41.追跡

すれ違う人々は、落ちることなくふわふわと空中を漂う布切れのことなど気に留めもしない。術で浮かせて後を追う俺と、俺についてくるエイブラハムさんだけが手がかりの布切れを見上げていた。


当然のことながら気まずい。気まずくないわけがない。

昇格の時の一件から、それなりには信頼されていると考えてもいいだろう。だが、身分を二重三重に偽った上、自分自身すら己が何者か分かっていないというのは長いやり取りをするにはかなり不都合だ。自分を魔王だと思い込んでいる一般魔族というのも推定であって証拠は一切ない。実は角が生えていて目の色がおかしいだけの長耳族かもしれない。


そんな事情から俺はなるべく今回の同行者に意識を向けず、布切れだけを一心不乱に凝視し続けた。どうか話しかけてくれるな。今日はいい天気ですねくらいしか喋りたくないんだ。


「集中しているところすまんが」

祈りもむなしく、エイブラハムさんは俺に話しかけてきた。すまないと思っているのなら話しかけてくれなくてもいいのに。


「試験の後からすぐに頭角を現したと聞いたぞ。羽振りがいいみたいだな!」

「羽振りはいいですね。このペースで依頼をこなせ続けられたらいいと思ってますよ」

頭角は隠したがな。賞金稼ぎはいい商売だ。掲示板に釘で打ち付けてあった他の依頼、例えば討伐や人探しよりもずっといい。以前人探しの依頼で、半分以上獣に食べられた遺体を送り届けた時があった。結局依頼人に報酬の支払いを拒否され、それからは治安維持活動に専念しているのだった。

エイブラハムさんは言葉を続けた。


「派手に戦って、賞金首の血と脳漿に塗れて帰ってくるとも聞いた。そうして遂には魔王討伐隊か。凄い成長ぶりだな、まったく」

中身のないから、急に踏み込んできたので困惑する。口ぶりは俺を褒めているような感じだが……素直に人の言うことを信じられないのもよくないな。特に何も悪いことをしていないのに(魔族二人と人間数十人と動物数百匹は殺したけど)悪いことをした気分になる。悪いこと、そう、なんだったか、たぶん賞金首になるようなことだ。


「因縁というほどのことじゃないんですが……俺がセバルドの街で戦った魔族がアザゼルの配下を名乗っていましたから。いずれ消さなきゃいけないんですよ、アザゼルは。俺の心の平穏のために」

「魔王に目を付けられたってことか? どこか然るべき場所に報告した方が……しかし既に討伐隊も編成されたことだしな……」

「いえ、大丈夫ですよ。」

余計なことを言ってしまったかもしれないと、俺は慌てて否定する。まあ冒険者とかいう放浪者のことは都市は感知しない。魔族に絡まれて本気で困っていようが自己救済しかないのだ。

それでも万一のことがあってはならないと、俺は「本当に誰にも報告しなくて大丈夫ですから」と念を押した。


心の平穏が一番大事だ。

それに俺が真に恐れなくちゃいけないのはアザゼルでも人間付き合いでもなく、俺自身だ。ひと仕事終えると突然やってくる抗えない程の睡魔、それから要求が通らない時の発作的な怒り。アレーナにもそんな時があるのかと訊ねると、そんな時もあるが自制心が働くと答えられた。クエレブレに聞いたところ、それは多分魔族だからだと言われた。雑な括りをする竜だ。



会話をしていると、布切れの動きが止まった。お目当ての場所に到着したらしい。しかし妙だな。


「ん? 本当にここで会っているのか?」

証拠品の示した場所は、何もない空き地だった。

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敗北魔王の半隠遁生活 久守 龍司 @Lusignan

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