第6話 わたるその2

勿論もちろん暦も学校ではクラスメートの男子と普通に会話はする。


だが、今受話器を通して話す少年の気安さはこれまで暦が経験したことがない距離間を感じさせた。

ついさっき初めて言葉を交わし、どこの誰とも解らない男なのに。


たかが16才の小娘の相手をするのにも慌てふためく少年の声は、不思議な事に暦に心地良いばかりだった。

「間違い電話なのに話し込んじゃってゴメン」

謝る航と名乗った少年に暦は慌てて言い募る。

「とんでもありません。航さんこそ、どなたかと待ち合わせなさってたんじゃ?」

「あ、わ、忘れてた」

素っ頓狂な航の声に再び暦は吹き出してしまう。

「よろしいんですの?お友達でいらっしゃるのでは?」

「ああ、全然構いません。腐れ縁って奴で。待たせ待たされすっぽかしすっぽかされも何時もの事なんで」

呆れるほどぞんざいな航の物言いに、暦の笑いのたがが元に収まらない。


「素敵なお友達がいらっしゃるんですね。羨ましい」

柔かな光が気に入って、机の上に置いた灯油ランプの仄かな灯りと、電話の向こうの少年の他愛もない話に温められて暦は汗ばむ気持ちだった。

「暦ちゃんだって仲いい友達位居るんでしょ?」

とことんぞんざいな航という少年の口様は、進歩派とはいえ律儀一辺倒の家の娘の暦に新鮮な驚きと初めての心地良さを教えてくれた。

初めて会話するのに、航の野太い声はまるで昔なじみの様な懐かしさを暦の耳朶じだに染み込ませる。

(ずっとお話していたいな……)

沸き起こる気持ちの理由も分からず、暦はコードを握りしめる。


「ええ、弓道部のお友達はとてもよくしてくれます」

屈託ない航に、こよみの声も自然と弾む。

「弓道部!!」

電話の向こうで航が大きな声を出した。

「え、ええ。助役を務める父が弥彦やひこ神社で行われる弓始ゆみはじめ神事にかかわっている縁で」

暦は見知らぬ少年に地元新潟でり行われる新春行事をうまく伝える事が出来るか自信は無かった。

「神事とか言うと暦ちゃん、袴姿でゆみるの?」

何故か電話の向こうの航と言う少年は興奮している。

「い、いえ。弓始めで弓を射るのは神職の方たちと、大会で好成績を納められた方ばかりで、ど素人のわたしなど出れません」


父が来賓として呼ばれ、その父の薦めで弓道部に籍を置いたのだが、弓道特有の上衣、袴、角帯を身につけ、すり足用の足袋を身につけた時の身の引き締まる感触に、暦はたちまち虜になった。

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