第3話茶碗って手足あったっけ?

 葬式は少し変わっていた。お坊さんではなく神社の神主が来て、何やら祝詞を上げている。式には入れ替わり立ち替わり色々な人が来ては帰って行くが、中には着物を着た子供だったり、艶やかな着物を着た白粉で化粧をした女性まで来ていた。正直、いくら仏式ではないにしろ、その着物は非常式なのではないかと感じたが、これも地域による特色かもしれないと思うことにした。

 本来なら、本家筋である蒼が喪主になるが、父は曽祖父に勘当されていた為、何も知らない蒼は座っているだけでよかった。その代わり分家である忌部(いんべ)家の人達が指揮を取り円滑に終わった。


「蒼君疲れたやろ? あっちの部屋にご馳走あるから食べといてや」


「あ、はい。ありがとうございます」


 これまで一度も会った事のない親戚の人達だったが、皆とても親戚で、優しく受け入れてくれるのはありがたいと思った。スマホを確認すると、晶子が後一時間で到着すると連絡が入っていた。蒼は痺れた脚を伸ばしながらゆっくりと立ち上がり、トイレへと向かった。

 トイレは、長い廊下の突き当たりにあると教えてもらい、庭に面したガラス戸沿いに歩いていく。右手は障子戸で左手はガラス戸だ。外はすっかり暗闇に包まれており、山の稜線すら見えない。都会育ちの蒼はこの闇を知らずに育ったため、思わず見入ってしまった。ふと、目の端に何か気配を感じ、そちらへ視線を向けると、先程式場にいた派手な着物を着た女が庭石の上に座り、蒼のことをじっと見つめている。


 暖房が暑くて庭で涼んでいるのか?


 蒼が小さく首を傾げて挨拶をすると、女は少し驚いた顔をした後、少し微笑みながら着物の袖を口に当て、同じように首を傾げ挨拶を返してきた。

 あの女性にしろ、妙に大人しい子供にしろ、周りより頭二つ分大きな男にしろ、あまり東京ではみかけない人達だったが、これも地域の差なのかもしれない。蒼は肌寒い板張りの廊下をキシキシ音を鳴らしてトイレへと入った。

 トイレに設置されている手洗いが、とても小さく、最初はどうやって水を出して良いか解らず戸惑ったが、蛇口についた逆さになった栓を回すと気づいて、物珍しさに思わず何度も無駄に水を出していた。

 コン、コンココ……。

 シンと静まり返っている廊下から、何かが転がっている音が聞こえた。もしかしてトイレを待っている人がいるかもしれないと、濡れた手をズボンの後ろで適当に拭き、トイレの木戸を開いた。


「すいませ……あれ? 誰も居ない」


 開いた先は、薄暗い廊下が真っ直ぐと伸びているだけで、人影は無かった。しかし、廊下は庭と部屋に面している、もしかしたら部屋に入ったのかもしれない。そう思い、トイレの木戸を閉め、廊下を戻り始めた。

 ゴリゴリ、カリン……コロコロ。


「ん?」


 やはり何処からか音が聞こえる。蒼は目を凝らし、薄暗い廊下の先を見つめた。

 コロコロ、コン……カツン。


「……なにか……いる?」


 ぼんやりとした光と暗闇の境目に、何かが動き回っている。どうやら転がっているらしいが真っ直ぐ進まず、半円を描く様に転がり、また逆回転で半円を描いて回るという事を繰り返していた。はっきりとは分からないが、ここから見ると形や質感が茶碗のようで、意思を持って動いているように見えた。


「茶碗? え? 何で廊下にあんの? 誰か片付ける時に落としたのかな」


 来る時には気がつかなかったが、庭に面したガラス戸が少し開いており、そこから隙間風が……そんな事を考えていた時、転がる茶碗と目が合った気がした。


「え!?」


 次の瞬間、転がっていた茶碗がすっくと立ち上がり、そのままクルリと踵を返してタッタカタッタカと軽快に走って行き、スっと障子戸を開け中へ入り、直ぐにタンと言う音を立てながら襖が閉まった。


「……………………」


 蒼は、今目の前で起こったことを一旦頭で考える。


「茶碗って……手足あったっけ……」




つづく





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