星を紡ぐ手
雪白楽
1-1
トントンカラリ、トンカラリ
いつもは重苦しく響いているはずの音が、今日は何故か軽やかに聞こえる。一年を通じて、
星の美しい夜だ。
宮中において、
トントンカラリ、トンカラリ
(ああ、また……)
耳馴染みのある機織の音だが、こんなにも楽し
「――ぃ―――ら――さく――」
やわらかい夜闇の中、一つだけ仄かな光のこぼれる機織小屋からは、ささやかな歌声さえ聞こえてくる。惹き寄せられるように歩を進め、そっと小屋の戸に手をかける。音を立てないように薄っすらと開いた戸の隙間から、どこか幼く甘い歌声が漏れ聞こえてきた。
冷たい雨の身を打つ時も
真白く焼き尽く雪の日も
灯火がそこにあるように
あかつきの夢を綴り織り
千の夜を越えていく――
不思議な調子で紡がれる歌声は、その唇からこぼれる言葉の意味を、本当に知っているのだろうか。ぼんやりとした灯火に照らされる横顔は、想像していたものよりもずっと幼く、部屋を占める無骨な織機に比べていささか不釣り合いに見える。
(……まさか、子供とは)
自分のことを棚に上げ、目を
まだ丸みを帯びた、それでいて細くしなやかな指先が歌声に合わせてひらめき、無数に伸びた
こうしてあの、不思議な音が生まれるのかと、魂を奪われるように吐息がこぼれた。
トントンカラリ、トンカラリ
もっと近くで見たいと、戸に手をかけ――
「っ、入っちゃダメっ!」
奇妙に押し殺した声が、闇夜を裂いて叩きつけられた。心の臓がドクリと跳ね、パッと戸から手を離す。その動揺を隠すように、分かり切ったことを問うた。
「どうして、入ってはいけない?」
「この機織小屋は、龍王様に捧げる布を織る神聖な場所、です。例え神官であっても、許可なく立ち入ることは出来ない……です。特に男の人は、絶対に入れてはいけないと」
教えられたことを懸命になぞっているのか、たどたどしい言葉で落とされる掟を、半ば聞き流しながら戸に背を預ける。
「見つからなければ良いではないか」
「そういう問題じゃな……ありません!掟は、自分の心のために守るもの、です」
ドンっ、と。
その言葉に、胸をつかれる心地がした。
「一度破れば、二度も同じ……そうやって頭は忘れてしまっても、心は重ねた罪をおぼえてるって、母さんは言ってた。私は母さんに恥じない娘でいたいし、私のせいであなたの心が汚れてしまうのもイヤ、です」
叫んで人を呼ばなかったのも、己の体面を守るためでなく、顔も知れぬ男の名誉を守るため、か。そう悟り、己の言葉を恥じた。
「小屋には立ち入らないと、天に誓おう」
「ありがとう、ございます」
心の底から約束を口にすれば、それが伝わったのか安堵するような吐息が聞こえた。
「そなた、名を何と言う」
「
なるほど辺境の村の出か、と頷く。それならば、この不自然な言葉遣いや、
「宮言葉に慣れぬなら、気楽に話すがいい」
「……いけない、です。宮中の人はどんな子供でも私より身分が上で、誰が相手でも最大限の敬意を払いなさいと言われ……ました」
「ならば余が……いや、私が命ずる。私に対しては、妙な言葉遣いを
掟の裏を
「ありがとう。あなたって、優しいのね」
ふわり、と溶けた声。心臓が、震えた。
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