の歩道を進んでゆく。
やがて水辺がやってくる。
深い碧を湛えた池は、
埋葬場所に選んだのは、道を挟んだその反対だ。高さがあって、ほんの少し見晴らしがいい。
しゃがみ込んだ銀色の三体は、シャベルがわりのメイスを泥だらけにする。
雰囲気に呑まれる梓真に、彼女は、おもむろに立ち上がって切り出した。
『わたしたちに何かご用?』
言うことは、すでに決めている。
「……同盟を、結んでほしい」
『ええ、いいわ』
意外なほどの、あっさりとした答え。語尾に微笑の吐息が紛れていた。
『この子はスピカ。それにカストル、ポルックス。わたしたち、“
「……」
差し出された銀の手が
梓真の迷いと下心は、とっくに見透かされていたのかもしれない。
銀の乙女ことスピカ、双子のカストルとポルックス。
破壊されたシリウスを除く夜天の機士の案内で、理緒とディアナは公園を抜け、池のほとりにたどり着く。
そこで目にしたのは“古城”だ。
「なんか……すげえな……」
切り立つ壁と四隅の円筒――それが鮮やかな池の水面に屹立していた。
すべて赤茶けたレンガ造り。目に映る巨大さは錯覚だろう。池の周囲には比較する対象物がない。しかし、その建造物には辺りを睥睨する迫力がたしかにあった。
城らしさを何より際だたせているのは、中央にそびえる主塔の存在だ。角錐の屋根はまっすぐ太陽に向かい、その先端には“旗”が翻っていた。
スピカによれば、その城は地元出身のとある富豪が一帯まるごと買い取ったのち、別荘として建造したとの話だ。いわれてみれば、壁面のあちこちに窓やバルコニーがいくつもあり、リアルな城とはいいがたい。だが堀に見立てた池も含め、やはり全体の趣は城というよりなく、それが意図したところなのだろう。
しかしその死後に、財産分与の都合で安く売り払われ、現在は県の所有であるらしい。
「……気に入らねえな」
『何が?』
唐突な梓真の不平を理緒が受けた。
「丸々自分のモンにしたことだよ」
『そうねえ……』
多少荒れてはいたが、切り開かれた池の周囲といい、一幅の絵画のような景色だ。金に飽かせて独り占めは贅沢過ぎる。
それをスピカは擁護した。
『それは誤解。工事で水質は改善されたし、公園を造成したのも彼なの。そこのボートだって』
「そんなモンかねえ」
彼女が指摘したのは、公園から池へと繋がる古びたボート乗り場だ。
『そんなことより、始まる……』
「……!」
そのひとことで緊張が一気に高まった。
池は南北に長い楕円形をしていて、理緒たちがいるのは南のやや西側。そして、東と西には別の集団が存在した。
目的はもちろん主塔に掲げられたフラッグだ。東西に架かる橋だけが集団で城塞を攻めるただひとつの手段だった。
樹木の陰から飛び出した彼らは、橋を高速で駆ける。その数、東西ともに二十機弱。
守備側の数は不明だが、攻め落とすには十分に思えた。
『これまで二回失敗してるの』
「けどよ、いけそうじゃねえか」
『……』
作戦が開始されたのは午後零時ジャスト。「二回の失敗」は、昨日の午後のことだとか。
「でもスピカ……じゃなかった、スピカの操縦士さん――」
『もうスピカでいい。面倒くさい』
「あはは。じゃ、スピカちゃん。あれで全員じゃないのよね? ……えっと、攻撃組? だっけ?」
『そう。今橋にいるのは積極的な攻撃組。森の中にはたくさんの傍観組が潜んでいるの』
「フラッグがここにある。つまりSCの生き残り全機がこの周囲にいるってことだな」
『お城の中も忘れないで』
「フラッグを奪った奴の仲間、か」
『そう。数は見当も付かない』
即興で引き入れたのではないだろう。試合の開始前から申し合わせていたに違いない。大多数ではないにしても、それなりの結束力があると見るべきだろう。
『それが勢力を三つに分けたの』
スピカはそう言っていた。城を守る守備組、血気盛んな攻撃組、大多数の傍観組、と。
傍観組は、攻城の意志をいちおう持ち合わせているものの、狙いはあくまで漁夫の利で、積極的に打って出ることはないらしい。
今の梓真も傍観者の一人だ。この南からは全体像が観察しやすい。
攻撃組が橋の半ばに到達する。それに併せて、四隅の塔の頂部から一斉に、銃の束が突き出された。
梓真は映像を拡大する。
ライフルを凌駕する連射性能と威力を持つチェーンガンだ。
頭上の猛威に、橋上の攻撃組は混乱に陥る。回避のためジグザグに走るもの、足を止めて応射するもの。しょせん寄せ集め、統制は守備組がはるかに勝る。
それでも退却しないのはこの攻撃が予測ずみで、それなりの決意で挑んだからだろう。
『向こうの成否に関係なく、こちらはこちらの作戦を遂行する。覚悟は決まったの?』
『とうぜんよ!』
威勢よく、理緒が答える。だが梓真は――
「なあ、ほんとにやるのか?」
『もちろん』
『あたりまえじゃない! 何よ、今さら』
「電磁式って言ってたが、何か影響が出たりとか――」
『何回も試したから問題ない』
「こっちが撃たれるってことは――」
『それは、そちらの援護次第』
「……」
梓真は後ろに目を遣った。
「えっと……」
真琴は自信がなさそうだ。
目標である南西の屋上まではおよそ七百メートル。ディアナのライフルの有効射程の外だ。届きはするが、装甲は貫けない。となれば、ピンポイントでカメラを狙うか、城の胸壁からはみ出している武器に当てるか。
「大丈夫だよ、先生」
「輝くん!」
真琴が目を輝かせる。
梓真の背もたれに手をかけた輝矢は、ゴーグルを外そうとする真琴に言った。
「メインの操作は任せますよ。僕は射撃管制だけ引き受けます」
「もしかして、調子悪いの?」
「ん……、起き抜けで、ちょっと……」
「……そうなのか」
不安を覚える梓真を余所に、真琴は銀の包みを輝矢に差し出した。
「ねえ、お腹空いてるでしょ? おにぎりあるよ?」
しかしその手は固辞する。
「まだ食欲がないんだ。……ありがと、先生」
「そっかぁ」
「それでだな、輝矢……」
「状況は把握してるよ。これから、あの城に攻め込むんだね」
「そうだ」
「……彼女のこと、どれくらい信用してる?」
梓真はあわててマイクを押さえる。
「フラッグを奪って、逃げ切る目途が付くまでは、裏切ったりしないんじゃねえか?」
「それと、あの装備。唯一の飛び道具があれって、おかしくない?」
ディアナの全周囲カメラは、銀杏の陰から突き出す四本のレールを映し出していた。
「……まあ、そう思うが」
「あとで、ぜひ事情を聞きたいね」
「打ち明けてくれるといいが」
そこへスピカの声が飛び込む。
『すぐ始めないと手遅れになる。そっちの、ディアナの射撃が合図』
「……わかったよ」
戦況の推移が梓真の予測より早い。見ず知らずの相手でも、もう少し粘れ、と恨み言の一つも言いたくなる。
攻撃組は半数近く撃破され、撤退戦へと移行していた。バックステップで逃げまどう彼らは容赦ない銃撃にさらされ、池に追い落とされていく。
作戦を始めるなら、このあたりが限界だろう。
お尻の位置を直す横で、輝矢も席に戻る。その操作を、梓真は固唾を呑んで見守った。
精密射撃には様々な要素がからむ。湿気もその一つだ。池に囲まれた建物の上なんて、シミュレーターにもないだろう。
ディアナのスコープが手前の塔を捉え、さらに微調整。標的は塔頂部、手前の一体。
(照準、もう少し下じゃね?)
疑いの目を向ける梓真に、輝矢が笑顔を返した。
(……任せるしかねえか……)
梓真が軽い呼吸で集中を取り戻すと、後ろから張りつめた声が響いた。
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