第1話 I STAND BY QUEEN

昨日ちゃんと電池を入れ替えたが針は動かす結局俺は電器屋へ買いに行った。なんか悔しかったので売っていた中で一番新しいやつを買った。


ピピピピピピ

朝、新しい目覚まし時計の聞きなれない音で俺は起きた。時計はしっかり8時を指している。

「んあ、8時?」


どうやら7時からずっと鳴り続けていたのに俺は気づかなかったらしい。

新しい音だったせいで起きるマインドにならなかった。これはもう言い訳だな。

俺は制服に片足を突っ込んで階段を降りた。

そして朝ごはんもそこそこに自転車で出発した。


「ギリギリセーフ! 」

今日は普通に間に合った。

教室のドアをガラガラと、開かない。

この校舎古すぎて建付けが悪いんだよな。

ガッ、ガッガララ。やっと開いた。

校舎が木造なので先生のタバコとかですぐに燃えてしまうんじゃないかといつも心配になる。

そして間に合ったからと言って寝坊したことに変わりはなく、当然のように俺は最後に到着した。


「よっ、おはよう」

クラスメイトに挨拶をすると今日はちゃんと(?)返してくれた。

「おはようございます奏多さまー。昨日はあのオニガワラを撃退してくださり、ありがたやありがたや」

昨日のあの一件から俺はクラスで勇者のように扱われている。

「様ってなんだよ、様って。なんか今日暑くないか。まだ6月なのに」

「確かに気温は上がるし梅雨明け直後で湿度も高いしで嫌になってくるな」

クラスメイトは赤い下敷きを忙しなく動かして自分の顔に風を送っていた。しかし送られてくるのは蒸し暑い熱風で、クラスメイトは扇ぐのを諦め、あぢーと言いながらタオルを取りに席を立った。

ちょっと前まで雨が降っていたのとは対照的に、今日は雲ひとつない青空に太陽がカッと照っている。

見た目は爽やかだが暑いことこの上ない。

このあとの部活とか肉体的にも精神的にもくるな。

朝から重たい気分に襲われ、めり込むように机で寝ていると廊下の方で何か重たいものが勢いよく落ちるような音がした。普通の高校なら何が起きたのか好奇心旺盛な男子やらが飛んでいく場面。

しかしこの高校はあるやつのせいでそういう風にはならない。

『ああ、あいつがやったんだな』

クラス中、いや学年中がそう思っただろう。こんな時間にあんな音を立ててものを壊すのは不良の剛田とあいつくらいしかいないからだ。


「小野さん!またあなたですか!」

「すみませーん!」

あーあ、音を聞きつけてオニガワラが飛んでくる。それで優希が土下座する勢いで謝る。ここまでが我が高校のテンプレだ。


「姫は今日なに壊したんだろう」

「音からして消火器じゃないか」

「重いものだったら壺かもしれないぞ」

「壺なら落ちたら割れるだろ」


そしてこれはもうテンプレになりつつあるゲーム、「姫が壊したもの当てゲーム」だ。

彼女はものを壊しすぎて「自壊のシンデレラ」と呼ばれるようになってしまい、そのシンデレラが何を壊したのかを当てるゲームが少し流行っている。

俺の予想だと、今回は消火器だな。


「うわ、うひゃあああ」

優希が悲鳴をあげた後シュオオオオオと音が聞こえて白い薬剤が廊下から覗いた。

答えはやはり消火器らしい。

またオニガワラのヒステリックな叫びが聞こえてきた。

「あーもう!小野さん!!!」

「すみませーん!」



「よお姫、今日は消火器か」

騒動が一段落した後、俺が話しかけると優希はパッと振り返った。

「シンデレラとか姫とか呼ぶのやめてよ〜。消火器であってるけど」

優希は不満そうな言い方だが語尾が少しはねているし、顔はにやけるのを我慢しているのがバレバレで満更でもないという感じだ。

彼女いわく、「私が美しすぎてついに童話まで持ち出さないと表現できないほどにまでなってしまった」とのこと。

彼女はそのシンデレラとか姫という呼び方に「自壊」と付いているのを知らない。

それを俺はわかっているが面白いから言わない。

彼女の最近の悩みは美しすぎて彼氏ができないことと身長が伸びないこと。彼氏ができないのはもっと別の理由があるはずなのだが

「ねえ奏多どこ見てんのよ。ってなんでそんな哀れなものを見るような目をしてるの? ねえねえ奏多さーん」

優希が俺の机をパタパタと叩いてきた。

俺は思わず優希を憐れむような目で見ていたらしい。

俺は視線を読んでいた文庫本に戻した。

こうやって俺が全力で興味を示していないとアピールをしていても彼女は喋りかけてきた。


「シンデレラなんて呼ばれてるくらいなんだから今年のミスコンは絶対に獲れるとおもうの」

お前が獲るのはMiss.(未婚女性)の方じゃなくてmiss(失敗する)の方だろ。

俺がツッコミを心の中でしていると、思い出したように優希が聞いてきた。


「そういえば蓮から何か聞いた?」

「いや何も聞いてないけどなんかあったっけ」

「お出かけするって聞いたんだけど、どこにいくのかきいてない?ってこと」

「行くってことは聞いてたけどまだどこに行くとは聞いてないな」

ああすっかり忘れてた。思い出した途端週末が少し憂鬱になってきた。こいつと出かけるなんてSWATでも呼ばないと命に関わる。


「私的にはプラネタリウムとかいいと思うんだけどどう思う?」

プラネタリウム? まあ遊園地よりはまし、か?

「いやいやいや、お前と見たら本物の星が降って来るだろ」

思っていた事がつい口に出てしまった。

優希は自分が不幸体質であることをひどく気にしている。

彼女は俺の文庫本を奪って言った。

「そんなこと起きるわけないやろがい!」

優希はその後も憤慨してなんなのよ、と繰り返していた。

「もう、蓮くんと待ち合わせしてるから行くよ」

未だプンスコと怒っている優希と俺は教室を出た。

夏迫る夕空はまだ青かった。

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