第16話
2222年2月22日22時22分22秒。
──僕は死んだ。
死因は不明。
それどころか、どこの誰かすらも分からない身元不明の遺体──生前何をしていて何を理由に死んだのか。
僕の遺体は隅々まで検査、解剖されたが、特に外傷も無く薬物が投与された痕跡も見当たらない至って普通の健康体だった。
自分が解剖されているところをまじまじと見てみたけど、人の身体は不思議な構造をしていた。これが細胞の集まりだなんてとても信じられない。
そして、自分の遺体が解剖されているのに痛みを感じなかった。死んだ後、魂と肉体は切り離されるのかな。
僕は今、宙にふわふわと浮いている。
「幽霊にでもなったみたい。いやでも、僕はもう死んでるから……案外的を得てるかも」
霊体になった経験も当然無く、先程までの思考を放棄して少年ははしゃぐ。
自分が死んだことを知った時、大抵の人は悲しむ、絶望する。はたまた喜び、解放されたと感じる者もいるだろうが、この少年はそのどれにも該当しない。
未だ名も無き少年は、ただ冷静だった。
冷静に状況を分析するその様は、大人のようでありながらも好奇心旺盛な子供らしさに溢れている。
「幽霊になったんだから、壁をすり抜けられるかな? やってみよう!」
そういって、解剖室の隣の部屋に移動してみたり、げんなりとした表情で自分を解剖しているおじさんに悪戯してみたり。元々気分が悪そうだったおじさんは更に気分を悪くしたらしく、解剖室を出ていった。
だが、そんなことは意に介さないというように、少年は次の行動に移っている。
(僕の遺体はのちに燃やされる訳だけど……魂と肉体はどうやら完全に切り離されているようだし、霊体の僕に支障はないかな)
状況をただ冷静に分析する。
遊んでいるように見えたが、現実に適応していたのだ。
取り乱すことも喜ぶことも嘆き悲しむこともせず、考える。
そうしなければ、このよく分からない現状を打開することなど出来ないからだ。
肉体は死んでいたとしても、精神までは死んでいない。
(だって、自分の名前すら分からないままに成仏するのは嫌だもの)
取り敢えず、現状整理……かな。
僕が把握しているのは、
①2222年2月22日22時22分22秒に死んだ。(これはカルテを見た、記されていたのは死亡時刻だけだ)
②名前も、どこの誰かすら分からない。死因も不明。
③現在は霊体になっていて、遺体は後に燃やされる。
④幽霊っぽいことは大体できそう。
……整理してみたはいいけど分からないことだらけだ。
(いつ僕の遺体が燃やされるのかは分からないけど、間近で見てみたいなぁ。なんか楽しそう)
これからどうしよう……移動してみようかな。解剖室にずっといても何も分からないままだしね。
僕を見つけなきゃ。僕の名前を。
僕を知るために──。
僕には、物心ついた時から見る夢がある。
内容は様々。
でも必ず、同じ女性が出てくる。その女性が僕に向かって何かを喋るのだけど、その言葉だけが聞こえなくて……。
そして目が覚める。
生前の記憶なんてこれっぽっちも思い出せないのに、何故か夢のことだけは覚えている。僕自身の名前ぐらいは思い出させて欲しいものだ。
名前も、過去も分からないままに成仏はしたくない。
兎にも角にも手掛かりが夢の女性しかない以上、その女性を探すしかない。
でも、どうやって探せばいいんだ?
名前なんて当然知らないし、しかも夢に出てくるだけ。この世界に実在しているのかすら不明なのに。
考えていても仕方ない。
(取り敢えず外をぶらぶらと飛んでみるかな……)
飛べるというのはとても面白い。
鳥にでもなったみたいに、いや、元から鳥だったみたいにスーッと飛ぶことが出来る。鳥の象徴である翼は付いていないけど。
解剖室のある病院から外に出ると、真っ白な大粒の雪が降っていた。どうやら季節は冬のようだ。
雪は触れると溶けて消えてしまうが、霊体の僕には触れさえもしない。僕の身体をすり抜けて地面に降り積もっていく雪たち。
何故僕は霊体になったのだろう。
この世に未練があったのだろうか。
生前について考えても生き返れる訳では無いし、意味を成さないのに、それでも無意識に考えてしまう。
家族は、友人は、ペットは、恋人は──居たのかな。だとしたら今頃どうしているのだろうか。僕が居ないことを悲しんでいたりするのかな。
途方もないことを考えつつも、現状の認識は怠らない。手掛かりが実在するのかも分からない夢の女性しかないという現状。それでも自分の名前すら無い僕にとっては唯一の手掛かりで、唯一の情報だ。
とにかく探すしかない、その女性を。
僕を助けてくれるかもしれないその人を。
……病院からは随分離れたところに来た。
ブランコやジャングルジムなどの遊具がある。どうやらここは公園のようだ。
(遊んでみようかな、何かを思い出せるかもしれない)
雪がうっすらと積もったブランコに座る。僕が触れたいと思えば、物にも干渉できるようだ。
少し錆びれたブランコを漕ぐとギィーと今にも壊れる、といった音がした。それに構わず漕ぎ続ける。漕ぐ度に目線が高くなっていく。一番高くなったであろう時にそのまま身を投げ出した。そのまま風の流れに身を任せ、雪のように地面に舞い降りた。
ブランコは重力に逆らうことも無く前後に動きながらだんだん力を失っていき、最後には力尽きたように動かなくなった。まるで死んでしまったみたいだ。
僕はブランコに一部始終を見届けて、近くのベンチに腰を下ろした。
霊体だから身体的には特に何も無いのだけど、精神的に疲れた。
「ぶ、ぶ、ブランコが……勝手に……!」
声のした方を見渡すと、金髪のヤンキーみたいな3人組が腰が抜けたように倒れ、ブランコの方を指さしていた。
二つある内の僕がさっきまで遊んでいたブランコだった。やはり霊体になってしまった僕は人には見えないようで、ひとりでに激しく動くブランコだけが彼らの目に映ったようだ。
ポルターガイスト現象を目撃してしまった、と3人は一目散に公園を出ていった。
改めて、心を落ち着かせた。僕が今すべきことは夢の女性を探す、ただそれだけだ。だがそれがとても難しい。実在するのだろうか。いや、探すしかないんだ。
──存在していなかったとしても。
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