4.村を発つ魔王

アレーナと組むことになった俺だったが、彼女はこれといった拠点を持たない旅人だった。

この村には幾度か立ち寄ったことのある様子だったが、長く滞在するつもりはないという。

アレーナの次の目的地はセバルドという城塞都市だそうだ。

組むからには、俺も同行するべきだろう。

金属を売る以降の計画がまったくなかった俺だ、新しい場所に行くというのも計画にはなかったが、大都市に行ってみたいとは思っている。



「一昨日登録しに来たと思ったら、もう行ってしまうとはせっかちな奴だな。お、そういえば冒険者のプレートはあるよな?」

アレーナとともにセバルドに行くことを伝えると、グレアムさんは短い付き合いだというのに別れを惜しんでくれた。

冒険者用のプレートはあるかと言われたので、何に使うんだと思いつつも紐を通して首に下げていたプレートを差し出す。


グレアムさんは俺のプレートを受け取ると、灰色のプレート部分を外し、机の下から黒いプレートを代わりに付けて俺に返した。


「黒ランクに昇格だ。おめでとさん」

「あ、ありがとうございます。こんなあっさりでもいいんですか?」

こんな適当でいいのかと言ったら、黄ランクまでは推薦やら実績やらで決めるから曖昧でもいいらしい。


「もし有名になったら、俺のことを宣伝してくれよな!」

冒険者ギルドから出る時、グレアムさんはそう言って俺を送り出した。

魔王の俺が有名になっても困るけど。よくしてくれたし宣伝はいつでもするつもりだ。



村の入り口に行くと、先にアレーナが待っていた。旅人だと聞いていたが、身の着のままの俺はともかくアレーナもかなりの軽装だ。

余計なものは持ち歩かない主義なの、だって面倒だし。とは彼女の弁だ。


どうやってセバルドまで行くのかと訊ねると、村を訪れていた行商人の幌馬車に乗せてもらえるらしい。

こういう交渉もアレーナは得意だった。

村で荷物を積み替えた幌馬車の荷台で木箱の間に座り、出発した。


木箱と幌に邪魔されてよく見えないが、段々村が遠ざかっていくのを感じる。

さらばだ、最初の村。お元気で。


「あの村の近くに魔王城があって、魔王様がいるって言い伝えがあったのよ。一目見てみたかったけど、最近勇者に討伐されたって噂も流れてて無事を祈ってる」

村の近くの魔王はどう考えても俺のことだ。

もちろん無事だし、一目見ているし、なんなら一緒に旅をしているが、適当に相槌をうって聞き流した。


アレーナは魔王ならどういった登場シーンがいいか、どんな台詞が格好いいかを語っていたが、俺はというとぽかぽかの陽射しと木箱の匂い、あぜ道を飛び跳ねるように進む馬車の激しい振動で眠りかけていた。


「それでね、魔王様が『勇者どもよ、貴様らの冒険譚もここで終わりを告げるのだ……クックック……って笑ってね」

「…………ああ、そう、だね……ごめん、寝るかも………」

いつもの抗えない眠気で、俺はやっと口に出したその言葉を最後に眠りに落ちた。




「起きて、シェミハザ様。もうセバルドの街。馬車から降りよ」

アレーナの声で起きる。

セバルドについたのか。

寝ていて時間感覚がさっぱりわからないが、村から出た時は日が高く、今も眩しいので一日経ったのかもしれない。俺は平気で何日も寝てしまうからもっと経っているかも。

何日寝ていた? と聞くとアレーナは一日と答えた。一日だけならよかった。


「門、検問? みたいなのはどうなった」

「寝ている間に冒険者のプレートで確認された。周り見てみて」

馬車の床に手をついて体を起こし、木箱の上から外を覗く。


おお、これが街か。

村とは比べ物にならない威容に、俺は半ば圧倒されていた。例えるなら…………わからん。俺の城をちょっと小さくして並べたような感じだ。

木造がほとんどだった村と違い、石造りも多い。


行商人と馬にお礼を言って降り、街を巡ることにする。

アレーナによると、七日おきに市が開かれるらしく、今日がその日だった。

露店が立ち並んで賑やかだ。


「せっかくだし、武器とか買ったらどう?」

アレーナの提案に、素直にそう思った。

素手だとおかしいだろう。

武器を使ったことはないんだが、慣れておいた方がいい。武器が売っている店はないだろうか。


しばらく歩くと武器や防具が売っている店もちらほらあったが、特段面白みのあるものではなかった。

そうやって露店を冷やかして歩いていたが、ついにある店に興味を引かれた。

アレーナは俺より先に発見していて、手を引かれるのと俺も歩き出すのがほぼ同時だった。


店の雰囲気は陰気な感じがするが、出ているものの質は高い。と俺の魔力探知能力が告げている。

商品同士を鎖で繋ぎ、その上で鎖をごちゃごちゃに絡めているのは盗難防止だろうか。


並べられた武器の中、明らかにおかしいものがある。

大鎌だ。

しかも柄の部分まで金属でできている。

鎌って、農業用じゃなかったか。

しかし並んでいるこの大鎌は、どう見ても戦闘用の造りをしている。

面白そうだ。

どうせ素手でも戦えるんだし、武器は見た目で選んでもいいだろう。


「すみません」

店主がいると思われる、奥の天幕に話しかける。

返事はない。


「あの、すみません」

「はいはい、お客さんですね」

もう一度呼びかけると、店の奥から億劫そうに店主が出てきた。口髭が長い小男だ。

店主は俺の姿を認めると、何かお決まりですかと言う。


「あの鎌なんですけど、どれくらいですか?」

「あれですかい。質は悪くないんですけどねえ、農具を武器にするって大真面目に考えた鍛冶師の試作品なんでね、戦いに向いているかどうかはわかりませんねえ。観賞用としても向いていないんでね、銀貨50枚ってところです」

案の定使えないと言われてしまった。

それでもまだ欲しい。アレーナに目でいいかと問うと、ガッツポーズをしてきた。オーケーということか。


他にめぼしいものはないかと狭い露店を見渡していると、ある鎧が目にとまった。

光を反射しない漆黒の鎧だ。

大判の鱗か何かでできていて、質は良さそうだが値段も高いんだろう。

よく見ると、たしかに鱗…………ドラゴンの鱗だ。長い時を生きたドラゴンの鱗でできている。魔力が通りやすくて、魔法使いでも使い勝手いいんだろうな。俺はもう魔力使えないけど。


「これはお目が高い。三年前に討伐された吸血鬼の君主が身につけていた鎧ですよ。カタパルトの攻撃すら通さない逸品です」

吸血鬼の君主、会ったことはないけど討伐されてしまったのか。いや存在も今知ったけど。

謎のシンパシーを感じて鎧を見ていると、店主はまた商売トークを展開した。


「一体型なんで、並外れた長身じゃないと着れないんですよ……そう、丁度お客さんみたいな」

商売文句なんだろうが、たしかに俺は着用できると思う。俺はずっと丈の短い服しか着たことがなかったから、ちゃんと着れるというのには憧れがある。いけない。どんどん欲しくなってきているぞ。


「幾らですか?」

「売れ残ってるから随分値下がりしてるんですけどね、金貨300枚でさあ」

きんかさんびゃくまい。


「アレーナ、俺の所持金はどれくらい」

「銀貨62枚よ。それでも金はある方ね。諦めろ、なんて言わないから」

「お取り置きしておきますよ。どうせ売れやしないんでね」


結局お取り置きを頼み、しかも何を思ったか大鎌を買ってしまった。残りの所持金が銀貨12枚に減った。

次の市まで七日か。

ちょっと欲しいくらいだったんだが、完全に買うことを考えている。商人、最初はやる気なさそうだったのに俺がちょろすぎたのかな。

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