25.変節

────魔族に異端者が現れた。……いや、異端が寧ろよしとされる我らの中にあっては、単に異常者と言った方が適切か。魔王の1人ではあったが、2人目の魔帝であると自ら名乗り、星の秩序を完膚なきまでに叩き壊すと宣っている。神々に仇なすのは結構だが、目に余るようならば我々の手で処分するしかないだろう。



──奴は相互不干渉の取り決めを破り、吸血鬼の始祖を喰らったそうだ。それほどの力を喰らえば、肉体も精神もただでは済まないというのに。あらゆるものを一掃するという宣言のうちに、よもや己の存在さえも含まれているとは考え付かなんだ。どうやら、本当に自壊する腹積もりであるらしい。魂を砕き、再構成させようという魂胆か……自分が自分でなくなり、別のモノに成り果てようが構わない、と。


何故だ。

悪に堕ちる魔族など珍しくもなんともないが、自暴自棄になって理を外れるわけは何なのだ。一体何と戦おうとしているのか。神か、人か。それとも別のものか。考えが読めない。



──奴を封印することに成功した。

だが被害は甚大だ。魂を失った始祖は然程脅威に成り得なかったことは嬉しい誤算だったものの、奴に相当戦力を消耗させられた。いま魔族と竜の優位が覆され、人間の時代が到来しようとしている。

今後、私の責務はアザゼルとベルゼブブに任せ、私は辺境の地から同胞を見守ることとする。結局のところ、封印もすぐに破られてしまうだろうから。封印の最後の鍵は旧友に託したが、その旧友とは完全に決別してしまった。次会う時は間違いなく殺し合いだろう。



──世界がほつれていくのが見える。

全てが滅茶苦茶に置き換わり、書き変えられてしまう。奴の行使した魔法か?

違う。こんなものは奴の権能ではない。あれはただの破綻者、だがこの力は────




「わからん」

俺はパタンと日誌を閉じ、亜空間に収納した。何故手がかりがあると思ったんだ。

残念ながら記憶は呼び起こされなかったので、結局何ひとつ分からずじまいなのだが。


文章はそこで途切れていた。日誌なのか? これは。詩のようだ。ページの大半は白紙、インクの年代は魔力が使われていないので不明だが、かなり期間が離れているように見える。

気にはなるが、考え込んでも情報は出てこない。


この日誌で興味深いのは、最後の一文だ。

書き換えられるというのは、おおよそ俺の推測通りのことだろう。実際、今の俺の状態がそうじゃないか。


アザゼルという名前が出てきて助かった。冒険者ギルドからの情報提供に、たしかな意味を見出せる。また少し、何らかの手がかりが掴めるだろうから。


などと前向きに考えてみたものの、状況はちっとも良くなっていない。今度は名前すら偽物ときた。金目のものは手に入ったし、術を解くために来たから目的は達成したのだからそれでいいだろう。



光球で薄ぼんやりと照らされる地下室を後にし、地上へ出る。絡まり合った魔力の痕跡から魔法以外の術式を見つけ、そこに魔力を流すという力技で内部から破壊した。


特に魔力が戻った感覚はないし、記憶も出てこない。最後の鍵というのがきっと本命なのだろう。


特にもうこの城に用はない。俺の思い出があるのは、ここではなく村なのだから。

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