第18話
「僕の話を聞いてくれますか?」
如月さんと共にソファに座り、これまでの説明をした。
死んで霊体になったこと、死因は不明でどこの誰なのかも分からないこと。如月さんが、物心ついた時から見る夢に出てくること。
ひとつずつ順序通りに説明し終えると、彼女はふむふむと考え込んでいる。僕の話を自分の中に落とし込み、反芻しているようだった。
「つまり、少年には名前が無いのね?」
出版社勤務の彼女は、一番どうでもいいだろうことに食いついた。
「確かにないですけど……他に気になるところありません?」
「いやいや、名前は大事だよ! 現に今は君のこと"少年"とか"君"とか呼んじゃってる訳だしね、少年♪」
どこか楽しげな様子である。
まさかとは思うが……。
「僕の名前を決めたいんですか?」
おお、と驚く如月さん。
「よく分かったねぇ! だって名前が無いと不便だし、それに本のタイトルとか登場人物の名前を考えるのって楽しいじゃない!」
メモを準備し、ウキウキと考え込んでいる。
僕は如月さんを視界の隅に追いやり、本棚に目をつけた。およそ90冊ほどの本が入っている本棚にはあと10冊が入りそうな余白を残し、整理整頓されている。
一通り目を通すと、文豪の小説から外国の文学、画集などジャンルを幅広く取り揃えている様子だった。流石出版社勤務といった感じだ。情報収集は怠らないのだろう。
その中の一冊を手に取る。僕は生前本を読むことが好きだったのだろうかとふと思った。古本屋に入ったり、本棚の本を手に取ったり。
ひとつ、僕のことを知れた気がした。
本のタイトルには「一生を捧げた夜」と印字されている。
──これは、君と僕の最後の夜。最初で最期の晩餐を綴った物語──
帯にはそう記されている。
最期の晩餐──最後の晩餐、字は違うがレオナルド・ダ・ヴィンチの作品のひとつを元に書かれたものだろうか。
如月さんが僕の名前をあれやこれやと考えている間に、この本を読むことにした。
一時間は経ったであろう時、彼女はおもむろにソファから立ち上がりこちらを振り向いた。
「ななくん!」
っていうのはどう? と笑顔で名案だという風に言う彼女。僕は本棚に読みかけの本を戻した。
「君って名前が無いでしょ? だから名前がない少年……名無しの少年から取って、ななくん!」
自信に満ち溢れたような言い方だったが、すごく安直だなと思った。勿論彼女にそんなことは言わないし、名前が無いと不便だと言うのは本当だろうから一時間以上かけて考えてくれたその名前を素直に受け取ることにした。
「ありがとうございます、如月さん」
「どう致しまして、ななくん!」
僕のこれまでの経緯を説明し、名前決めをし、時計を見ると深夜3時を回る頃だった。
「そろそろ寝ますかー!」
「そうですね」
ななくんはソファで寝てね、と毛布を渡され如月さんは寝室の扉を開け中に入っていった。
ともあれ、どうしたものか。
如月さんに話すのをすっかり忘れていたが、全く眠たくないのだ。霊体なので睡眠は不要なのだろう。
読みかけの本があることを忘れ新たな本を手に取り、如月さんがくれた毛布を膝に掛けソファに座る。
どうやら短編集らしくサクサクと読み進め、30分ほどで一冊を読み終わってしまった。
他に特にすることも無かったので、また新たな本を手に取った。
そうして空はどんどん明るくなっていき、鳥が鳴いた。カーテンから光が漏れていた。
時計は7時59分30秒を指している。ソファに座ったまま少し時間が経ち、如月さんのいる寝室からアラーム聞こえた。
「おっはよー!」
パジャマ姿のまま勢いよく扉から飛び出してきた如月さん。
「おはようございます」
「えへへ、さーて今日は土曜日だよ! どっか遊びに行かない? 動物園に映画館に水族館、ぜーんぶ行こうよ!」
かくして名も無き少年は、霊体になり初めて(人生初かも)女性と遊びに行くのだった。
ななしの少年 冥鳴仁魑 @meimei_nichi
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