23.魔法と魔王

伝令がどれくらい役に立ったのかは知らないが、実際にモンスターが街から退去したことが街の外にいる俺達にも伝えられた。


死体と怪我人をいつまでも寒空の下に放置しておく訳にもいかない。セバルドに戻ることになった。

治癒魔法を受けたとはいえ、複数箇所の骨折という大怪我を負ったアレーナは担架で移動だ。

俺は死体持ち係として最後尾を歩かされる。別に気にしていない。


魔力が使えたなら、アレーナを傷一つ残さずに治癒できるだろうが。クエレブレを介しての魔法行使では、凡百の治癒魔法師以上のことはまだできない。


魔力が使えたなら。

魔力、もう使えるんじゃなかったか?


……魔力炉を、起動する。

止まったままの魔力の流れに意識を集中させ、ゆっくりとそれを送り出す。


手応えがなさすぎるほどあっさり起動に成功した。違和感も全くない。完全に、元通りである。


…………は?

魔力が無くて大変だとか、他者の魔力を引き出して魔法を行使するとか、それよりも先にかかっている術を疑った方がよかったんじゃないか。この魔法無し期間に身に付いたことは確かに有用だが、色々と無駄なこともその中には含まれていた。何故色々な方法を試さなかったんだか。それも首枷の催眠術か? 大体「それを付けるんだったら命までは取らないから」と言われていたのに壊されたからな。俺のせいじゃないけど。次会う時は命を狙われるのだろうか。


「クエレブレ」

「どうなさいました?」

「魔力、使えるようになった」

「……はい?」

首枷がレメクに壊され、そも魔法的な効果は何もなかったことを説明する。実際に証明してみせるため、前方を行くアレーナにヒール──簡単な治癒魔法だ──を掛けた。折れた骨が辛うじて魔力で繋がっているものを完璧に補完し、繋ぎ止める。久しぶりだが、良い調子だ。


「それはおめでとうございます。しかし、妙ですね。催眠や暗示系の術を掛けるにしても、壊れて効果が切れるものならばあまりに脆すぎるでしょう」

言われてみるとそうかもしれない。基本的に、強力な術を込める対象は、それ相応の強度が求められる。魔王である俺に効果を及ぼすほどのものが、たかだか上級魔族であるレメクに破壊されるわけがない。


「つまりまだ俺が術中にあると? 首枷は術の一部に過ぎない、か」

「はい」

術の本体があるのは……考えられるのは魔王城くらいか。少し落ち着いたら行って確かめるとしよう。


なんだか何も信じられなくなってきた。どうにも話が出来すぎている気がする。

何故俺は何も知らない。




「奇跡的に治っています! すごいです……でもいったいどうやって……?」

半壊したセバルドの街の、被害が少ない中央部に仮に設置された治癒場。運び込まれたアレーナの治癒を再開しようとした魔法師が、驚きの声を上げる。


街に戻ってくるなりエイブラハムさんは会合だかに行ってしまった。この街に今いる紫ランクの冒険者はエイブラハムさんだけだからだそうだ。もう1人いたはずの紫ランクは、ずたずたの死体になって帰ってきた。その件についての状況説明もしなければいけないらしい。「お前も来るか?」と誘われたが、普通に断る。


連戦の上、死体を担いで帰ってきた俺の汚れ具合と言ったらそれは酷いものだったので水浴びをして、俺はアレーナに付き添っていた。

何度も血がこびり付いて使い物にならなくなった帽子は捨てた。レメクと同じように角を隠蔽したので不要になったしな。


「なんだか嘘みたいに調子いいんだけど。前より良くなったかも。ほんとに奇跡かもっていうくらい」

「俺が治した。色々あって魔力が戻ったから」

「え、ちょっと詳しく聞きたいんだけど」

クエレブレにしたようにアレーナにも説明する。アレーナは時折疑問符を浮かべながらも、聞き終えると笑顔を見せた。


「行ってきたら? あんまり魔術とか詳しくないけど、気になることならすぐ確かめなよ」

「今すぐに?」

「そう」

あまりにもさっぱりとした物言いに多少面食らう。だがまあその通りだろう。アレーナもクエレブレも、俺がいないと生きていけないというわけでもない。


エイブラハムさんから伝言があったらアレーナが承るということで、俺は別行動をとって術を完全に解くことにした。


さて。

戻るか、魔王城に。

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