3.依頼完了した魔王
知らない天幕だ。
ここはどこだと状況を確認するうちに、意識が急速に覚醒する。
そうだ、たしかゴブリンの巣穴を殲滅して……そのまま寝てしまったんだった。
しまった。
素手で狩っていたんだから返り血が物凄かった筈だ。それを全く落とさずに眠るなんて、髪も服も乾いた血でガビガビに固まっているに違いない。
手を伸ばして髪を触るが、想定していた不快な硬さはなく、いつも通りの手触りに逆に驚く。
実は返り血を浴びていなかったかと考えたが、あれだけ暴れていてあり得ないだろう。
洗ってくれたんだ、アレーナが。
魔力の痕跡が残っているから、水属性の魔法を使って洗ったようだ。
長身の俺の腰まである髪を洗うのはさぞ大変だっただろう。
後でお礼を言っておかないと。
髪だけではない。
勇者の服を着て城から出てきた俺だったが、服も髪と同じく返り血を大量に浴びていた。
今は下に着ていたチュニック一枚になっているが、天幕の内側に張られたロープには洗われた外套がかかっている。
つまり、洞窟の目の前で血塗れになって呑気に寝ている俺の外套を脱がせ、髪と一緒に洗って俺を天幕に寝かせてくれたということだ。
最初はグイグイ来て怖いと思ってしまったが、今では感謝しかない。俺の角にも引かなかったし。
そういえば、彼女はどこだ。
天幕の端にある靴を発見し、履いて天幕の外に出る。
昨日日が沈む頃に寝たからか、まだ夜が白み始めたくらいの時間帯だった。
アレーナはすぐに見つかった。
天幕の近くで石に座り、何かを焼きながら焚き火をしている。
「おはよ」
「おはよう」
焚き火の近くにあったもう一つの石に座り、アレーナの方を見る。
「その、髪と上着……ありがとう。運んでくれたのも。あと突然突撃して申し訳ない」
アレーナは焚き火から顔を上げて笑った。
「返り血、似合ってたけどね。あのままなら髪の毛が大変なことになってたかも」
「それは……」
「いいって。アタシもシェミハザ様の寝顔を堪能したし。同じ空間で寝てると思ったら全然寝付けなかったよ」
やっぱり、いい人だ。
それにしても……同じ空間で寝る、とは。
「変なことはしてないから安心して。だって仕方ないでしょ? 天幕は一つしかなかったんだし」
困惑が顔に出ていたのか、また笑顔で返された。
「あーでも、結構大仕事だったからいっこ我儘いい?」
断る必要もない。頷いた。
アレーナの目がキラリと光ったような気がした。
「角触らせて」
「……わかった」
魔王に二言はないので何も言わなかったが、かなり神妙な顔をしていたと思う。
存分に角を触られた後、村に帰って報告をするため後片付けを始めた。
天幕を片付け始めたところ、内側の柱を外してすぐに交代させられてしまい、俺は穴を掘って焚き火の炭と灰を埋めた。
角がアレーナ以外にバレては困るのでまた例のとんがり帽子を被り、荷物を背負う。
アレーナは持ってきたのは自分だからと言って持とうとしたが、食い下がって俺が持つことになった。
勝手に突入する、途中で寝るなど俺としては反省点が山のようにあるが、初仕事は成功ということでいいのだろうか。
アレーナに聞いたら「生きて帰ってくるだけでも成功だよ」と太鼓判を押された。
「にいちゃんすごいな。ほとんど一人で殲滅したんだって? とんでもない奴をギルドに入れちまったかもな!」
冒険者ギルドで報告すると、受付のグレアムさんは金属片の時よりずっと多くの貨幣を報酬で出してくれた。アレーナに迷惑をかけたからそんなに貰わなくてもいいと言ったが、討伐個体数が多いからと半分以上は俺の報酬になった。
討伐したかどうかなんて誰がわかるんだろうと思ったが、ゴブリンロードの石斧が討伐の証明として必要だったらしい。
俺は倒したまま出てきてしまったんだが、寝ている間にアレーナが拾ってきてくれたようだった。
何から何まで申し訳ない。
「シェミハザ様のその時の表情といったら……顔が良すぎて意識がなくなるかと思ったくらい」
「お前、誰に口説かれても一切靡かなかったのに急に白馬の王子様が出てきてよかったなあ」
アレーナはグレアムさんに俺のことについて長々と語っていた。角のことについてはまったく言う気配がない。信用してよかった。
「にいちゃん、この後はどうするんだ。どっからきたかもわからんが、まだこの村にはいるのか?」
実は金属片を売るところまでしか考えていなかったことを伝えると、グレアムさんは顎に手を当てて提案した。
「お前さん次第だが、戦闘の才能があるようだし、このまま冒険者を続けるのもありなんじゃないか? 方向音痴だか知らないが、アレーナは読図と索敵にかけては一流だ。固定で組むのも悪くないと思うぞ」
「でも、彼女がどう思うか。異性ですし……」
なんとなく大丈夫な気もするが、不安を口にするとグレアムさんは堪え切れないとばかりに笑い出した。
「アレーナは全く気にしないと思うぞ。寧ろにいちゃんをみすみす逃すとは到底考えられないな。そうだろ?」
アレーナは頷き、力強く答えた。
「もとよりそのつもりよ。一目見てアタシの理想のタイプだって分かったし、なんだか放っておけない」
こうして俺はアレーナと組むことになった。
とんとん拍子に話が進むな。
しばらく他の人からの評価を聞いていて感じたのだが、もしかして俺は天然キャラだと思われているのだろうか。
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