7.ドクヘドラーと蛇竜と魔王

珍しく俺の方が先に起きたようだ。

横を見るとアレーナはまだ寝ていた。

ベッドはいい。

二度寝したいくらいだ。


起き上がって上着を着ると、アレーナも起きたようだった。


「うー……ん、おはよ。早起きだね」

「おはよう。珍しくな」

荷物一式を持って部屋から出て、昨日案内された中庭の井戸水で顔を洗う。そこそこ冷たい。

乱暴に袖で顔を拭いていると、アレーナがやってきた。


「顔くらい、魔法で水出して洗うのに」

「魔力使うし井戸水で充分だ。準備できたら行こう」

宿屋から大通りに戻り、初依頼の時と同じように街を出るために門へ向かう。


昨日とは違って市は開かれていないため、人通りもそれに比べたら少なかったが、一日の支度を始める人や自分たちのような冒険者でそれなりの賑わいを見せていた。

門は馬車が2台すれ違えるほどには広く、衛兵が4人立っている。俺は寝ていたので初めて見る光景だ。アレーナにならい、冒険者のプレートと討伐依頼の板を見せたところ、帽子を取れと言われることもなく通過できた。


街の外は舗装こそされていなかったが、よく踏み固められていた。轍を辿ってドクヘドラーの生息地である湖沼まで行く。地図の読図はアレーナ、俺は方向音痴なので荷物持ち担当だ。




「あれがドクヘドラーね」

1匹目はあっさり見つかった。依頼の通りの粘度の高そうな液体型のモンスターに見える。飛び跳ねたりはせず地面を這いずるところから、あまり敏捷性は高くないように見えた。


アレーナは解毒剤を持って待機、俺がドクヘドラーを倒す。


木陰から小石を投げてみると、ジュウと蒸発するような音がしてすぐに溶けた。

大鎌で攻撃するのは危ないかもしれないな。

ドクヘドラーが小石を投げられたことにより敵の存在に気付き、体をぷるぷると震わせて周囲を警戒し始めた。


俺は何か使い捨てで武器になるようなものはないか周囲を見渡す。運良く岩があるので、投げてみよう。

そばにあった手頃な巨岩を地面から引っこ抜いて掴み、ドクヘドラーを押し潰すように投げつける。


投げつけられた岩の様子を見に行くと、ドクヘドラーは一応潰れたようだがまだピクピクと動いている。生命力が強い。

これくらいなら溶けても大したことないかと思い、残った部分を殴って潰した。

手を見てみるが、皮膚が溶けた時のヌルヌルした──いや、もちろんドクヘドラーは粘ついているが──感じはない。どうやら毒は俺には効果がないようだ。


毒液が解毒剤に使われるらしく、解毒剤と一緒に買った対毒生物の皮袋に片っ端から入れていた。

解毒剤を持って出かけて解毒剤を持ち替える……まあ細かいことを考えるのはやめておこう。


「よし! 金貨10枚!」

討伐指定数は1体だが、まだ余力も時間もあるのでせっかくだから乱獲してしまおうと思っていたのだが、意外に個体数が少なく、3体倒した所で休憩することにした。



アレーナと地面に座って干し肉を齧る。

干し肉おいしい。

食べる必要のない俺はアレーナに多く渡した。


「意外にあっさり倒せたね……」

「毒さえなんとかなれば大したことなかった」

赤ランク推奨くらいならなんてことはないみたいだ。

まだ狩るかどうかを喋っていると、頭上を大きな影が通り過ぎていく。

翼の生えた巨大な蛇だ。こういうのも近くにいるのか。

アレーナに聞くと、それは蛇竜だと言う。


「蛇竜は若いドラゴン族ね。たまにいるらしいけど、滅多に人を襲うことはないから大丈夫よ」

「こっち来たぞ」

「えっ」

蛇竜は旋回するようにして下に降りてきている。

滅多に人を襲わないんだよな?

俺たちの身に危険が及ぶかはともかく、様子を見る必要はありそうだ。

拳を体の前で突き合わせ、気合を入れる。

もし立ち向かってきたら捕まえてペットにしよう。


アレーナに隠れられるところでちょっと持ってて、と帽子を脱いで渡す。街でいる時はそれほどでもないが、激しい運動の時は邪魔になる。

蛇竜はまだ降下を続けている。

大鎌を構えつつ降りて来るのを待っていると、途中で降りるのをやめて低空で羽ばたき始めた。俺と蛇竜の距離は攻撃が届くか届かないかくらいだ。遠くで見るよりかなり大きいが、どうやって捕まえればいいんだろう。

そんな事を考えていると、蛇竜が話し始めた。

話した!?


「人間かと思って降りてきたのですが、これは失礼致しました。さぞ高名な魔族の方とお見受けします」

「まぞく?」

聞き慣れない単語だ。

ぽかんとする俺を尻目に、流暢に話し続ける蛇竜。


「縦に切れた瞳孔、長い耳、その角……間違いなく魔族です。もしかして、ご存知ないのですか?」

「ご存知ないです……が、俺の特徴ですね。俺と似てる人がいるってことですか?」

蛇竜は俺の質問に答える。


「私に敬語は不要ですよ、魔族殿。ええ、少数ながら各地に散り『王』『公爵』『将軍』など名乗っていらっしゃるようですね。恐縮ながら、名を伺っても? 名乗り遅れましたが、私はクエレブレと申します。以後お見知り置きを」

「どうもよろしく。俺の名はシェミハザ。本当に何も分からん」

名乗り返すと、クエレブレと名乗る蛇竜は驚いたような顔をした。


「シェミハザ……魔王の一人の名ですね。数日前に消息を絶ったと聞きました。まさかそれが貴殿だと。俄かには信じがたいのですが」

「……隠していることだから、そんなに饒舌に話されると凄く困るんだが……色々あってこうなっている」

俺の名前は俺しか知らないと思っていたし、城を出て行ったのも誰も知らないと思っていたんだが。案外情報が筒抜けだ。

アレーナにはずっと隠していたから、多分大丈夫だとは思うがどう思うか。隠れている筈の場所を見たが、アレーナはそこではなくなぜか俺の隣にいてサムズアップしていた。適応力の高さには感謝するが、後で謝っておこう。

クエレブレは俺を訝しげに見て、羽ばたくのをやめて地面に降り立った。


「経緯が非常に気になるのですが、流石にそこまでは教えていただけませんか」

「ああ。教えない。だが一つ条件を満たせば教えてやる」

「その条件というのは……?」

俺は待っていましたとばかりにニヤリと笑う。


「俺の仲間になれ」

「構いませんよ」

即答かよ。

アレーナの方を見ると、まだサムズアップしていたので了解は得られたということだろう。


「………ならどこから話すか……」

名前しか知らず、物心ついた時から城にいた。俺を倒そうとする勇者達から俺が「魔王」と呼ばれていることを知り、来るたびに返り討ちにした。ある時、魔力の強さに頼りきりの戦闘スタイルだった俺はある勇者一行に知略で敗北し、命を取らない代わりに魔力を封じる首枷を付けさせられた。やることもないので村に出てきて、今に至る。


そう話すと、アレーナとクエレブレは真剣に聞いていた。


「待って待って。村の近所の魔王って、シェミハザ様だったの? えっ、ちょっと待って。現実が妄想を上回りすぎて何も言えない」

「そういうこともあるんですねえ。私も魔族の方々のファンなので、とてもとても、興味深いです」

「クエレブレとか言ったっけ。気が合いそうね。あ、アタシはアレーナ。三度の飯より美形悪役が好きな19歳よ」

クエレブレも魔族好きらしい。アレーナと意気投合している。

魔族のファンなら、他の魔族のことも知っているのだろうか。


「仲間になってもらったけど、俺はただアレーナについて来て冒険者してるだけだから、特に目的とかはないんだ。強いて言うなら、他の魔族のことが知りたい」

それならと、今度はクエレブレが話し始める。


ドラゴン族と魔族は古くから親しかったが、どちらも狩られて数が減り、近年では交流が少なくなっていたらしい。魔族は居場所をなかなか明かさず、しかも離散しているため消息も掴めない。クエレブレが唯一知っているのはアザゼルという魔族の居城だそうだ。しかし、それも相当遠いのだとか。


「情報を集めながら旅をするというのでいいんじゃないでしょうかねえ」

「アタシも魔族って今知ったから、街で集めるのは厳しいかも」

「他のドラゴン族をあたるか」

「それが一番有力でしょうね」

大体今後の方針が定まったところで、クエレブレが切り出した。


「さあ、依頼の目的は果たしたようですし、セバルドの街に戻りますか」

「そうね」

当然のように街に戻ろうとしているが、ちょっと待て。蛇竜が街に入れるのか。速攻摘み出されそうなものだが。


「そう仰ると思いまして。変身魔法があるのですよ。ご覧ください」

言うなりクエレブレの輪郭が少しずつ歪み、みるみるうちに襟巻きのような何かになった。

変身って、人とか小さい蛇になるものだと思ってたんだけど。


「いかがでしょう」

「奇妙ね」

「俺は好きだ。変身」

というかその状態でも喋れるのか。

俺はクエレブレの襟巻きを適当に体にグルグル巻きつけて帰ることにした。

あと敬語じゃなくてもいいと言ったが、断固拒否された。


「これで我らは魔王軍四天王というわけですね! 二人しかおりませんが」

絶対楽しんでるだろう。


「魔王とかは、その、大声で言わないでもらえると……」

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