第8話 1952年の朝
朝日の差し込む食堂に並べられた皿の上のトーストに手を伸ばして、慎太郎は向かいの暦に微笑みかけた。
「電話はどうだったね?昨夜はずいぶん話し込んでいたようだが」
さみしさを紛らせようと買い与えた電話は安いものではなかったが、さっそく暦の役に立ったようで、慎太郎は嬉しくて娘に聞かずにはいられない。
「お友達が……」
「ほう」
「早速電話をしてくれまして」
心なしか頬を染めて言う暦の姿に慎太郎は満面の笑みを浮かべた。
(嘘……じゃないよね半分は)
父の笑顔を上目遣いに見上げて暦は身を竦めた。
棚の上のラジオが日本初のボーリング場開設のニュースを告げていた。
ーーーーー
「おはよう!」
「おはよう!」
行き過ぎた夏の名残りを消し去るように木々が路面に落ち葉で秋の絵を描き始めている朝。
衣替えはまだ先だなと思いながら、今朝の暦は寒さなど微塵も感じてはいない。
以前は女子高だった新潟県立村上桜ヶ丘高等学校には今でも正門の横に昔の守衛室がその姿を
今は共学になったとはいえ、まだ近隣の住民には女子高だった頃の印象が強いのだろう、男子の入学希望者は他校程多くは無い。
自然女子生徒は数少ない男子の話題で盛り上がる。
「おはよー」
ひと際大きな声で暦に後ろから声を掛けたのは暦のクラスメートの野中朱美。
実家が八百屋で、何時も店の手伝いで店頭に出る朱美は店の看板娘。
育ちの所為も有って、とかくお上品な友人が多くなりがちな暦の友人にあって、貴重な気の置けない友だ。
「ねえねえ暦ちゃん、聞いた?転校生来るって」。
息を弾ませる朱美に暦は笑顔で答える。
「男子らしいわね」
見るからに期待に胸ふくらませているらしい朱美に水を向ける。
笑顔に朱の花を咲かせた朱美が暦に怪訝な表情を返して来た。
「暦ちゃんは興味無いの~?」
「わたしは……」
言い淀む暦に朱美が口を尖らす。
「そりゃ美人さんの暦ちゃんはそこらの男の子には興味無いのかもしれないけどさ」
「そんなことないよ。でも、素敵な人だったらいいよね」
暦が転校生に興味が湧かないのは昨日知り合った東京の大学生の事で頭が一杯だったからだが、そんな話を友人の朱美に聞かせようものなら朱美の
本音を言えば、暦は昨夜航に聞いた東京のあれこれを、誰かに話したくてうずうずしていた。
東京都立大学。
どんな大学なんだろう?
図書室に行けば資料が見つかるだろうか?
父に聞いてみようかとも思ったが、そうなれば航の事も話さなくてはいけなくなる。
きっかけは向こうの間違い電話で有り、暦には何の責も無いのだし。
話した内容もお互いの学校の話など、特に差しさわりがある内容とも思えなかったが。
暦にとってなにより父に言い辛くしているのは暦自身が航との会話にこれまで感じた事の無い楽しさを感じてしまっていた自覚があるからだった。
(悪い事なんて何一つしてない……)
なのに何故こんなにも後ろめたいんだろうと、暦は自問する。
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