第17話

 枯れた木や乾いた土に降り積もった雪景色が綺麗な公園を出て、夜の街をふわふわと飛ぶ。

 コンビニやスーパー、パン専門店などが所狭しと立ち並ぶ街中のひとつ、こぢんまりとした本屋が目に入った。

 古びた本屋で店名も見当たらなかったが、何故かその店がとても気になった。

 自動ドアではなく、今どき珍しい引き戸を開けて中に入ると、やはり外から見た様子と同じく埃っぽい古本屋のようだった。

 様々な書籍があり興味を惹くタイトルの本を立ち読みする。店主は店の奥まったところにあるカウンターでお茶を飲みながらじっと本を読んでいるので、本が浮いている光景を見られずに済むだろう。

 ある程度読み次の本を物色していると、タイトルの無い一冊の本がぽつんと置いてあった。

(こんな本あったかな……?)

 最初に来た時は無かったはずだ。なのにまるで最初からずっとそこにいた、とでも言うようにその本はあった。

 不思議に思いつつもその本を手に取る。真っ黒でざらざらとした手触りの表紙を開き、一枚ずつめくっていく。

 だが、なにも書かれていなかった。全てのページを確認したがやはり何も書かれていないのだ。

 そこで気づいた。いつの間にか僕以外にも人がひとり店内に入っていたらしく(僕を人としてカウントするとだ)、横に女性が立っていた。

 僕は今タイトルの無い本を手に持っているので、もし女性がこちらをちらりとでも見たらすぐに浮いている本に気付くだろう。

(どうしようか……)

 スーツ姿の女性は『死ぬ前に読む本』と書かれた本を手に取って読んでいる。……僕はもう読まなくていいな、死んでるから。

 肩に少しかかった髪型が顔を隠している。だが、何故かその雰囲気に懐かしさを感じた。

(よし、今のうちだ)

 そーっと本棚に本を戻そうとすると、

「それ、どんな本ですか?」

 と、声をかけられ髪で隠れていた顔があらわになった。

 ──その顔は、夢に出てきた女性と瓜二つだったのだ。

 驚き、声を失っていると女性が不思議そうに首を傾げて見つめてくる。いや、待て。何故こちらを見ているんだ? 僕のことは見えないはず。

 だが、女性は明らかに僕を見て、僕を心配している様子だった。

 そして何度見ても夢の女性と同じ顔をしているその女性は、手に持っていた本を本棚に戻した。

「……なんで、浮いてるの?」

 浮いてる?

 そうだった。僕は霊体になり幽霊のように飛んだりすり抜けたりが出来ると知り、歩くことをやめて飛んでいた。現在を地面から5cmほどの空中でふわふわと浮遊している。

「……僕のことが見えるんですか?」

 声が聞こえるかどうか不安だったが姿が見えるのなら、という気持ちで話しかけた。これで声が聞こえなかったら幽霊は人を脅すことが多少難しくなるだろうな。

「うん、はっきりと」

 どうやらしっかり聞こえていたようだ。

「少年は本が好きなの?」

「いえ、そういう訳では。この本、タイトルが無いので少し気になってしまって」

 タイトルも中身も無い。何も書かれていないなんて、手帳が紛れ込んでいたのではないだろうか。見た限り店主は白髪混じりの髪で、60〜70代くらいかなと見当をつけた。

 いかにも間違えて置きそうだ。

「その本よりも、お姉さんは少年のことが気になるなぁ」

 そう言ってこちらを覗き込む女性。明るい茶色の瞳が凛としている。

「どういう意味ですか?」

「だってこんな時間に制服姿で外を出歩いているなんて、つまりは家出少年? みたいなものでしょ?」

 当たらずとも遠からず、な予想だ。

 ん? 制服姿??

 自分が着ている服を見てみると、確かに制服だった。

(今まで状況ばかりに気を取られていて自分 の姿なんて確かめもしなかったな…)

 少年は、紺色のブレザーに灰色のズボン、緑色のネクタイをしていた。

「まあ、本当に聞きたいのはそうじゃなくてさ」


「君、死んでるでしょ」


 死んでいるかどうかと問われれば確かに死んではいるが、何故分かったんだろう。

 浮いてるし透けてるけど"死んでる"とまで発想出来るだろうか。それに普通は"死んでいるか"ではなく"幽霊か"どうかを聞くのが一般的だ。だって、浮いてるし透けてるんだから。

「突然死んでるでしょ、なんて言われたらおかしい人だーってなるよね、ごめんね?」

 私はこういう人です、といって名刺を渡された。

 まつよいぐさ出版

 第一編集部 如月 翠

「きさらぎすいって読むの、よろしくね!」

 と、握手を求められたので手を差し出した。雪のように白い肌が僕に触れ、少し恥ずかしくなった。

「それで、少年の名前は?」

 今目の前にいるのは僕の夢に出てきた女性だ。そして僕が幽霊かどうかではなく、はっっきり"死んでいるか"と聞いてきた。

 何かを知っているかもしれない。そう感じた。話すべきだろう、何かを得られるかもしれないなら。手掛かりはこの女性しか居ないのだから。

如月さんからの問いかけを無視し、質問する。

「如月さんは何故僕が死んでいると思ったんですか?」

 下の名前で呼ぶのには抵抗があり(恥ずかしいから)、如月さんと呼ぶことにした。

 幽霊少年であり、純情少年である。

「だって足元が透けてるし、こんな時間に制服を着た高校生は滅多に居ない。それに、最近同じ夢を見るんだよ。君に似た君と同じような制服を着た人が死ぬ夢」

 まさか正夢だとは思わなかったんだけど、と如月さんは言った──夢、如月さんも夢を見ていた。

 やはり、何か関係があるのかもしれない。

「あの、僕も夢を見るんですけど、その夢に如月さんが出てくるんです!」

 夢の女性は夢を見ていた、僕が死ぬ夢を。関係がない訳が無い。だから、話さずにはいられなかった。

「へぇ、少年も夢を……ね。取り敢えず、家出少年! 帰る家が無いんだろう?」

と、快活に言う如月さん。

「家出は多分してないと思いますけど…」

「細かいことはいいからさ 、私の家においでよ! 続きは家で話そ? お姉さん寒くて死んじゃいそうだし」

 僕は死んでるから寒さを感じないけど、外はずっと雪が降っているし、店内もそこまで暖房が効いていないから長時間居るのは寒かっただろうな。

 如月さんに手を引かれ、古本屋を出た。

 アスファルトの地面には少し雪が積もっていて、踏むとサクサクと音がする。

 死んだのに触れることが出来るとは、結構便利な身体だな。

 如月さんに手を引かれしばらく歩くと、アパートの一室に着いた。

「さあ少年、入ってどーぞ」

「……お邪魔します」

 部屋に入ると、グリーンカラーのキッチンや棚、テレビの横には観葉植物が見えた。

 すごくオシャレな部屋だ。僕なんかが入ってもいいのだろうか……。

「少年、早く入って。めちゃくちゃ寒い!」

 そう急かされたので、靴を脱いで上がろうとしたが、ここは一つ幽霊らしくフローリングから5cm程浮いて移動した。

 ふわふわ奥に進み、如月さんのいるソファの手前で止まったが浮いているのを見ても別段驚かれず、逆に

「えっ、すごーい!そっかぁ、幽霊だもんね。私もやってみたいなー、楽しそう」

 などと言われた。

 死んだらいいのでは? と思ったが、思うだけに留めた。失礼すぎる。

「他には何か出来るの?」

「幽霊らしいことは大体出来るみたいです」

 じゃあ、壁すり抜けたり?

 できますよ。

 やってみてよ!

 いいですけど……。

 そうして一通り幽霊らしいことを実演させられた、時刻は深夜1時頃。

 僕が死んでから3時間ほどが経った。

 僕に関することは未だ何も掴めていないが、僕の夢に出てくる女性、如月さんという人に出会うことが出来たので一歩前進だ。

「そういえば、少年の名前は?質問したのに無視されたし、そろそろ教えてくれても──」

「もう深夜ですよ、寝ないんですか? 明日……というか今日ですけど仕事はお休みなんですか?」

「もちろん! 土日は基本お休みのちょーホワイトな職場だからね」

 と、ウインクされた。

「…そうですか、それならいいんですけど」

「うんうん! それで、少年の名前は?」

如月さんは夢に出てきた女性だし、如月さんも僕の夢を見ている。僕には今彼女しか居ない、話すべきだろう。


「僕の話を聞いてくれますか?」

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