30.齟齬

翌朝。

備え付けられていた桶に水を入れて顔を洗い、髪を結んで冒険者ギルドへ向かう。クエレブレはもしかしたら怪しまれるかもしれないので留守番だ。


アレーナには置いていかれていたが、迷う距離でもない。鍵をしめて亜空間にしまい、中庭を通りすぎて昨日通された部屋に入った。


先に部屋にいた人達の視線が一斉にこちらを向くが、努めて気にしないようにしてアレーナの後ろに立って隠れる……頭2つ分は背が高いので全く隠れられず、浴びる視線は変わらなかった。結構人数がいるものなのだな。

俺の到着が最後だったらしく、昨日と同じ受付の人が説明を開始した。


「……えー、と。これで人数が揃ったので、説明を始めさせていただきます。皆様は魔王アザゼル討伐のために集められた冒険者の精鋭です。アザゼル討伐本隊を支える『情報収集部隊』として、魔王の本拠地を探し当てる役目を担います。繋がる情報を入手次第、報酬を支払って解散ということになり──」

「は?」

情報を入手したら解散だ?

聞いていた話と違うぞ。


思わず素っ頓狂な声が出てしまった。近くにいた何人かの肩がビクリと跳ねる。


魔王アザゼルの情報収集を依頼した俺達がやらされるところまでは、セバルドの事情を考えたら納得できた。しかし、これでは集めた情報を提供して終わりじゃないか。

俺はアザゼルに会わなければならない。殺すかどうかはどうでもいいが、討伐本隊を支える仕事をやりにきたわけじゃない。


「討伐するために来たんだが」

「ですが、その……討伐本隊への参加は紫ランク以上が条件となっていて。赤ランクのシェミハザさんでは……」

言いにくそうに告げられた言葉は、俺の感情を逆撫でする。要するに「身の丈に合わないことをするな」と。


「でも、紫ランクの方々とも接する機会はあると思いますよ? 無理して本隊参加を希望しなくても大丈夫ですから」

「…………」

苦笑して俺を宥めようとしているのか。逆効果だが。


「赤ランクで魔王討伐したいとか、ふ……いい歳こいて夢見すぎじゃない?」

「わざわざ死にに行くんなら、別の場所でやってくれよ」

話の流れを止めたからか、他の冒険者の文句が聞こえてきた。

俺は弱くなんてないと怒鳴り散らしたいが、赤ランクなのは事実だ。反論ができない。

言語化できない苛立ちが募ってくる。


俺が黙り込んでいるからか、受付は諦めたと判じて説明を再開した。


「ちょっとシェミハザ様、揉め事はまずいよ」

アレーナは俺の様子に気付き、腕を引っ張って静止しようとする。それが正しい。いきなり話の流れを切って、迷惑をかけて、俺は側から見て酷く滑稽なんだろう。


アザゼルの情報収集を自分達だけでやらされるなら、もう俺達だけでいいだろう。

揉めるまでもない。消す。 



手に魔力を込めようとした……が、新たな冒険者が部屋に入って来たことを察知して辞める。他の人間は気が付いていないようだ。

構わない。たかだかこの建物如き、消し飛ばすことなど容易いのだから。

魔力からいってエイブラハムよりは上、レメクより下といったところか。ならば支援部隊ではなかろう。何の用だ。


手練れであろう冒険者は背後まで近寄ると、アレーナに小声で話しかけた。


「愛弟子からの伝言を伝えに来たんだけど……そっちのヤバそうなのがシェミハザ君だね?」

「えっ、あ、こっちがシェミハザで、ござい申す」

例の慣れない敬語で返事をするアレーナ。


「少しだけ借りてくから」

言うが早いか、魔法で拘束されて俺の足が地面から離れる。そのまま部屋の外に連れて行かれる。この程度の拘束、取るに足りないが伝言というのも気にかかる。まあ、あまりに不恰好すぎるため認識阻害の術を掛けた。



噴水の中庭で拘束が解け、地面に降ろされた。聞き分けの悪い子供のような扱いをされるのは甚だ遺憾だが。


「名乗り忘れてた。僕、黄金ランク冒険者のタニア。それとも、魔族ハンターと名乗った方がいいかな?」

笑顔の女冒険者──タニアは元気よく名乗った。このタイミングで何故俺を連れ出した。さては、俺を討つ腹積りか。


「金髪だから黄金ランクなんだ……なんて冗談だよ! エイブラハムって名前、知ってるでしょ? ボクがその師匠!」

「……」

黙ったままでいると、タニアから次に出てきた言葉は謝罪だった。


「今回のことなんだけど、ほんっとにゴメン! うまく伝達できてなかったみたいでさ、本隊のはずだったのに、ランクで支援部隊に割り振られちゃってた。本隊の会議は別の部屋だから、今からそっち行こ! お仲間の女の子には別の人が伝えに行ってくれてるから」

「なるほど……わかりました。でも何故」

伝達ミスでこうなったのは分かった。だがそれならわざわざ連れ出す意味は何だ。


「ん? 連れてきた意味? それはね……」

笑顔のまま近寄ってくるので、思わず後退りした。


「君、自分の魔力にあてられてたみたいだから。ちょっと気分を変えてもらうためだよ。感情で魔力の質が変わるのは割とあるけど、逆は初めて見たよ。──君の力は、君自身より強いんだね」

下から覗くように見上げられ、タニアの笑みがさらに深まる。

本当にそれだけか? この俺が魔力にあてられるなど、おかしなことを言う人だな。ただまあ、俺もやや不安定な自覚はあるので、一笑に付すことはできなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る