22.討伐報告の魔王

イルマが指したであろう方角に当たりをつけ、その辺りで行ったり来たりを繰り返して避難所を探していると、運の良いことに今度はヘルマに出会った。


シェミハザさんですよね? と声を掛けられたのは僥倖だった。それがなければ、いつまでも死体を小脇に抱えて彷徨う羽目になっていただろうから。


「シェミハザさん。その……ええと……」

「死体だ」

左手に持ったレメクの死体を顔の横まで持ち上げ、よく見えるようにするとヘルマは10歩ほど後退りして、手を顔の前でぶんぶんと振る。


「いえ、見ればわかりますからっ、近付けないで下さい! そんな手土産みたいに!」

「悪い」

手を下げて、避難所に行こうとして道に迷ったことを伝える。


「モンスターを襲撃させている術を解いた。だから、そのことを伝えるつもりなんだが」

「術を!? それだったら、私が代わりに伝えますよ。シェミハザさんはその遺体を安置所に運んで、モンスターの対処をしている冒険者達のことを助けてあげてください。あとこれ、地図です。方向音痴なんですよね?」

「地図は助かる! 分かった、ありがとう」

まあ確かに、避難所に辿り着くことすらできない血塗れの男が伝令をするのには些か問題があるかもしれない。ヘルマに任せて、俺は当初の予定通りアレーナの所に戻ることにする。地図も手に入れたのだから向かうところ敵無しだ。


ところで、遺体を安置所に置いたところで、身元不明ならすぐ処分されてしまうと思うんだが……これは一応、街をここまで破壊した張本人の死体だ。説明はしていなかったけど。

子供の体格だから持っていても然程邪魔にもならないし、エイブラハムさんに報告してから対処を決めるか。


エイブラハムさんは、アレーナを救助した場所にまだいるはずだ。貰った地図をぐるぐる回し、自分のいる場所と野営場の位置を確認する。うん、大丈夫そうだ。



エイブラハムさん、それからアレーナとクエレブレがいる場所まで辿り着くと、治癒を行っていた治癒魔法師の何人かが俺の姿を見て吐いた。気にせずエイブラハムさんへの報告を急ぐ。


謎の髪型をした巨漢の冒険者は、街がモンスターに襲撃された経緯を腕組みしながら聞き終えると、俺の抱えた死体を指さした。


「……それで、その死体が術者ってことだな? やけに小さいが。角があるってことは本物の魔族だが、まさかお前がやったのか!?」

「そういうことです。頭を潰したので分かり辛いと思いますが、魔王アザゼル麾下のレメクと名乗っていました」

そう言うと、エイブラハムさんの表情が焦りを含んだものへと変わった。


「レメク……? それにこの体躯……。もしかして、紫ランク冒険者のレメクか!? なんで単独で討伐できるんだか……まあそれはいい」

ほぼ原型を留めていない衣服をまさぐり、血に汚れた紫のプレートを取り出すと、エイブラハムさんは額に手を当てて考え込んでいる。


「アタシも見た。青ランク昇格試験の試験官だったけど、途中で消えてたんだよね」

治療を終え、簡易ベッドの上に寝かされているアレーナが答えた。

俺は状況があまり理解できていなかったのだが、それでやっと飲み込めた。


魔王アザゼル麾下の魔族であるレメクは、盗賊団を使ってセバルドの街を根城としていた。紫ランクの冒険者という地位を得て、手下を消された腹いせに街にモンスターをけしかけたというわけか。


「エイブラハムさん、異端審問官が探していた魔族っていうのも……」

「おそらくそれもレメクのことだろうよ。見てくれは子供だからな…………しかしちと困ったぞ。誰が倒したんだと思われるだろう」

「俺です」

最初に攻撃を仕掛けてから息の根を止めるまで、俺しか好戦していないのだから、手柄は俺のものだろう……と思っていたのだが?

エイブラハムさんはあのなぁ、と説明を始めた。


「紫ランク冒険者で、かつ1つの街を滅ぼせるだけの力を持った魔族を、赤ランクに昇格したての新米冒険者が単独撃破できるのはおかしいと思われるだろう。だから俺とシェミハザ、それから青ランクの彼女──ええと……」

「アレーナ」

「そう、その3人で討伐したということにしないか? 報酬は全額お前に支払う。悪い話じゃないと思うが。もちろん、対価は支払うさ」

つまり名誉をくれと。別に構わない。正体が露見するのは非常に困るので、面倒事は避けたいからな。紫ランク、青ランク、赤ランクが1人ずつの計3人では戦力不足な気もするけど、レメクの戦闘力を低めに報告しておけば済む話か。

俺はアレーナの方を見る。


「対価次第、ね……紫ランクの冒険者。シェミハザ様、対価なら何がいい?」

そう。俺も同じ考えだ。

対価なら──


「魔王アザゼルの情報が欲しい。配下を倒されたことで、また何か動きがあるかもしれないしな」

「冒険者ギルドが総力を挙げて情報収集に取り組むだろうから、情報提供は約束できるぞ……もし魔王に挑むつもりなら、命は大事にしろとしか言えんが。勇者を呼ぶからな? 魔王と対峙するときは」

あっさり取引成立だ。

魔王と戦うつもりかといえばそうなのだが、これについては今の俺では分が悪い。同格の相手と魔力なしで殺し合うのは厳しいだろう。

まだ戦うと決まっているわけではないのに考えを巡らせる俺であった。


あ、そうだ魔法といえば。

首枷も壊れたことだし、魔法が使えるのかどうか試す必要があるな。

自分自身の魔力で抑制していたというのはあまりに滑稽すぎる話だが、俺ならやりかねない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る