24.物言わぬ魔王
魔力を封じられているというのはそう思い込ませる術に過ぎないという衝撃の事実を受け、俺は術を完全に解くために魔王城へと戻ることにした。
アレーナは完治したとはいえ、つい先程まで深傷を負っていたのだから治療所で待っていてもらい、クエレブレにもついているように言った。
久しぶりの1人だ。
視認阻害の魔法を掛けてから浮遊し、飛行して魔王城まで戻る。そのままだと道に迷うので、魔王城から上空に向け、俺だけに見える光の柱を出した。魔法というものはかくも便利なものだな。転移魔法の方が有用性は高いが、俺はどうにも苦手だ。座標を間違えて地中に飛ばされたこともある。
空を飛ぶ際の涼風を感じながら、光の方までふわりと飛んだ。
村が見えてきた。俺が冒険者となり、アレーナと出会った場所。
上空から見ると随分と小さい。
それに、俺の廃墟同然の城。出て行った時は、こうして戻ってくるかもしれないと思ってそれなりに片付けていたんだった。
こんなに早いとは思わなかったが。
1ヶ月振りに見る城は、少々植物に浸食されているくらいでほとんど変わらなかった。ぽっかりと天井が空いた玉座の間。多くの戦いに使われていただけあって、魔力の痕跡が入り混じりすぎて辿るのが億劫だ。多分これが首枷に掛けられていた術の一部でもあるんだろうが。
面倒なことは後回しにして思い出に浸ることにし、ちょっと座りたくない状態になっている玉座を見ると、ふとあることに気がついた。
玉座の下に、隠し扉のようなものがある。
こんなものあったか? 忘れていたかもしれない。
玉座を足で横にずらせば下の床ごと横にスライドし、期待通りに石造りの階段が現れた。地下があるようだ。
俺は好奇心の赴くまま、灯りなど一切ないただ暗い階段を降りていく。
俺が半分程度階段を降りた頃、上方でバタンという音がして視界が全くの暗闇に包まれた。魔法的なものは一切感知しなかったため、地下室を隠すための単純な仕掛けだ。光球を出して辺りを照らす。
段差が終わると、次は一直線の通路が現れた。
部屋の数は廊下に面して2つ、突き当たりに1つ。
まず手前の部屋のドアノブを捻る。開かない。例の如く蹴破った。
食糧庫か。穀物と壺に入った何かしらが置いてある。俺は食事には興味がなく、滅多に摂らないたちだ。俺が考えたスペースではないだろうと思ったが、何年も出入りしていないという感じではない。変だな。
隣の部屋の扉もどうせ開かないのは決まり切っているので、最初から蹴破る。
ここは金庫らしい。様々な効果が付与された宝飾品に、宝石、黄金。あとで仲間とじっくり見るとして、取り敢えず手当たり次第収納用の亜空間に投げ込んだ。
しかし部屋の数も用途も中途半端のように思える。最初俺が思ったような隠し部屋なら問題はないが、居住用ならもっと部屋が沢山ないと生活できないだろうに。
最後に金属の靴音を響かせながら突き当たりの部屋に入ろうとして、俺は足を止めた。
この部屋は寝室のようだ。天蓋付きのベッドが部屋の中央に鎮座しており、ベッドの上には。
────干からびた魔族の死体があった。
魔族?
俺は俺以外の魔族は見たことなかったし、そも俺の魔王城だったと思うんだが、食糧庫やらがあった玉座の下にはひっそりと暮らしていた住人がいたと考えれば辻褄が合う。それにしては部屋の構成が変だが。近寄って調べることにする。
魔力は掠れて判別しにくいが、皮膚の魔力から判断するに上位魔族だろう。上等な服を着ていることから羽振りもよかったようだ。傍に日誌のような革表紙の本が落ちている。
自然死ではない。
傷をかなり派手に負っていて、折れた角と腹を貫通している刺し傷が目立つ。しかし魔族はこんな傷では死なないだろう。
直接の死因は、干からびる原因でもある行き過ぎた魔力の枯渇である。無論、魔力をいくら使いすぎたとて本人の意思ではこうはならない。
他殺だ。恐らく魔力源も含めて魔力を一瞬で吸い取られ、それが肉体にまで影響を及ぼしてこうなっているのだろう。殺害したのは魔力総量が桁違いに多い……そう、俺だ。こいつを殺したのは俺だ。全く記憶はないが、事実がそう告げている。
殺害された時期は約1ヶ月前とみた。
勇者と俺が戦った時と丁度重なる。
重なる筈なのに、俺はこの魔族を知らない。そもそもその頃、俺は勇者との戦いしか知らなかった時期だ。だが、間違いなくこの魔族を殺している。死体に残る魔力の残滓が、魔力源を吸収したのは俺だと示していた。
何かがおかしい。
魔王城に戻ってきた時からか、それよりさらに前か。
俺は最初から魔力を封じられてなどおらず、ただの強烈な思い込みから来るものだった。この部屋のこともこの魔族のことも覚えていないが殺したのは確実。城を出立する時、俺は勇者の置き土産を衣装部屋から引っ張り出して着たのだが、俺には亜空間があったはずだから衣装部屋があるのは変だ。変といえば、地下室も訳がわからない。
アレーナは、村の近くに魔王がいたと言っていた。クエレブレは、シェミハザという魔王があの村にいて、勇者に斃されたことを知っていた。だから魔王が勇者と戦っていたのは本当だろう。
大概俺の記憶に関してはいい加減で思い込みばかりということが既に判明している。そのことを加味すると。
俺は魔王でもなんでもない、謎の魔族ということになる。
それでも。
勇者と戦った記憶が、敗北した記憶が、俺には確かに…………あれ、勇者はどんな奴だった? 男か、女か? どんな武器を使っていた?
そして、俺は何故自分以外に魔族がいることを忘れていたんだ。
覚えていた筈なのに、思い出せなくなっている。
否。今この瞬間に消えているのだ。泡のように次々に消える記憶は自分のものではないとはっきりと自覚できた。記憶の空白ができるのと同時に、自らの本来の記憶の欠落を感じる。
そうして最後に残ったのは、自分が数日間眠り続けていた──そう思い込んでいた──その後の記憶だけ。
つまりは、そういうことだ。
俺は本来の記憶を失い、偽りの記憶を上書きされていたということになる。
この魔族は、勇者との戦いに敗れて手傷を負い、逃げ延びた地下室で俺に止めを刺された……魔王シェミハザだろう。
ならば俺は、一体何者なのか。
これまでの歩みが決して偶然ではありえないことを確信し、革表紙の日誌に手を伸ばした。
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